表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/16

第8話 海の星

「ツキ、いるか?」


 星追い課の部屋で、珍しくカタカタとパソコンをいじっていたツキに、課長が声をかける。


「はいはい。ここにいますよ!」


「お前に頼むのは非常に良心が痛むのだが、頼みがある」


「そんな遠慮なさらず! 僕は課長のためなら、この間の始末書なんてすぐに放り捨てましょう!」


「だから頼みたくなかったんだー!」


「課長、お静かに! それよりささ、どうぞご要件を!」


「.......昨日横浜に入港した船の中に、星が混じっていたらしくてな」


「おや、密輸ですか?」


「まさか。海の上で落っこちたのが引っかかったらしい」


「それで、僕が回収に行けばいいんですね?」


「そうだ。星野を連れて行け」


「星野ちゃん、今日は非番ですよ」


「.......呼べ」


「大袈裟ですねぇ。また誰かさんが襲ってきますかねぇ」


「.......」


「では、課長。僕は横浜に行ってきますよ、星野ちゃんと横浜デートです」


「仕事! 星は回収してこいよ!」


「素晴らしきかな中華街!」


 ツキが胡散臭い動作で両手をあげ、大量の書類を宙にばらまく。


「ツキ! これ始末書か!?」


「それと報告書ですよ! では、お先に失礼しまーす!」


「提出方法ーー!!」


 ツキがスタスタと部屋を出て行った後。

 静かに書類を拾った課長は、そっと机の上の受話器を取った。



「星野ちゃん、中華街って素敵だね!」


「ツキ、甘栗」


「もちろん、抱えきれないほど買おう」


 その後ツキが私服の星野と歩いている所を職質されるなどしたが、ほぼ問題なく船の前までたどり着いた。


「大きな船ですねぇ」


「ツキ、星は?」


「船の中ですかねぇ.......ちょっと入ってみましょうか」


「ん」


 船員に言って中に入った2人は、迷子の星を探していく。


「海で落ちるなんて、ロマンチックな星ですねぇ」


「.......落ちちゃった」


「星野ちゃん、迷子を探すのもお巡りさんの仕事ですよ」


「.......うん」


 デッキの上に出て、潮風を感じながら星を探す。

 ツキが見て回っていた積まれた木箱の横の陰に、小さな光があった。


「星野ちゃん、あったよ。ほら、瓶を」


「ツキっ!」


 ばちんっという音と共に、ツキの右手に火花が散った。

 ツキは一気に膝を折って、その場に屈みこむ。

 そして、一瞬で目の前に迫っていた男ものの靴底を腕で受け止めて、デッキを転がった。

 そして。


「こんにちは。日本のお巡りさん」


 短い金髪をさらに整髪料で押さえつけて、青い片目で笑う男。黒い眼帯が左目を隠してなお、彫刻の様に美しい。


「こんにちは。あなたはもしかして、中国の犯人さんですか?」


「ほお、なかなか目がいい。殺さなくて良かった」


 男は潮風よりも爽やかに微笑みながら、艶のある革靴で物陰に落ちていた星を踏み砕いた。かしゃーーん、と悲しい音をならして、光が散っていく。


「ああっ!!」


 悲鳴をあげた星野をゆっくりと見た男は、ぐりぐりとさらに靴で星の破片を踏み潰した。りーーんっと切なげな小さな音がなって、とうとう静かになる。


「君が、3色持ち(トリプルカラー)か。やはり、素晴らしい色だな。頂いていこう」


「あ、ああっ!」


 星野の目から涙が零れる寸前。


「星野ちゃん、逃げるよ!」


 片腕で星野を攫ったツキが走り出した。


「ツキ! ほ、星が! 星が!」


「星野ちゃん、今回は少しまずいかもだ! 全力で逃げるよ!」


「逃げる.......か。少し勘違いをしているようだ」


 いつの間にか、2人の目の前に立っていた男が腕を上げた。

 ツキは星野を放り投げて、走った勢いのまま男に体当たりをした。


「見込み違いだったか」


 つまらなそうに呟いた男の腕から、()()何かが出る。

 ツキはそれを、左手で握りつぶして力任せに男を押し倒した。


「確保ーー!」


 馬乗りになった男の顎先を殴りつけたツキが叫ぶと、船の中から一斉に警官が走り出てくる。


「.......まさか」


 ツキに押さえつけられている男が震え出した。

 頬が赤く染まり、瞳は歓喜に潤み唇は震え出す。


「まさか、まさかまさか!」


 尋常ではない力でツキを押し返し、上半身を起こした男を捕えようと、警官達が向かってくる。



「見つけたっ!!!」



 ばぢんっという音と共に、男から黒い何かが吹き荒れた。


「やっと!! やっと見つけた!!」


 立ち上がった男はツキの首を両手で掴んで宙へと持ち上げる。背の高いはずのツキの両足が、かすかに浮いた。


「ぐっ.......!」


「見つけたっ! 見つけた見つけた!星じゃないっ!!月、月をもつ人間!! 」


 ギリギリと、ツキの首が締め上げられる。


「これで.......!」


「.......きゃ、ら.......かわって、ます、よ」


 首を締められながらツキが胡散臭く笑った、直後。


 男から出る黒い何かは吹き飛んで、光の嵐が巻き起こる。


「.......3色持ち(トリプルカラー)あああっ!!!」


 男が睨む先には、涙を流しながら指を指す星野がいる。

 星野は、星を愛する人。星に、愛された人。

 誰よりも星を想い、ゆえに、星は誰よりも星野の願いに応える。


「.......『掴め』」


 星野がぐっと手を握れば、眩い光が男に向かっていく。

 男の手が緩んだ一瞬で、ツキが叫んだ。


「突撃ーーー!!」


 呆然と立ち止まっていた警官達が、盾を持って走り出す。

 青木が膝をつき銃を構え、赤田が射線を確保する。


「『光れ!』」


 星野の叫びと同時に、ツキが目をつぶる。

 白いと錯覚するような光が男の目を焼いていく。

 その男を長い足で男を蹴飛ばして、ツキが地面に転がった瞬間。


 ぱんっ、ぱんっ。


 片目を瞑った青木の銃が、男の足を確実に撃ち抜いた。

 星野が起こした光が収まった所で、盾を持った警官達が一斉に男にのしかかる。


 しかし。


「ちっ、いないっ!!」


 その場に残ったのは黒い眼帯のみ。

 その場にいる警官達が、辺りを隈無く探し始め、青木がツキに走りよる。


 これが、事件の始まり。

 星と月の、事件の始まり。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ