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ある母子の行方1



物心ついた時には彼は一人だった。


母親はいつの間にか死に、父親は多くいた妾の内の一人である彼の母親なぞ元から存在していなかったように振る舞った。


そして彼の事も多くいる子の一人としか捉えていなかった。



魔王という父が持つ肩書きには誰もが命恋しさに代償を差し出す。金銀財宝や土地、城、そして生贄や娘、子どもをも投げて寄越した。


絶望に打ち拉がれ我が身を嘆きながら命も絶てやしない哀れな娘たち。子どもなどは父の眼鏡にかなわなければあっという間に腹の中。



極稀に生贄などは父の子どもたちにも回された。人を喰う生き物たちで構成された子どもたちにも序列がある。


一番実力がある子どもが好きな部位を。それから他の部位をそれぞれ引き千切り段々と食せる部位は減っていく。


小指一つ得られない下位の者たちは痩せ細り死に絶えていった。だがそれもまた子どもたちが喰らっていく。


まずいまずいと言いながら死にたくないが為にと兄弟姉妹見境なく腹に収める。


その末席に生まれたばかりの子らがいつもいた。



けれど彼は母親が死ぬまで飢えさせた事などなく。というのも母親が気狂いを演じた賢い女であったが為に彼が泣けば乳を与える役目を担った者を与えてその腹を満たし、言葉巧みに父に隠れて男を誘ってはそれの肉もまた彼に与えて力を養っていたのだ。


父の威光に怯える乙女のフリをして父の心を満たし関心をそこそこに誘っていたのもまた賢い行いと言えただろう。父は下手に媚びられれば怒り、反発されれば酷く娘たちを甚振って嘲笑っていた。


適度に怯え、適度に相手をすれば生き長らえる。彼の母親がそれを知れたのは女たちの集められた園のおかげだ。


狙われ叫び声をあげた女ほど父に目をつけられ死にゆくのが早い。震える声で懸命に媚びる女ほど尾の一振りで肉塊にされる。


母親はそれを間近で見た。訪れたばかりで手本のように同じように連れてこられた女たちが犠牲になった為にどのように動けばいいかが母親にはわかった。


か弱い仔羊を真似ながらも媚びずに身を差し出し控えめに愛でるに値するくらいの演技を交えて女を見せる。


記憶には薄ら残る程度。それでも良い。下手に目をつけられるよりマシだ。



その流れで憎い男の種で子が出来ても動じず己の取るべき行動を取り続けた。その子のせいで抱けぬと文句を言われても。無理矢理に迫られても流れぬ強きその子に、母親も最後は覚悟を決めた。



“竜種の子どもの育て方をどなたかご存知?”



生まれる前から母親は密かに気を違えたかのようなフリをしながら赤子の育て方を探し始めた。皆最初は驚いたが憐れみの目を向け様々答えを教えてくれる。



“……申し訳ないけれど知らないわ。母親の腹から産まれた瞬間母親を喰らうとしか”



艶やかな紫の髪をした憔悴しきった姫が答えた。その晩に彼女は生きながら腸を抜かれて喰われた。



“産まれた直後は人間の赤子と一緒で、牙や歯がないから乳を飲むとお兄様が言っていた気がするの。でも、いつまでかはわからない。人間より早くに乳を飲まなくなって、血肉を喰らうから時期を間違えてしまえば、貴方も”



連れてこられた時に逃げられぬよう親族から足の腱を切られてしまったという少し年のいった農村の娘が必死に手繰り寄せた記憶を頼りに明かしてくれたそれは母親の命を救った。


彼女はある日突然不興を買って首を飛ばされた。



“アンタみたいな売女から産まれた子なんて知らない!母子ともども殺されてしまえばいいんだわ!”



ヒステリックに罵った彼女は日々減っては増やされる娘たちに心が限界を迎えていた。母親が不憫に思う間もなく炎を吹き付けられて見せしめとされた。



そうやって積み重ねた嘘や真、罵倒や嘆きの声を聞いて母親は赤子が生まれそして肉を喰うに至るまで。


赤子から幼児になるまで。


父の関心が離れてはついてそしてまた離れてと繰り返して。ついに誰も寄り付かなくなり子に捧げるものがなくなっても己の身を差し出してその子を育て上げた。



「強く強くなりなさい。あなたはあの男に勝てる才と運があるの」



意識が最後まで残るように末端から喰わせながら母親は母親らしく彼にも様々な知識を授けた。覚えられなくとも、記憶のどこか片隅に留め置ければきっと一人でも生き残れると信じ。



「どんなものでも先に生まれたものは老いて朽ちていく。だから若いあなたが幼い時に虐げられてもいつか立場が変わる時が来る。それを狙いなさい。あなたならできる。母にも竜の血が流れているあなたなら」



結局彼には母の記憶は欠片も残らなかった。しかし彼の奥底に母の言葉だけは残った。



強く強く。賢く賢く。


父を(たお)す。兄弟を喰らう。姉妹を喰らう。誰よりも何よりも高みに。



心は育たず魔窟と言われる凄惨なその場でひっそりと実力をつけた彼は、ある日突然父親に喰らいついた。


父にはない毒の牙で。父にはない腐食の鎧を纏い。父にはない呪詛の刃で。父にはない何もかもで。


喉元に喰らいつかれた父も彼にやり返したが、彼にはあるものが父にはごっそりと失くなっていた。喰らいついた瞬間に彼が全て父親から奪い取ったからだ。


数日間の死闘の末に、王位は次代へと引き継がれた。父を喰らった後は簡単な話だ。自分以外に王位を狙うものは必要ない。


自分に歯向かうものも。


多くを喰らって、囚われていた娘たちも生贄も子どもも父と同じように気に入らないというそれだけで一瞬で片をつけた。


この時はまだ拷問やその他に興味はなく、あっさりとした終いだった。


ハーレムのようなものは消え去り、父と同じような考えを持つ面倒な臣下をも追い出し城に新たに迎えたものたちはまた自分用にハーレムを作るべきだと提案をしてきたが、否とし顰蹙(ひんしゅく)を買おうとも徹底的に阻止し続け。


一度自分の意志に関係なく勝手に作り上げられかけた時には我が意に背くならば皆殺しだと本気で怒り狂い、ハーレムを立ち上げた代表格と思しき者を八つ裂きにして己の意を示した。



次代の魔王様は女性がお嫌いらしい。一時はそんな噂もあった程だ。


別に女に嫌悪感を抱いていた訳でも男色だった訳でもない。ただその時は気が向かず面倒なものだっただけ。


腹が空いたなら自分が外に赴き物色すればいい。他人が選んで差し出すものをただただ受け入れ食べるほどつまらないことはない。


食べたい時に食べ、壊したい時に壊す。不快を紛らわす為に当たり散らしたり怒りを示すのも同じ事。



彼は何より自由に焦がれていたのかもしれない。


窮屈な思いをしたくない。思うがままに行動し生きたいと。


その為に王位は己の意を貫くに必要な通過儀礼のようなもので、あまり好き勝手しすぎると手痛いしっぺ返しも喰らう足枷となったが魔王の肩書きは実に使えるものだった。


世界が己を認め、都合よく己の行いを魔王だから仕方がないと受け入れたし彼も面倒くさがって間違いを正す事もない。


勝手に解釈して勝手に納得するのならそうすればいい。自身の邪魔にならないのであればと考えていた。


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