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無紋のカガミハラ  作者: 浦音紗耶果
EPISODE.1 無紋魔術師
3/4

第一章 試験場へ 2


 ──この世には"魔術"というものが存在する。

 人によって得手不得手はあるものの、自在に空を飛ぶことができるし、何もない手の平から炎を生み出すこともできるし、草木と言葉や心を通わすことだってできる。

 世界的に"魔術"という力は認知されており、今や日本も世界有数の魔術国家として数えられている。

 "魔術"という力が世界的に広まったのはある出来事がきっかけだった。

 突如として全世界で目撃されるようになった異形の生物・"魔物"。出現理由、出現条件、身体を構成する物質、全てが不明。

 ただ一つ、判明しているのは"魔物"はこの世の生物ではなく異世界から現れた生物だということ。それだけだ。

 それが判明したのは最初の"魔物"の出現からおよそ三年後。何もない場所の空間がいきなりひび割れて、その隙間から"魔物"が現れるのを見たという目撃証言があったからだ。

 野生の動物よりも恐ろしく、麻酔や普通の拳銃などでは歯が立たない異形の"魔物"に人類は滅亡の危機に瀕していた。

 このまま蹂躙され、人も、街も、世界の何もかもが破壊し尽くされるしかないのだと腹を括っていた。

 だが──、


『滅亡を待つ非力な人間たちよ。現状を覆す力が欲しいか』


 どこからともなく聞こえてきた天からの声。

 そしてもたらされたのは"魔物"に対する力。

 人類が生き残るために与えられた力が"魔術"だ。

 天の声は自らを「原初の魔術師」と名乗り、"魔物"を討つための"魔力"という力と、"魔力"がある証"魔紋(まもん)"を人々の身体に与えた。

 そうして"魔術"を以て"魔物"を討伐する世界政府公認の戦闘魔術師軍団──"術師連盟(じゅつしれんめい)"が誕生した。

 身体に"魔紋"を持つ魔術師を"魔紋術師(まもんじゅつし)"と呼び、魔術師イコール"魔紋術師"となっている。

 今となっては世界で知らない人はいないほど幅広く認知されている"魔術"だが、生活の全てを"魔術"や"魔力"に頼っているわけではない。

 曰く物に"魔力"を宿すことは難しいらしく部屋の明かりやテレビを始めとした家電製品、ガスや水道などは"魔術"がない世界と仕組みは同じだ。"魔術"というオカルト要素の強い能力が流通しても、人々の生活から科学の力は切り離せないらしい──


 そんな今では小学生の最初の授業で習うような内容を思い出しながら、唯人は自分の部屋で制服に着替えていた。

 今から学校に行くわけではない。そもそも今は冬休みで学校は開いていない。ならば制服を着て何処に行くのか。

 今日は年に四回行われる"術師連盟"に入隊するための採用試験の日なのだ。

 "術師連盟"の採用試験は三月、六月、九月、十二月のそれぞれ末日に行われる。受験資格がある者は試験当日までに十五歳以上になっている者で、十五歳を迎えていれば中学生でも試験を受けることができる。

 そしてその試験に合格できれば、晴れて"術師連盟"の一員となれる。年に四回も試験を設けてくれるのはありがたいのだが、なにもどの家庭でも慌ただしくなる大晦日にやらなくてもいいんじゃないだろうか。十二月だけ一日ズラしてもいいんじゃないだろうか。そんなことを思わなくもない。

 冬は部屋の中も寒い。ジャケットくらいは着て行きたいが、採用試験は実技試験だと聞いている。持ち物を預けられる場所があればいいのだが、ない場合はジャケットは邪魔になる。とりあえずマフラーは巻いていこう。

 冬休みが始まってまだ一週間くらいしか経っていないのに、随分と久し振りに制服を着たような、そんな不思議な感覚がする。着替えが済んだ唯人がマフラーを巻きながら部屋を出ると、目の前で菜月が腰に手を当てて笑顔で待ち構えていた。


「……えーと……菜月? 何してんの、俺の部屋の真ん前で」


 問いに対し、ふっふっふっとどこか勝ち誇ったような笑みを浮かべる可愛い妹に唯人は困惑する。彼女が何をしたいのか分からずに固まっていると、菜月は両腕をバッと勢いよく広げた。


「今日大事なお受験のゆい兄に、妹パワーを充電させてあげます!」


「お受験って……幼稚園児か俺は」


 妹の謎の言葉に兄は小さく溜息をつく。

 しかしもらえるものはもらっておくに越したことはない。妹パワーが一体なんなのかは分からないが、ここはありがたく頂戴しよう。


「で、何だよその妹パワーって。俺は何をすればいいの?」


「ゆい兄は何もせずに、そのままじっとしてて!」


 言って菜月は腕を広げたまま唯人の目の前まで歩いてくる。そして──、


「──妹パワー、じゅーでん! ぎゅぅーーーっ!」


 唯人に思い切り抱きついた。

 胸のあたりに顔を埋め、背中に腕を回し強く抱きしめてくる菜月。三十センチほど背の低い妹からの心のこもった抱擁を受けながら、唯人は心の中で呟いた。


 ──愛しい妹よ。家族以外に簡単に抱きついちゃいけませんよ。


 愛する妹からの愛情を充電し終えた唯人は一階へと下りた。そろそろ出るから楓に一声かけておきたいのだが、リビングに彼女の姿が見当たらない。何処に行ったのかと思いながら玄関への扉を開けると楓の姿があった。


 両腕を広げた状態で、母親代わりの叔母が立っている。


「……楓さん……? 何してんの……?」


「叔母さんパワー、充電してく?」


 ふふん、と菜月同様に勝ち誇ったような笑みを見せる楓。何故そんな表情ができるのか、皆目見当がつかない。

 唯人がリアクションに困り果てていると、楓は腕を下ろしてくすっと笑った。まるでイタズラが成功した時の子供のような、無邪気な笑顔だ。


「冗談よ、唯人くんってホントに分かりやすいよねー」


「あんまりからかわないでほしいんだけど……こっちは試験前なんだから」


 ごめんごめん、と顔の前で手の平を合わせて謝罪する。しかし唯人も本気で嫌がっているわけではない。むしろ試験前だからと変に気を遣わずに、普段通りにしてくれる方がこっちも気持ちを落ち着かせることができる。


「そういえば、さっき康文さんから唯人くんに激励メッセージがきたわよ」


 前日康文は唯人が試験に行く時間に家にいれないことを残念がっていた。せめて気持ちだけでも届けたいと思ったのだろう、楓が康文から送られてきたメッセージを読み上げる。


「『立派な男になって帰って来い。ケーキ買っといてやるからな。モンブランはパパのだぞ』だって」


「またハードルの高い……失望させないように頑張るよ」


 強面で堅苦しい印象を与えるが、内面は茶目っ気満載の康文からのメッセージに思わず笑ってしまう。

 いつの間にか緊張も解れていた。今回ばかりは菜月や楓、康文たちに感謝しかない。これで変に気負うことなく試験に臨むことができる。


「それにしても、唯人くんが"術師連盟"にねぇ……」


 楓がどことなく物憂げな表情で呟く。

 それに気付いた唯人が視線を向けると、目が合った彼女は慌てたような手振りをする。


「あ、ちが……変な意味じゃなくてね! もちろん唯人くんが自分で決めた道だから、私が口を挟むようなことはしないけど……ただ……」


 楓は言葉を飲み込む。

 彼女が何と言おうとしたのか。何を思っているのか。彼女が飲み込んだ言葉を唯人は知っている。

 だからこそ彼は言う。


「そりゃ心配だよな。魔物と戦うなんて。本当に命懸けの仕事だよ、いつ死んでもおかしくない」


 少しだけ間を空けて──


「──現に、俺の父親はそれで死んでるからな」


 その言葉に楓ははっとした。

 できるだけ唯人に父親のことは話さないでいた。彼は自分の父親のことを知らない。顔も、声も──

 彼が生まれる二週間ほど前に亡くなってしまったから。

 自分の父親は誰なのか。どこにいるのか。どんな人なのか。いつか聞いてくるとは思っていた。その時を待って、聞かれたら答えようと思っていた。だが思っていたよりも早く彼は現実と向き合っていた。


「……知っていたのね」


「中学二年の時だったかな。母さんが教えてくれたんだ。俺が魔紋術師になるって話したら、父親もそうだったって」


 唯人は入院している母親に、一ヶ月に一度くらいの頻度でお見舞いに行っている。聞く機会も話す機会も何度もあるはずだ。中学生になって将来の道を決め始めた唯人に、もう話してもいいと判断したのだろう。姉の判断に楓からも異論はない。


「すごく優しい人だったわ。優しくて、強くて、そして──そして、誰からも愛されていた」


「……そっか。楓さんも父さんがどんな人か知ってるんだよな。義理の兄だから当然か」


 楓は唯人の横顔を見つめる。

 彼が彼自身で決めた道。反対するつもりも口を挟むつもりも一切ない。

 だが心配していないわけではない。

 本心は行かないでほしい。危ない道に進まないでほしい。それでも楓は決心していた。この言葉で彼を送り出すと。


「──必ず、帰って来るのよ」


 楓の言葉に唯人は不器用な笑顔で答える。


「りょーかい!」


 お互い笑顔で見つめ合う。

 そうしていると二階から慌ただしい足音を響かせ、唯人を呼ぶ声とともに菜月が下りてきた。

 彼女が両手で大事そうに抱えているのは細長い黒い袋だ。袋の口からは鈍色の鍔と黒色の柄が飛び出している。

 "魔紋術師"である唯人の武器だ。


「はい、ゆい兄! これいるでしょ? 机に立てかけたままだったよ?」


 菜月が無邪気な笑顔で差し出して来る。

 "魔紋術師"が武器を持つことは少なくない。むしろ九割以上が武器を持っているだろう。

 魔術を扱うといってもファンタジー世界にありがちな杖を介したり、手の平から発したりが主流ではない。

 単に身体能力を強化したり、炎や電撃を武器に纏わせたりと、そういった使い方も出来るのだ。だから唯人のように刀を使う人もいるし、変わった武器を持っている人も珍しくない。もちろん武器を使用しない人も少数派だが存在する。

 唯人も身体能力は平均よりやや上程度だ。一対一の殴り合いなら勝てるが、二対一は分からない。三対一なら迷わず逃げる。

 そこに魔術による身体強化が加われば話は別だが、今から唯人が向かうのは"術師連盟"の採用試験。チンピラと喧嘩をしに行くわけではない。実技試験がどういうものか詳しくは分からないが、素手で切り抜けることは難しいだろう。

 妹から差し出された刀を掴み、唯人は情けないなと呟きながら小さく笑う。


「ありがと、菜月。忘れるとこだった。まだ緊張してるみたいだな」


 そんな唯人に菜月は小さく笑うと、再び唯人に抱きついた。しかしさっきとはまるで違う、熱い抱擁ではなく、優しく心を落ち着かせてくれるような暖かい抱擁だ。


「──妹パワー、じゅーでん。ぎゅっ」


 囁くような優しい声色で呟く。

 二度目の抱擁に唯人がやや戸惑っていると、後ろからもう一つの抱擁を受けた。

 楓からだ。


「楓さん……? もしかして、これが叔母さんパワー?」


 照れくさいのか笑みを浮かべながら問いかける唯人に、楓はううんとかぶりを振った。


「お母さんパワー。姉さんの分まで、じゅーでん」


 家族二人からの優しく暖かい抱擁を一身に受け止める。楓と菜月はそのままほぼ同時に口を開いた。


「唯人くん──」


「ゆい兄──」


 いつものように送り出す言葉を。


「──行ってらっしゃい」


 そして唯人もまた、いつものように出発の言葉を口にした。


「──行ってきます」


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