第5話 赤い星
「あなた、現行犯逮捕ですよ!」
「あら? あなたお巡りさん?」
「ええ、こわーいお巡りさんです!」
女が急に腕を振り上げた。
「おおっ! 危ないですねぇ!」
女の腕に連動するように飛んだ光が、ツキの右足横の地面が焦がす。もちろん頑丈な金属製の足場であったが、それを焦がすほどの熱だった。
「悪いけど、後ろの子に用があるのよ。どいて?」
「さては.......あなた、変態さんですね? これはいけない。 署まで御同行願えますか?」
「ふふ、邪魔なお巡りさん!」
女が指をツキ差し向けたのと同時に、女の金色の髪がひと房ちぎれ飛んだ。それを見て、金髪の女は唇を引き上げた。
「なんだ、使えるんじゃない」
「ツキ、私がやる」
空のカバンを放り捨てた星野が、ツキの前に出た。
「星野ちゃん」
「ツキ、こんなの余裕。片手で十分」
「あらあら、生意気なお姫様!」
女が腕を振り上げるより早く、星野の指が女を指す。女の目の前で光が交錯し、消えた。
「あら、やるわね。さすが3色持ち!」
女が腿に手をかざした。その瞬間、ツキが跳ねられたように動いて星野の肩に手をかけ引き倒す。星野の小さな体がツキの腕に収まったとき。
ぱんっ。
と、乾いた音がした。
「ツキっ!!」
悲痛な星野の叫び声。
「当たってませんよ、スーツはダメになりましたけどね」
肩口が裂けたジャケットを脱ぎ捨てて、ツキが星野の前に立ち上がった。
「あら、なかなかの反応ね。星持ちって、こういうのに弱かったりするんだけど」
女は熱を持った銃口をこちらに向けたまま、ジリジリと距離を詰めてくる。
「これは.......銃刀法違反ですねぇ」
「あら、ごめんなさいね。母国ではオーケーなのよ」
「ここは日本ですから、犯罪ですよ」
ジリジリと女との距離が詰まる。
そして、拳銃にとって完璧な間合いでピタリと女の歩みが止まった。
「その子を渡しなさい」
「ロリコンさんには申し訳ないですが、うちの星野はもう成人してますよ」
「ふふ、分かってるでしょう? 欲しいのはその子の星なのよ。取ったらその子は返してあげる」
「星なんて無理やり取ったら死んじゃいますからー」
「その子、たくさん持ってるじゃない。私が欲しいのは一つだけ。残りは取らないわ、さ、こっちによこしなさい」
「うーん、失礼。」
ごほんと胡散臭い咳払いをして、ツキは笑った。
「許可なく星を捕獲すること、他人との星の譲渡、奪取、または売買は犯罪です。あなたは既に犯罪者ですが、一応お知らせしましょう」
「ご丁寧にありがとう。そして、さよならね。おかしなお巡りさん!」
女の指が、ぐっと力を入れて引き金を引こうとした。
その、筋肉が動き出す一瞬の空白に。
ばぢんっ、と鼓膜を打った音が鉄の足場を震わせて、女の銃が宙を舞った。
鋭く、一気に踏み込んだ右足をそのままに、ツキは天へと突き上げ銃を飛ばした腕で、ついでのように女の服を掴んだ。
「.......は?」
間抜けな声を置き去りに、ツキは女の体をぐっと引き寄せて腹に膝蹴りを入れた。
「ぐぅっ!!」
倒れかけた女の胸ぐらをツキの長い指が掴んで、手本のように美しい一本背負いで投げ飛ばした。
がしゃあんっという肉が金属に打ち付けられた音と同時に、女は意識を失った。
「いやぁ、普通なら拳銃を持っていれば充分な距離だったんですけどねぇ! 僕の足が長いばっかりに、すいませんね!」
ツキは、白目を向いた女に手錠をかけた。そのまま、胡散臭い笑顔を浮かべ声をあげる。
「星野ちゃん、怪我はー?」
「ないっ。ツキ、ツキ!」
星野がツキの首にしがみつく。
「星野ちゃん、どうしたんだい? 課長に連絡しないと.......」
「ごめんなさい! ツキ、私、3色持ちなのに!」
ぎゅ、とツキの首に回っていた腕に力がこもった。ツキはその腕をよしよしと撫でる。
「いくら星を持っていても、銃で撃たれたらどうしようもないですからねぇ。さ、この変態さんをどうにかしましょう」
星野が泣きべそをかきながら女の額に指をつけた。
「.......ツキ、何本?」
「星使ってましたからねぇ。景気良く4本! いっちゃいましょう!」
「.......4本」
りんっ、と音がなって、女の体からがくりと力が抜けた。
「さて、課長に連絡しましょう。星野ちゃん、元気出た?」
「.......出ない」
「それは大変。今日は星を見に行きましょうか」
「.......いく」
ぎゅっとツキのシャツを握って、星野は口を一文字に結んだ。
生きた人間は、誰しも星を持っている。
どんなに意思が弱くても、どんなに身体が弱くても。
人はみんな、輝く星を持っている。
普通なら一つだけ。
そんな中で、星野は3つの星を持つ。
星に愛された、奇跡の人。
人が持つ星には、色がある。
普通は白い。
たまに赤く、たまに青く、たまに黄色く。
たまに現れる色つきは、それぞれ特徴を持つ。
星野は3つの色つきを持つ、星を愛する、奇跡の人。
星は、誰しもが持っている。
その人の本質、エネルギーの塊、強い意思の集合。
その星を、単純なエネルギーとして自由に使える人がいる。
指を向ければ力の塊が飛び、色つきならば特徴づいた効果がつく。
星野は、自身の星を自在に使う、奇跡の人。
そして。
「ツキーー!! 星野ーー!! 無事かーー!?」
「課長、お静かに! デート中ですよ?」
「勤務中ーー!!」
金髪の女がパトカーで連れ去られるのを見送ってから、課長が2人に駆け寄ってきた。
「.......ツキ、車行ってる」
「はいはい。すぐ行きますよー」
「報告! 報告しろ!」
トコトコと星野が歩いていくのをそのままに、課長は目元を押さえた。
「課長、報告しますよー?」
「.......中国の犯人か?」
「まさか! あの程度で250なんて無理ですよ! どうせ何処かの下っ端でしょう。星野ちゃんしか見てませんでしたし」
「.......結局お前が倒したらしいな」
「足が長いもので!」
「.......気をつけろ。お前は」
「はいはい! 分かってますよ!」
ツキは胡散臭く笑って、長い指で輪っかを作る。
それを右目の前に上げて、言った。
「星を無くした男なんて、そうそういませんからねぇ!」
生きた人間は、誰しも星を持っている。
輝くそれは、その人の本質、エネルギーの塊、強い意思の集合。
それを無くした男は、なぜ生きるのか。
「.......月を飲んだ男か」
課長のつぶやきを後ろに、ツキは星を見に星野のまつ車に乗った。