勇者の息子と魔王夫妻と
勇者の息子は兎も角として、魔王とその妻が道中共に歩けば大抵の魔物や動物はその力の大きさと気配を恐れて近付かなくなる。
更に言えば虫や精霊なども逃げ出す。
そういうわけで不気味な程に静まり返った山岳地帯を彼らは三人で歩いて越えた。
夜が来れば勇者の息子を先に寝かせて番をするという名目で遠慮する少年をシルラーナは寝かせて、深く寝入ったのを確認し魔王が密かに魔力を使い山岳地帯の変わらぬ風景の中で似たような場所へと転移する。
そうして少年が知らぬ内に人里近くへとどんどんと近付かせた為に実際ならば一、二週間かかるような道を三日に縮め、彼らはようやく宿がある里へと降りる事が叶った。
少年はこの山岳へは初めて来たらしくこんなにも早くに抜けられる道だったのかと一人ではどうにもできなかったそれを思い出して呆然とし、シルラーナは私たちは旅に慣れているからと適度な理由をつけて少年を納得させた。
宿代は少年に持ち合わせがなかった為に魔王が全額払う事になったがその点については魔王から文句は出なかった。
何せ金銀財宝だけではなく国を幾つも奪い領地も広大に所有する男だ。そのような事は些事である。それよりも小便で己の気に入っていた服を汚された恨みの方がよっぽど大きい。
少年は萎縮していたもののシルラーナがいいから払わせておけばいいと少年の頭を撫で、魔王も振り返るとそもそもお前はそれしか持っていないのだからと大剣を指しつべこべ言わずに従えと騒々しさと煩わしさから切り捨てた。
長閑で小さな里の宿で、部屋もあまり数はなかったものの二部屋借りる事ができた為に少年と夫妻で一旦別れ、食事は階下の食堂で別料金を払えば良いとの説明を受けて好きな時間に食べれるようにと魔王は適当な額を少年に投げて渡した。
実際には己とシルラーナの時間に水を差すのをよく思わなかった魔王の下らない思いからなのだが、少年は目を丸くして魔王に何度も頭を下げて部屋にと引っ込んだ。
そしてそれを見送ってからシルラーナが自分たちの借りた部屋へと入り、魔王も後に続く。
飾り気のない質素で狭い部屋を見て世間知らずの娘のようにシルラーナは物珍しそうに部屋を見回していた。それもそうだろう。たまに出掛けていた時に泊まる宿は殆どが酔っ払った後に魔王が連れてくる事が多く、こうして起きて元気な状態では初めてに近い。
何やら香りを楽しむらしい器と火を灯す為の道具を手にとって匂いを嗅ぐってみてはこれはどんな香りがするのだろうかと楽しそうに微笑み。
カーテンを開いて窓を開け放てば沈みゆく夕焼けと長閑な村の様子を眺めて綺麗な眺めだとうっとりと暫しそこに佇む。
忙しないとは思いながらも魔王も彼女の好きなようにさせて簡素な椅子に腰を下ろし欠伸をしたり、空間を開いて自身の着替えと彼女の替えの服を引っ張り出し適当な場所にそれを放置した。
風呂はなくてもとりあえず湯を沸かし体を拭うくらいはできるだろうとの考えだ。少年が暮らせる安全な場所まで送り届けたいと言うシルラーナには後で背中でも拭かせようとの魂胆もある。
勿論この程度では少年を助けてやった代金にはならないが。出してやった宿代と着替え分くらいだろう。
「食事はどんなものが出るだろうな。このような地域だと何が名物か楽しみだ」
窓辺から離れてカーテンを閉め直したシルラーナが魔王の元へと歩み寄っては思わずと笑みを溢して口にするのを魔王は期待する程でもないだろうと肩を竦めて答える。
水を差してしまうとは思いながらもこんな辺鄙な場所ではそこまでのものは出ると思えない。しかし老夫婦が営むくらいだ。何か素朴でありながらもこの地域だからこそと言ったものは出る可能性が少なからずある。
「……それにしても、お前、調子はどうだ?」
シルラーナの髪に手を伸ばし毛先を掌に乗せながら魔王はスンと鼻を鳴らして問いかけた。
シルラーナはきょとんとした表情で目を瞬いては小首を傾げ特に異常はないと答えた。
「そうか。ならいい」
彼女の答えに否とは言わないもそのままスンスンと匂いを嗅ぎ続ける魔王にシルラーナは羞恥心を覚えてもういいだろうと手を払った。
城にいた時とは違い最低限しか身なりを整えられていないために臭ったのかもしれないと彼女が距離を取ろうとして部屋の外にあるトイレにと一度退室していく後ろ姿を見送って、少し後に魔王は仄暗い笑みを口許に浮かべた。
夕食をそれぞれに取って部屋へと戻り、体を拭っては久しぶりにすっきりとした心地となって服を着替えてベッドへと身を横たえる。
二人用の部屋を借りた筈なのに一つしかないというのはやはり夫婦という設定の為だろうか。変な気を回されているような気分となりなんだかなと恥ずかしく思いつつ仕方がないので二人揃って横に並び眠りに就く。
うとうととしている内にいつの間にか魔王の腕の中に収まっていたが、これもよくある事と気にせず睡眠を優先した。
この時少しでも警戒して魔王と距離をとっていたら。
じくじくと夜中から朝方にかけてそれはゆっくりと彼女の体に変化を与えていった。
重い瞼を持ち上げ部屋にと視線を向ける。思考が霞み、ぼやけた。体の芯が熱い。はぁ、と艶めかしく息を吐いて身を捩ろうとしては魔王の体に阻まれて腕に抱かれている事を思い出す。
そのせいで身動きに支障が出ている。おい、と声をかけて緩めてもらおうとしてシルラーナは息を止めた。
未だ目を瞑り寝息を立てている魔王へ妙な感情を抱いた。燻っていた体の熱もざわりと大きな変化をする。
ああ、これはアレだ。とうとうきてしまった。どうしよう。
まだ話し合いに決着もついていない。それどころか少年の世話を焼きたいと申し出てしまった。これから正常ではない状態が何日と続くと言うのに。
ギリッと魔王の衣服を握りしめて唇を噛み、じわりじわりと脳が侵食されていく錯覚に泣きそうになりながらシルラーナは魔王の腕に手をかけた。
熱い、熱い。
心地よいと知るこの腕の中にあっても恐ろしい子を孕みたくない。悲劇を巻き起こしたくない一心で両手で腕を退けようとした。
「……起きたのか。早いな」
ぎゅうぎゅうと握られれば流石に目も覚める。くぁ、と大きな欠伸をして肉を千切る為の鋭い歯や牙を露わにしながら魔王も目覚めた。
まだ陽も昇っていないのを確認して眠そうにしているが、そもそも魔王は夜によく活動している男だ。
それが素直に昨夜眠りに就いていたのだからおかしいと疑問を抱くべきだった。
だがシルラーナの頭はもう回らなくなっている。魔王が起きたのに気付くと大袈裟に体を跳ねさせて潤んだ目で必死に魔王を説得しにかかった。
「い、息をするな。こちらを見るな!私に触れたらもう二度と貴様を信用しなくなるからな!わかってるだろうな?!」
「それは無理な話しだ。俺も流石に呼吸は永遠に止める事はできない」
彼女の混乱を知りながらも魔王は飄々と放ち、意地悪く彼女を抱いていないもう片方の手で彼女の背を撫で下ろした。
悲鳴をあげそうになりつつも我慢したシルラーナを見て、更に昨日着替えさせたネグリジェの滑らかな生地の上に手を滑らせ続けて臀部を捕らえた。魔王が胸部より重要視する形のいい柔らかな女性らしい丸みのそこを揉み込み、彼女の反応を楽しみながら耳元に顔を寄せていく。
「田舎の安宿だ。大きな声を出せば直ぐに気付かれるぞ。まぁ、何日もここにいればいずれは不審がられるだろうが。祝福に関してはココペリから言わせれば簡易なものだと聞かされていたから、俺も解除の術でも試してやろう。後はお前と俺の耐久勝負だな」
彼女から香るメスのそれは同じ竜である自分にしかわからない。人間には通じないものだ。自身からも彼女につられて恐らくはオスの香でも出ている事を思い、じわりと首筋に滲む汗をあえて拭わず放置する。
普段は澄まして理知的にも見えるその頬を赤くして口で呼吸しまだ肝心なところにも触れていないにも関わらず震えるシルラーナに魔王は己の勝機を見出して笑みを深め、彼女の背をベッドにと押し付けた。




