始まりは悪夢
伴侶を持たぬ魔王は周囲にいつも世継ぎはいつ作り出すのだと急かされていた。
好きでもない女を迎えたところで交わろうとの気も立たぬと嫌そうに顔を顰めて、しかしそれでも尚早く早くとする大臣やら自分の娘を推したいものらの声にとうとう耐えきれなくなって魔王は黒い竜となって城を飛び出した。
そうして憂さを晴らしに来たのが神聖なる空気で満ちた聖皇国である。国の中心に女神を祀る神殿があり、そこにいる聖騎士や聖女候補たちに子どもの癇癪のように当たり散らし、ふと最後に残っていた自分から逃げず剣を構える勇ましい乙女に目を眇め笑った。
災いを齎すという邪悪な竜の末裔たる己の威容を見ても逃げ出さず迎撃の姿勢を見せたものは彼が生きてきた中で彼女ただ一人だったのだ。その威勢の良さを好ましく思い、なぶるように戦いを長引かせ散々戦った後に気絶させると肩に背負い半分だけ人型に戻った形で空へと向かう。
己の同族のものらが嫌う半分だけヒト族と同じこの姿を見られようが構わなかった。何せ戦利品とも言うべき宝を手に入れることができたのだから。
帰るなりコレが伴侶だと魔王は目を白黒させるものどもに向けて放ち、これより儀式を行うため、自室に入ってくるなと厳命した上できっちりと七日間こもった。
その期が開けた頃には長い赤髪の乙女はすっかり魔王と同じ竜種のそれへと変貌しており、魔王の出鱈目なほどに大きな力でもって理を捻じ曲げられたことが伺えた。
もとより目鼻立ちは悪くはなかったが魔族として変貌を遂げたことにより皆が唸り声をあげるほど美しく輝くほどになった彼女を抱えた魔王はフンと鼻を鳴らす。これで漸く伴侶の問題は解決したのだ、小煩く文句のつけようもないだろうと。
そして皆が混乱から覚める前に魔王には運が良く、彼女にとっては運悪く発情の兆しを見せた彼女に魔王も釣られるように続き、出てきたばかりだというのにまた部屋に引っ込んでしまった。
成熟した雌の香や様子に雄が誘発されて番う、それは竜であれ他の動物であれ同じこと。
だが執務が溜まっているものをと魔王の側近たちは泣いた。しかし何より優先すべき跡取りの問題が解決しかけているのだから何も言えない。
そもそもがどんな高貴な身分の令嬢や美姫でさえ己と渡り合えるほどに戦えるものか、強い意志を持ったものか、反発心や向上心はと何かと無茶な注文の多い男だったのだ彼は。高い地位や血筋にこぎつけようと縁談はままあるがそんなだからなかなかに嫁もとれず、さらってきたものとはいえ可能性があるならばそちらに賭けるべきだろう。
そんなこんなで誰も中には入れたがらず二人きりで朝から晩まで過ごし数日。ようやくとその期が終わり扉を開けた二人は少し疲れを滲ませた様子で出てきた。
暫くの間は口喧嘩などもなかったが、そのうちにどちらからともなくまた言い争いが始まるだろう。
どちらも気が強く引くことのない性格をしているのだ。
そして似たように一つ、二つ、三つと回って彼女の体も安定した頃合いに懐妊が判明した。元ヒト族の紅い竜と古き竜の血を合わせた子らの話はそれはもう瞬く間に国中の話題を掻っ攫った。
祝いの品が高く高く積み上がる。祝に託けた呪いの品も紛れていたために彼女からは遠ざけられた。
ややあってそんな彼女が腹が張ると言い出し産婆らが男子禁制だと一室を借り受け彼女の診察に当たり。半日ほどかけ子が生まれたとの知らせが魔王のもとにも届く。生まれたと言ってもまだ現段階では卵であるためにさほど急ぐでもないがそれでも一応はと見苦しくないほどの速さで産室へと向かった。
高そうな布をクッション代わりにして薄紅色の一抱えほどの卵が揺りかごの中に鎮座していた。その隣にはベッドで体を横たえつつ若干納得のいかなさそうな顔をした彼女がおり。
どうかしたのかと問えば腑に落ちないというようにこう漏らした。
「私は人間であったはずなのに、何故卵なんだ……?これも貴様のせいか」
悪態を吐ける元気があるのであれば大事はないだろうとそれを見て魔王は卵のもとへと歩み、産婆に卵を孵す方法はと長い説明を聞いてそっと揺りかごごと持ち上げ旅立つ準備を整える。
魔王の守護の下、百日を地獄の炎ととある香木とを混ぜたもので燻し育てると。それゆえの行動だったが、魔王は己の伴侶を心配するなどもなかった。
何故かと言えば、彼女の気の強さとさらわれる前の身分にあるだろう。彼女ならば容易く手折られる花ではない。彼女ならば自分の帰りまで無事でいるだろうとの信頼もあった。
更にたった百日であれば魔族にとっては一瞬のことに等しい。ちょっと出かけてくる、というような表現で表せるほどに簡単な内容であったために皆が魔王の行動を諌めもせず、寧ろ次代の子とともに帰るであろう主を期待して待っていた。
ただ一人、残されていった彼女は違う。出産という大きな仕事をやり遂げたにも関わらず褒められもしなければ労られもしない。生んだ子もどこかへ連れ去られ百日は戻らないという産婆の言葉を聞かされて腸が煮え繰り返った。
どこまで人を馬鹿にするのか、女をなんだと思っているのかと。
魔王の目もないことをいいことにその日から目にもの見せてやると魔法や呪術などを独学で身につけ始めた。国母となる女性として学を積みたいと身近なものに嘯けば大抵の書物の閲覧ができたのだから便利なものだった。
そして百日目。魔王は中庭に竜の姿で降り立った。口には揺りかごをくわえ、その中からは可愛らしい赤子の声が響いていたために直ぐに世話役が赤子を引き受けに近寄る。
なんと、赤子は三つ子であった。
魔王は世話役が赤子らをあやし始めたのを見て青年の姿に変わると少し疲れを覗かせた顔をしながら湯浴みに行く、と残し後は赤子に乳を飲ませるなり母親に会わせてやるなりしてくれと全てを投げ出した。
別の場所で剣を振り鍛錬に励んでいた王妃のもとに赤子が届けられたのはその直後だ。
侍女が世話役と取り次ぎ慌てたように彼女に知らせると彼女もまた驚きながらも顔もまだ会わせたことのない我が子へと足を早め、再会を果たした。三つ子ということに目を見張り驚きつつも順々にその子らを見て抱き上げ頬を寄せ合わせては涙が滲む。
翠の目の子は彼女譲り、金の目の子は恐らく父譲りだろう。
どちらでもない銀の目をした子もいたが関係はなかった。皆どこか自分のようなあの男のような面影を感じさせる顔立ちだったから。
母の実感など薄いものだったがそれらを見て自分の産んだ子だと彼女は改めて思った。
育てられるかはまだわからない。無理やりに孕まされたと言っても過言ではない憎い対象になり得るものである。しかし普段が傲慢で癪に障る男のそれでも、ある期に差し掛かればなりふり構わずそこらの男と変わらないように美辞麗句を並び立て、その気にさせようと悪戦苦闘しているような気配もあった。
絆されたような、それでいて自分も熱で頭がどうにかなっていたような気もしないでもない。その結果が彼らなら苦い思いを抱かずにいられるかという話だ。
小さな手に己の指を取られながら目を細める。
「不思議なものだな。もっと魔族と言うからには恐ろしい見てくれの赤ん坊を産まされると思っていたが、人間と変わらないように見える」
「魔王陛下も王妃陛下も麗しゅうございますから当然ですわ」
鼻高々というように侍女や護衛が胸を張る。何だかなとその様子に苦笑してはそろそろ指を放しておくれ、とそっと取り返す。そうされれば泣き出すだろうかと思いきや赤子はうーうーと唸るのみ。
赤子の世話などしたことがない彼女はホッと胸を撫で下ろし世話役にと彼らを返す。
私の代わりに経験豊富なものらで世話をしてやってほしいと。
遠ざけられ、それぞれに世話をされるのをぼんやりと眺めた。卵から孵ったばかりとあってか小さな赤子の為に作られたような陶器の器にぬるい湯を満たし、洗いだす。驚いたのか一番小さな赤子が泣き出した拍子に真っ白でふくふくとしたお尻からにょろりと紅い鱗の尾が生えた。
その子以外の子らは風呂が気持ち良いらしくうっとりとした顔で大人しくされるがままだが同じように黒い尾と、焦げ茶の尾が大きく揺れ動きまるでリラックスしているその様を表すようだった。
そして沐浴の後は食事で当初予定されていた乳母とは別に新たに二人呼び出され、公平にと同じ時に誰一人待たされることはなく授乳となった。
生後幾日かはこのように乳で育ち、それを超えれば人間にはありえない速さで離乳食となる。それも生肉と母乳を混ぜ合わせたような豪快な食事だ。牙が発達するのも早いが、この可愛らしい時期もあっという間だからよくよく姿絵や書物に残すのが当たり前なのだそうだ。
こうしたことも人間と変わりはないのだなと一人ポツリと彼女は考えていると同じく湯浴みから戻った魔王はそのまま寝室へと向かったとも聞かされ、文句の一つでもつけてやろうと思っていたものをと呆れながらしかし百日飲まず食わずの番をしていたとも産婆に聞かされていたこともあり、渋々目を瞑ってやろうとその日は赤子と対面しただけで父親たるあれとの再会までは勘弁しておいたのだった。
子を産んだばかりの女を置いて何も言わず出ていったその仕打ちに対する罰などを考えながら。
だが彼女の心とは裏腹に魔王はまたもや明朝城を発ったと聞かされてしまう。
恐らくどこかの国をまるまる一つ飲み込んでくるだろうと彼の一番の側近が彼女へと告げ、空腹の程を思えばそれもさもありなんだろうと思いながらも人間であった時の感覚から殺戮に対し抵抗が残る。
結局行方もわからないために待つのみであれば魔王が帰ってきたのは三日後だった。疲弊し窶れていた顔に生気が戻り、ひどく血や泥に塗れながらも旅立つ前と同じく精悍で獰猛な彼らしい姿での帰還となり彼女以外のものたちはほっと息を吐いているのが印象的であった。
それからどちらともなく顔を会わせることもない日々が続き、同じ城にいるのに何故来ないと苛立ちを募らせる。
人を勝手にさらって種を変えたに飽き足らず子まで設けた癖に用が済めばポイかと。会わぬ間にあった期間もあり、怒りが再燃し殴り込みに行ってやると鍛錬用の木剣を手に城を徘徊し王の部屋へと入り込む。
警備がいないのは魔王の強さ故か。慢心の現れか。
呑気に昼間からソファで眠る男の顔を睨みつけ、木剣を振り下ろした。
だが憎たらしいほどに整った顔や体に傷一つ付けられず、木剣はなんの前触れもなく魔王に当たる寸前でいきなり砕け散った。
木剣の残骸さえ消失していく様子に唖然としていればゆっくりと目を開いた魔王を見、顔を顰める。久しく見る男はまだ眠気をその表情に滲ませながら体を起こし欠伸をしつつ言葉を落とした。
「役目を果たしたと自由を許してやったが、その礼がこれか?我が妃よ」
「何を……」
「遠慮は要らないと言うなればそのようにしよう。俺も百日娯楽も何もなしに耐えた。束の間の休息だったな」
きらりと金の目が輝き不穏な低音が鼓膜を揺らすと同時に伸びた腕が背にと回った。耳朶に口付けるのではないかという距離で蠱惑な声が呪詛を紡ぎ出す。
そして彼女は自ら魔王の部屋へと足を運んだことを後悔した。
知らぬうちに駆けつけてきてきた護衛や従者、側近などを退けるでもなく彼女を落とし、ようやくとベッドへと足を向ければ獲物にと牙を食い込ませていく。
その時でなくとも似たような状況を作り出すのは簡単だ。それは禁書を閲覧していた彼女もわかっていたはずだったが抗えず、ただただ体を重ねるばかり。
甚振られはしなかったのは幸いだろうか。答えは出ないままに、次を急かされ意識は正常と異常とを行き来し溺れ果てる。
ふと、目が覚めると一人だった。
ベッドに横たわるままにぼんやりと視線を巡らせれば窓辺に先程まで容赦の欠片も見せずにいた獣が静かに佇んでいた。よく見る深い夜のような羽織りを身にまとってそうしているといかにも色男といったようなさまになる様子に何故だか無性に腹が立った。
「貴様はまた、人のことをあれほど貪っておきながら何を黄昏れている。……早く窓を閉めろ。夜風のせいで私の肌が粟立っているのが見えんのか?」
「ほう?お前の肌がそれほど弱いとは初めて知った」
「なめとるのか貴様」
「お前がそういったのだろうが」
バルコニーまでは出ず彼女の言葉を突っぱねもせず、そっと手も使わずに半身で振り返った魔王は窓を閉めた。
そしていそいそとまるでそこに己の身を置くのが当然というかの如く、彼女の隣に戻り布団を被れば息を吐いた。
もちろん抱き合うような姿ではなく無防備にも彼女に背を向ける形だ。彼女がこの部屋に来た時のことなど忘れたかのような振る舞いに呆れて彼女は魔王をまじまじと見下ろし、やがて諦めたかのように溜め息を深く深くと吐き出しもう知らんと自分も彼に背を向けるようにと寝直すとややあってからもぞりと背後の気配が動いた。また外に出るのだろうかと夢現考えては背中から抱え込まれたような狭い思いを覚えて一瞬意識が浮上するも起きてやるのは癪だと改めて睡眠を優先し深く深くと寝に入る。
朝を迎える頃合いは二人ともにベッドにいた。自分とは違い睡眠にも貪欲らしい魔王はなかなかに起きず、振り返り鼻を摘んでも頬をつねっても起きない。いや、正確に言えば一度起きるが止めろと低く注意をするだけで手を出しては来ないのだ。
見てくれ通り、夜行性だとでもいうかのように。
ねじ曲がった彼の性根や心を表すように生える角は感情の昂りにより長さが変わる。鋭い牙や爪も念入りに手入れや手加減をしなければ直ぐに他人を傷付ける凶器足り得るものだった。人型の時にはあまり出さない尾や翼も出そうと思えば出せるらしく完全な竜の見てくれには及ばずとも人外らしい見た目となった。
そうして思考に耽り忘れようとしても肌着も満足に着れていない状態が長く続くのに遂に彼女は耐えかね、憎々しげに整った顔を睨みつけてからうら若き乙女にあるまじき行動に出る。
にっくき害悪そのものの根源を握り潰してくれると伸ばしたその手は、しかし邪悪すぎたからかそこに触れる前にガシリと掴まれ阻止された。
「何を淫魔のような真似をしている?」
「っ?!馬鹿を言うな!私はその諸悪の根源たるブツをだな、貴様からもぎ取ってやろうと」
「……尚更悪い。またしつけられたいというのであれば受けて立つが?」
「ふざけるのも大概にしろ!私は!起きるんだ!」
あーだこーだともみくちゃになりながらも再度の行為はさせないとそれだけは拒み、頭を引っ叩いて何とか腕を抜け出し剥かれた衣服を拾いあげ恨めしげな視線もツンとそつなく交わし、一先ずは外まで汚れを落としに出れるように整え一人で退室していく。出た先で彼女の侍女が控えており早速と暖かなタオルを渡されて、魔王の一室から近い空き室で髪や顔を軽く拭う。
ほうと心が緩むような錯覚を抱きながら息を吐き、続きは自室でと足を進めた。
それからニ週間は経っただろうか。少し腹が張る感覚を覚えて、ゆっくりと己の腹を撫でては彼女は覚えのあるそれに行き当たり片眉を上げるとじっと暫し考えてから侍女に産婆を呼ぶように、と申し付けた。
流れるような速さで駆けつけた産婆はまた男子禁制の部屋を作り上げて彼女の診察にあたる。
一度目の時ほど時間もかからずすんなりと産んだ薄紅の卵は仄かに暖かく、父親であるあの男が来るまで彼女は可能な限り腕に抱え続けていた。
この後の流れを知るからこそそうすべきだと思ったのだ。どうせまた百日、この子とは別れなければならないと。
そうして母子の時間を過ごしては知らせを受けて駆けつけた魔王がやってくる。彼女と子との様子を見て怪訝そうな片眉を上げた表情をしながらも何も言わずに今度の卵も孵す方法は同じなのかと産婆に話を聞いては卵を受け取りに行き、割るんじゃないぞという軽口にも誰がそんなヘマをするかと返しつつ背を向けて旅立つ。
貴重な香木をありったけ集めて、月光が一番降り注ぐ場所を探し続けるという難易度が少し上がったそれにも文句は言わず竜となり卵を孵す為にと奔走したために百日より若干日を要した。
無事戻る頃には一匹の夜の黒に金を散りばめたような色合いの鱗を持つ子が魔王の腕の中にいた。揺りかごでは泣き止まず渋々とのことらしいが抱き方がわからずに足を持ち吊り下げるでもなくきちんと抱いている様子に臣下は驚いて目をぱちくりとさせた。
「乳母では泣き止むことはないだろう。孵る前からひどく泣いて、俺がこうまでしても見ての通りだ。直ぐに妃に渡せ。卵の時の記憶があるのならばそれで収まるはずだ」
一度目と同じく世話役の女らが寄るのを避けつつ、妃はどこだと呼ぶ声に足の早い伝令役を走らせ妃を背に乗せ騎竜という馬よりも速さに定評のある小型の竜が中庭に現れれば慣れたようにすとんと華麗に着地を決めた彼女が大きな声で泣きわめく我が子にと駆け寄り魔王より受け取った。
すると徐々に徐々にと泣くのを止めた赤子は大人しく彼女の腕の中に収まり、乳を求めてか胸元の衣服をギュッと握りしめ何かを訴えるように彼女を蜂蜜色の目で見上げ唸った。
「……お前が孵る前の卵を抱えていたせいで俺は苦労をしたぞ」
泣きわめき収まることのない赤子をここまで連れてくるのさえストレスだったのだろう、我が子を危うく手にかけるところだったと愚痴をこぼしては彼女に睨まれ魔王は目を眇めた。
「そのくらいでなんだ。私は産んだ子と百日以上離されるのだぞ、それくらい寧ろ我慢できない方がおかしい」
腕の中の赤子が高価なドレスを握りしめ皺をつけるのに慄く侍女を尻目に乳などやったこともないが出るのだろうかとの不安を抱きながら彼女も負けじと彼に言い返し、怒りに言葉に詰まった彼を置いて侍女に誘われるがまま授乳のできる部屋へと足を踏み出しその場を後にした。
やはり初めから簡単に出るものではなくこれでもかと乳を強く強くマッサージされた彼女はそれでも出の悪い乳に涙しつつもやっとのことで空腹の我が子に乳をやるに至れ、ホッと息を吐き出しそしてこれから待つ授乳という地獄の幕開けに恐れ慄いたのであった。
寝ている時も食事時も気にせず泣かれて乳を求められ、ぎこちないながらに乳母役らに授乳のやり方を教わり。彼女以外の腕の中は嫌だと言わんばかりに泣く子に頭を抱えて意識朦朧となりつつ部屋を行ったり来たりと彷徨っては足の先を物にぶつけて悶絶し、頭を家具に壁にぶつけて涙を浮かべ。
漸く寝付いたと安堵しベッドへと横になれば先に産んだ三つ子たちが母を求めて面会しにきて、母と遊ぶのだとまた騒いで声を上げたり泣いたり、怒ったりと忙しない。
末の子を起こすのが嫌で泣く泣く起きるも三つ子たちの成長は目覚ましく、とてもではないが寝不足の身では体がいくらあっても足りやしない。
限界だ、と倒れそうになった時にふっと暗い影が現れ抱きとめられればそのまま意識を失い。気付くとベッドの中にいた。
子どもたちは帰り、代わりに侍女や医女などが側にいた。
どうやら父親たるあの男が彼女を運んだ後に少し子どもたちの相手をしたらしい。末の子が気にかかったがまだぐっすりと寝ている様子を見るに、あと少しは寝れると判断を下すと彼女は再び目を閉じありがたく眠りに就いた。
卵はファンタジー設定なので妊娠周期とかあまり深くは考えずに書いてます。なのでツッコミはなしで願います。受精してそれとわかるのが人よりも若干早いかなくらいの気持ちで。あと子どもの成長も同じです。魔族とかは早いかな〜と。
生温い目で見てやって下さい。