第4話 高い所
「星野ツキ組、お前達今日は暇だな?」
とある昼さがり、星追い課の部屋にはツキと星野、課長しかいなかった。
「課長、今一課の押収物のビデオ再生しようとしてるんですよ? 暇なわけないじゃないですか」
「.......再生」
ポチッと再生ボタンを押して、2人はテレビの前に座った。
「押収物ー!!」
課長がテレビから無理やりビデオを取り出す。
「ああ、課長。そのビデオはきちんと再生しないと呪われるらしいですよ? なんでも既に3人亡くなったとか」
「なんて物持ち出してるんだー!!」
あからさまな黒いビデオを投げ出して、課長が2人を怒鳴りつけた。
「ツキ! お前は捜査一課の管理庫に入りすぎだ!」
「鍵が開きやすいですからねぇ。おもちゃも多いし」
「おもちゃじゃないっ! おもちゃじゃないだろ!?」
「.......課長、ビデオ、再生するから」
星野がトコトコとビデオを拾ってきて、もう一度テレビに差し込む。
「星野! 空気を読め!」
「課長、お静かに!」
「なぁああああ!」
テレビのコンセントを抜いた課長は、息を切らしながら2人に言った。
「.......お前達、今日はスカイツリーに行ってこい」
「デートですか? お気遣いありがとうございます」
「.......デート?」
目をきらきらと輝かせて、星野はツキの顔を見上げた。
「違うっ! 違うだろ!? 高い所行けって言ってるの!」
「星野ちゃん、高いところだって」
「ここ、3階」
「お前達俺の事嫌いだろ! 課長のこと嫌いだろ!?」
「そんなわけないじゃないですか! 尊敬してますよ、課長!」
「.......」
「星野ー! 何か言えー!本気で課長の事嫌いなのか!?」
「.......ツキ、行こう。デート」
「いいね、デートか。課長、行ってきまーす」
「仕事! 仕事だって言ってるの!! 課長の話聞いて!」
テレビからビデオを取り出して課長の机に置いたツキは、胡散臭く笑った。そして。
「課長、お先に失礼しますー」
「ねえ! 仕事なの! 星返してきて! これ持って行って!」
課長がツキにガラス瓶の詰まったカバンを渡した。
「多いですねぇ。一気に返してきて大丈夫ですか?」
「だいぶ育てたからな。元々綺麗な星だ、問題ない」
「.......持つ」
カバンを受け取った星野は、愛おしそうに中の瓶に目を向けた。
「星野ちゃん、よろしくね」
「.......先行く」
「車乗っててね、いつもの場所にとめてるから!」
「ん」
トコトコと部屋を出た星野を見送って、ツキは課長に笑いかける。
「課長、まだ何か?」
「.......お前、銃持ってるな」
「物騒ですねぇ。持ってますよ」
「.......ならいい。気を付けていけ」
「何かあるんですか?」
「ない。ないはずだ。ただ、な.......。静かすぎる。中国の事件も音沙汰なしだ」
「心配ですねぇ」
「星野から離れるなよ」
「もちろん。課長、次は東京タワーがいいです。デートっぽいですからね」
「デートじゃないから! これは仕事、勤務中なの!」
「失礼しまーす!」
胡散臭い笑いを残して、ツキは部屋を出た。
星野が待つ車に乗り込み、エンジンをかける。
「スカイツリーか。星野ちゃん、星は元気?」
「うん。ツキ、早く。夜になる」
「そうだね。急ごう」
車がスカイツリーに着いたのは、空が茜色に染まる頃。
「ツキ! 急いで!」
「エレベーターに乗るよ! 星野ちゃん、こっちこっち!」
閉まりかけのエレベーターに滑り込み、展望台まで上がる。
そこで職員に警察手帳を見せて、さらに上へと登っていく。
「ツキ、早く!」
「星野ちゃん、階段登って! 次のとこで外に出るよ!」
太陽の半分が沈んだ時に、2人はやっと外に出た。
「間にあったね。よかったよかった」
星野がカバンから瓶を取り出す。
かぱりと蓋を開けて、ふうと瓶の上に息を吹く。
そうすれば瓶から小さな光がふわりと出てきて、りーーんっと儚い音を鳴らしながら空へ上がった。
それを何個も繰り返して、最後の瓶から光が上がったところで日が落ちた。
「セーフだね、星野ちゃん」
「.......戻って、よかった」
足がすくむような高さの建物の上で、2人はまだ見えない星を見上げる。
そして、唐突に。ツキが胡散臭く笑いながら、背後を振り向いた。
「やあやあ! こんなところでどうしたんだい?」
「あら? 私達どこかで会ってたかしら?」
金色の髪とコートを風になびかせながら、真っ赤な唇を引き上げる女は、ぞっとするほど美しかった。
「いえいえ! 初対面ですよ、でも、あなたとならもっとお近づきになりたいですね」
「あら、お上手」
ふふふっと笑った女が、ゆっくりと指をこちらに向ける。
「みっけ」
ツキが星野を抱え、思い切り横に転がりこんだ。先ほどまで立っていた場所は、何かにえぐられたように変形していた。
「あら、外れちゃった。ねえ、こんなに高いところで暴れたら危ないと思わない?」
「はは! あなたの方が危ない香りがしますよ!」
星野を小脇に抱えて、ツキが走り出す。
「女のスパイスね、魅力的でしょ?」
「是非とも今度お食事に! その時は地上で会いたいですねぇ!」
ツキが非常階段を飛び降りて、どんどん下へと降りていく。
「あら、レディを尻目に走り出すなんて、まだまだね!」
びっと女が腕を振り上げる。それとほぼ同時に、ツキの右頬横の宙を裂く光が見えた。
「っ! 僕は背中で語るタイプでしてねぇ!」
星野を抱えなおして、ツキはスカイツリーの外を走り抜けた。抱えた星野が、珍しい大声をあげる。
「ツキ! あの女、色星持ち!」
「でしょうねぇ! しかも、赤っぽいですよ!」
階段まで走りながら、ツキがチラリと女を振り返れば。
女は悠々と階段を降りて、ニコリと笑っていた。
「ばっきゅん」
可愛らしく呟いた言葉とは裏腹に、先程までツキ達がいた場所がえぐれ、焦げ付く。
「これはこれは、情熱的ですねぇ!」
ツキは星野を降ろして、胡散臭く笑った。そして、女へと向き直って。
「お相手しましょう! あなた、現行犯逮捕ですよ!」