表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
無紋のカガミハラ  作者: 浦音紗耶果
EPISODE.1 無紋魔術師
4/4

第一章 試験場へ 3


 玄関の扉を開けた唯人に冬の寒気が容赦なく襲いかかる。今まで暖かい家の中にいたせいか余計に寒さを感じ、ぶるるっと身体を震わせた。

 暑いのも寒いのも苦手な唯人からすれば、真夏と真冬が一番苦手な季節だ。現在は十二月の末日、言うまでもなく真冬だ。首に巻いたマフラーで目の下まで覆い、試験場に向けて歩き出す。


「おーい、ガミー!」


 ふと聞こえた誰かを呼ぶような声に唯人は動かし始めた足を止めた。いや、誰かではない。自分のことを呼ぶ声だ。

 彼の知る限り、自分のことを読み方が難しい苗字をもじった「ガミ」というあだ名で呼ぶ人物は二人しかいない。

 振り返った唯人の視線の先にいたのは、やはりというべきか唯人の予想通りの二人だった。

 小柄で小太りなのんびりした印象を与える少年と、細身で眼鏡をかけた少年だ。眼鏡の少年が唯人に向かって手を振っている。

 二人の顔を見て、唯人は小さく息を吐いた。


「何だよ、誰も見送りに来いなんて言ってねーぞ?」


 二人は唯人の数少ない友人だ。

 目つきが悪いため唯人に友達と呼べる存在はこの二人しかいない。そんな二人に軽口を叩くと、眼鏡をかけた細身の少年がふんっと鼻を鳴らした。


「寂しいこと言うなよ。応援してやるっつーのに」


「そうそう。俺たち友達だろー?」


 眼鏡をかけた少年の言葉に、小太りな少年は見た目を裏切らないのんびりとした話し方で同調した。

 二人の言葉に唯人も思わず笑ってしまう。そういえばそうだった。友達なんていざ口にすると小っ恥ずかしい言葉も、この二人は真顔でなんでもないような様子で言ってしまうのだ。


「それで、本当に何の用だよ。まさかマジで見送りに来たってワケじゃねーだろ?」


 見送りも嘘じゃねーよ、と言ってから眼鏡の少年は右手に持っていた小袋を唯人の前に突き出した。何故か自信に満ち溢れたドヤ顔で。

 一日に三人分ものドヤ顔を目にすることになるとは。今日はドヤ顔デーか、と溜息をつきながら問いかける。


「……何だよ、これは」


「お前へのプレゼントだ。寒い日には欠かせないぜ?」


 受け取れと言わんばかりにしつこく袋を突き出してくるので、仕方なく受け取り袋の中のものを確認する。

 温かい感触がある。しかも柔らかい。それを取り出した唯人は、なるほどと納得する。確かに寒い日に貰ったら嬉しいものだ。


 ──中に入っていたのは肉まんだった。

 ホカホカの──肉まんだった。


 それを見つめて三秒後、唯人は真顔で友人二人を見つめて一言発した。


「は?」


「んだよ、薄いリアクションだな! お前のために買ってきてやったってのに!」


「そうそう。友達だからなー」


「いや、友達関係ねーだろ」


 親友の言葉に鋭いツッコミを入れる唯人。

 正直友達からプレゼントを貰って嬉しい気持ちはある。ましてや二人は親友といっても過言ではないくらいに仲が良い。三人でよく遊びにも行くし、学校では決まって彼らと一緒にいる。

 だが今はそれは関係ない。

 親友が大切な試験に向かうのに肉まんというプレゼントは、さすがに二人のセンスを疑わざるを得ない。

 温かい肉まんを手に持ったまま固まっている唯人に、眼鏡をくいっと上げながら細身の少年は得意げな口調で語り始める。


「それはただの肉まんじゃないんだぜ! コンビニにあるちょいとお高めのやつだ!」


「プレミアムってやつなー。これから試験に向かうガミに、元気が出るようにって」


 そういうことか、と唯人は小さく息を吐き出した。

 この二人も彼らなりに考えてくれていたわけだ。家を出る前に楓や菜月がしてくれたように、変に気負わせないようにいつもと同じノリのくだらないことで緊張させないようにする。

 考えることはみんな同じなようだ。

 そう思うと自然に頬が緩む。それを隠すように唯人は、持っていた肉まんを一口齧る。しっかりと味わって飲み込んだが、正直いつも買う普通の肉まんとの違いは分からない。

 だが二人の思いやりが詰まった肉まんは、いつもより何十倍も美味しく感じた。きっとこの味を唯人は生涯忘れることはないだろう。

 一息に肉まんを食べ切ると目の前にいる親友二人の名前を呼んだ。


「ヤマ! マス!」


 ヤマと呼ばれた小太りな少年──田山(たやま)と、マスと呼ばれた眼鏡をかけた少年──増岡(ますおか)が顔を上げた。

 そんな親友二人に、唯人はいつものように軽い調子で告げる。


「じゃ、行ってくるな」


「おう! 朗報を待つ!」


「帰ってきたら三人だけの合格祝いやるからなー」


 合格前提かよ、と小さく笑う。だが親友からのその言葉に、ますます合格して帰ってこなきゃいけないと自分を奮い立たせる。

 こんな些細なことで力が湧いてくるなんて、我ながら単純だなと思う。でもこんな単純で良かったとも思う。

 だって今なら、何でも出来てしまいそうな気がするのだから。


 親友の二人と別れて、試験場に向かう唯人は小さく溜息をついた。

 彼にとっての問題はここからだ。

 術師連盟の採用試験は年に四回行われるのだが、試験場は一箇所ではなく日本全国に点在している。受験者は自宅から最寄の試験場に向かうのだが、唯人の自宅からの試験場がまあまあ遠い。

 まず自宅の最寄駅まで徒歩で十五分。そこから電車に乗り終点まで三十分ちょっと。そこから違う路線の電車に乗り継ぎ再び三十分ほど揺られ、そこから更に徒歩で二十分ほどかかる。片道で一時間半以上かかる場所へと向かわなければいけないのだ。試験場への長い道のりが十五歳になってすぐに採用試験を受けなかった大きな要因だ。

 しかしそこで面倒がって行くのをやめてしまっては、魔紋術師にすらなることは出来ない。ここは魔紋術師になるという目標を掲げた唯人にとって、避けて通ることは出来ない道なのだ。

 寒さに震えながら最寄駅へと辿り着く。駅の前は大きく開けており、車を停められるロータリーや駐輪場も設けられている。ベンチや自動販売機もあるので、単に目的地に向かうだけではなく、休憩所としても多くの人が利用している。

 さらに目を引くのは大きな噴水だ。この噴水は待ち合わせ場所の目印する人が多く、休日の昼間にこの辺りへ来るとかなりの人が待ち合わせ場所にしているのが分かる。かくいう唯人も田山と増岡と遊ぶ時の集合場所にここを指定することもある。

 しかも駅の近くには大きい商業施設もある。そのため休日には最寄駅となるここは多くの人で賑わっており、大晦日である今日も例外ではない。

 あまり人混みが得意ではない唯人は足早に駅の改札へと向かう。寒いしさっさと電車に乗ってしまおうと思っていると、視界の端に周りの人たちの空気とは明らかに違った、やや不穏な空気を纏う人影が映る。

 そちらへ視線を向けると、人混みからやや外れたところで唯人と同年代くらいの女子の目の前に二人の男子が立っている。お下げの黒髪に眼鏡をかけた大人しそうな見た目の女子は、目の前にいるチャラついた不良風の男二人を怖がっているように見える。

 唯人の位置からは周りの喧騒で、一体何を話しているのかまでは聞こえてこない。だがあの女子と男二人が友達じゃないのは明らかだ。見たところナンパされているのだろう。

 お下げの女子は涙目で周りに助けを乞うように見回しているが、みな見て見ぬ振りで通り過ぎて行く。困っているのは分かるし、助けたくないわけではないが、自分からそうする勇気がないだけだ。

 今唯人は採用試験を受けるために試験場へと向かっている最中だ。試験場に行くにはまずこの駅で電車に乗らなければならない。

 時間に追われているわけではないが、初めて行く場所なので迷う可能性もある。そのため唯人は多少予定外のことが起きても大丈夫なように早めの時間に家を出ている。

 だからといってここで彼女を助けるために足を止めて、変なトラブルでも起きてしまえば採用試験の時間に間に合わない。あの子には悪いが誰か心優しい人が助けてくれるのを待っていてほしい。そう心の中で願いながら唯人は──


「──大晦日の昼間から、なーに女の子ナンパしてんだよ、お前らは」


 その不良たちに、そう声をかけていた。


「あ?」


 二人の男が不愉快そうに振り返り睨みつけてくる。こちらを威嚇している。だがその視線に唯人は怯まず、涙目で身体を縮こまらせている女の子の前に背を向けて立った。その女の子を守るように、二人の男の前に立ちはだかる。


「……あのさ、間違ってる可能性もゼロじゃないから一応聞きたいんだけど、あの二人君の友達?」


 唯人がそう問いかけると、眼鏡をかけたお下げの女の子はブンブンとかぶりを振った。激しく否定するほど友達じゃないらしい。間違ってなくて良かった、と唯人は安堵の息を吐いた。

 そのまま女の子を背を向けたまま唯人は優しい声音で告げる。


「早く逃げろ。君を守りながら一対二はキツイ」


「……え……で、でも……それじゃあなたが……」


「一人ならなんとかなるんだ、早く行ってくれ。家族だか友達だか彼氏だか知らないけど、待ち合わせしてたんだろ。相手が心配する。だから早く行ってくれ」


 最後の最後まで置いて行ってしまうことを躊躇っていたが、小さくお辞儀をしてから走り去って行く。小さくなっていく彼女の背中を眺めながら、長い金髪の男が舌打ちした。


「逃げちまったよ……どうしてくれんだよ、オイ?」


 男の怒りの矛先は唯人に向けられる。彼女が逃げてしまったのは明らかに唯人が原因だ。それでもなお唯人は引き下がらない。むしろ自分のしたことは正しいのだと、背筋を伸ばし胸を張る。


「ナンパしたいならまずその人相から変えた方がいいぞ。どこからどう見ても悪人面だからな」


 今唯人は採用試験を受けるため試験場へと向かっている最中だ。

 早めに家を出ているとはいえ、女の子がナンパされているのを助ける時間を考えてはいないため、ここで変に時間を食うわけにはいかない。

 最初は見逃そうとした。採用試験に遅れてしまっては意味がない。見送ってくれた家族や親友のためにも、試験に遅れて行けませんでしたでは合わせる顔がない。


 だが──女の子を助けずに試験場に行きましたの方が、もっと合わせる顔がない。


 家族も親友も駅前でこんなことが起こっているなんて知っているわけがない。だがここで見逃してしまうのは後味が悪い。試験に遅れて受けれなくなるのなら、女の子を不良から助けた、という格好良い土産話の一つでも持って帰りたい。

 それに唯人が目指すのは魔紋術師だ。

 人間から女の子を守れないような男が、魔物から人々を守ることが出来るはずもない。


「やり合おうってんなら逃げねーけどさ、それなりに覚悟はしとけよ。不良二人くらいなら負ける気はしねーぞ」


 ただでさえ目つきの悪い唯人が二人を睨みつける。それだけで僅かに怯んだ様子を見せた。

 これで帰ってくれれば一番楽だ。採用試験用に持ってきた刀を使わなくても済む。そもそもただの喧嘩で刀を使うつもりもないが、変に体力を消耗することもないし採用試験に遅れることもなくなる。

 だが一向に二人の男は退く様子を見せない。怯んだ表情をしながら唯人を見つめているだけだ。あとどれくらい睨みを利かせればいいのか、溜息をついたその時だった。


 唯人の左右から一人ずつ、男が近付いてくる。


 チラッとそちらに視線を向けると、目の前の二人と同様に一目で分かるくらいの不良だ。チャラついた髪色、髪型、服装をしている。

 マジかよ、と唯人は表情を引きつらせているとゾロゾロと人数が増え、八人ほどの不良に一気に囲まれてしまう。

 ちょっと待て、八人だとは聞いてない。いくら魔術を使っても八人相手はキツいし、まず前提として強力な魔術を生身の人間に向けて扱えるわけがない。

 八対一という圧倒的な数的有利を得た男たちが退くことはもうないだろう。あんな大口を叩いておいて格好悪いが逃げるしかない。だがこの人数相手に逃げ切れるのか。あれこれと考えている唯人に周りの男より一際大きい男の、大振りの拳が襲いかかる。

 反応に遅れた唯人はその拳を受けるのを覚悟し目を閉じる。だがその拳が唯人を襲うことはなかった。その代わりに、


 ──唯人に殴りかかった男が、何者かに殴られた衝撃によって、真横へゆっくりと倒れていく。


 その光景をただ呆然と眺める唯人の目の前に、一人の少年が現れた。

 短めの黒髪をツンツンにさせた少年で、明るく活発そうな表情をしている。厚手のコートの下には休日だというのに学ランを着ており、手袋ではなく穴あきグローブを通した手は、力強く握り締められている。

 唯人はそれだけで理解した。今あの大男を殴って助けてくれたのは、間違いなくこの少年だ。


「格好悪ィな、一人の男に数人で寄って(たか)りやがって! 漢気の欠片もありゃしねぇ!」


 無駄に暑苦しい言い回しに唯人は小さく息を吐いた。そのまま何も言わずに、刀は袋にしまったまま構える。なにもこの状態でも戦えないわけじゃない。

 その気配を感じ取ったのか、助けに入ったツンツン髪の少年は、楽しそうに口の端を釣り上げながら唯人に問いかけた。


「オイオイ、お前は俺を置いて行っていいんだぜ? 休日に、しかもこの時期の末日に制服着てんだ。採用試験に向かう途中だったんだろ? 遅れちまうぞ」


「その台詞、そっくりそのまま返してやるよ。あったかそうなコートの下から学ラン覗かせやがって。お前も同じだろ。ここから試験場まで遠いぞ。一人で相手して間に合うかよ」


 その言葉に少年はプッと吹き出した。

 どうやらお互い考えていたことは同じらしい。採用試験に間に合わないから、自分の試験を捨てて他人の試験を間に合わせる。お互いがそう考えているのならやることは一つだ。

 一人で片付けて間に合わないのなら、二人で片付けて間に合わせる。

 そんな馬鹿みたいな答えに、唯人も思わず笑ってしまった。ツンツン髪の少年と背中を合わせて、笑みを浮かべながら唯人は伝える。


各務原唯人(かがみはらゆいと)。俺の名前だ、お前は?」


「ここで自己紹介たぁ、少年漫画みてーだな。俺は都築秀一(つづきしゅういち)だ。よろしく頼むぜ、唯人!」


 いきなり呼び捨てかよ、と唯人は溜息をつく。

 初対面の少年とトラブルに巻き込まれ、親友のように名前で呼ぶ──お前も充分少年漫画みたいだよ、と思いながら秀一の呼びかけに応じる。


「──背中は任せたぜ、秀一!」


「任せな、唯人!」


 試験開始まで──あと二時間。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ