第3話 星降り
日が落ちた河川敷に、1台の車が停まった。
「星野ちゃん、あとどれくらいかな?」
「.......来る」
ポツリと、空から雫が落ちた。
「ああ、来たね!」
りんっと音が鳴った。
「ツキ! 網!」
「はいはい!」
虫取り網を持ってツキが走り出す。
星野は肩にかけたカバンからガラスの瓶を取り出していた。
りーーんっ.......という何処か儚い音と共に、星が降る。
光の筋を残して、悲しく空から落っこちる。
「はいっ! ゲットー!」
ツキは素早く網をかえして、そっと捕まえた光を星野に渡した。
星野の持った瓶に光を入れて、蓋をする。
「ツキ、まだ来る!」
「はいはい。任せなさい!」
ツキは長い腕を伸ばして、悲しい光を捕まえる。
しばらく網を振って、もう朝と呼ぶ時間になった頃。
「.......ツキ、終わり」
「ふぅー。今日は多かったね! 疲れたよ」
「.......戻れるよ」
カバンいっぱいに詰まった光の瓶を見つめて、星野は優しく呟いた。
「じゃあ、僕たちも戻ろうか。星野ちゃん、車行こう」
「.......お腹空いた」
「コンビニ寄ろうか! 課長には内緒でね」
その後、2人して肉まんを食べながら部屋に戻ったので、課長はまた大声で怒った。
「勤務時間ーー!」
「課長、お静かに! 保管庫の鍵を貸してください」
「.......ツキ、私もあんまん食べたい」
「あ、僕の食べる? 半分こしようか」
「ん」
「仕事中だって! 聞いて! 課長の話聞いて!」
「おや、他の組はどうしました?」
「.......まだ帰っていない。お前達が1番だ」
苦虫を噛んだような課長に、ツキは信用ならない笑顔で答えた。
「今日は多かったですからね。地面に落っこちたら探すのも捕まえるのも大変ですし」
「.......はあ。お前達、実力はあるのに.......」
疲れた様子の課長の脇腹を、星野がちょんとつついた。
「.......鍵」
「.......長居はするなよ」
星野は鍵を受け取ると、トコトコと部屋を出ていった。
「お前は行かないのか?」
「僕はいいですね。トランプタワーの新作に取り掛からなければいけないので!」
「お前それ押収物だろ!? 早く戻してこい!」
「トランプ押収されるってどんな状況なんですかね?」
そう言いつつ机の上にトランプタワーを作り出したツキを見て、課長は目元を押さえた。
「.......ツキ、星野にはまだ言うなよ」
「はいはい、なんですか?」
「.......中国で大量の星の盗難があった」
ツキの手は乱れることなくトランプを組んでいく。
「ほお? それはそれは」
「推定250個。しかも.......」
「推定? 管理が雑ですねぇ」
課長がそっと席を立って、ツキのデスクに腰を乗せ小声で言った。
「うち120は国の管理下のもの。中には色つきもあった」
ぴくりと、ツキの長い指が動く。
「.......120?」
「そうだ。残り推定130は.......」
ツキが胡散臭い笑顔のまま、目だけで課長の横顔を見た。
「生きたまま抜かれた」
パタンっとタワーが崩れた。
「極悪犯ですねぇ。それで? 中国の犯罪の話なんて、どうしたんです?」
「.......次は日本だ」
「はは。随分飛躍的な理論ですねぇ!」
「.......恐らく、犯人は探している」
「.......」
胡散臭い笑顔を強めて、ツキは課長を見続けた。
「ツキ、気をつけろ。星野から離れるなよ」
「はは。了解ですよ!」
返事をした次の一瞬でトランプタワーを組み直したツキは、胡散臭い仕草で恭しいお辞儀をした。
「星のプリンセスは、月のナイトが護りましょう」
「.......ふん。恥ずかしいやつめ」
「課長程ではないですよ!」
「課長のどこが恥ずかしいんだ! 言ってみろ、言えよ! 課長の恥ずかしい所言えよ!」
「課長、お静かに!」
「.......」
課長がまた目元を強く押さえた。
「お疲れ様ですっ! 赤田青木組、帰りましたっ!」
勢いよくドアを開けて入ってきたのは、背の高い女だった。長い髪を、赤い紙紐で高い位置で一つに括っている。
「課長ー、 保管庫の鍵貸してください」
その後に部屋に入ってきたのは、青いネクタイの髪の短い小柄な男。
「.......星野が行ってるから、そこで受け取れ」
「了解しましたっ!」
「げっ、ツキ!」
小柄な男が、ツキをみて顔を歪めて数歩後ずさった。
「やあやあ! 赤田ちゃんに青木くん! 1週間ぶりだね!」
「.......はあ、1週間が限界か.......」
「はは。君たちがいくら僕を避けても、職場が同じだからね! 結局は会うことになるよ」
「お前、避けられてるって分かってたのか.......」
一連の話を聞いていた課長が、今度はそっと目元を押さえた。
「ツキさんっ! 今回も負けましたがっ! 次は私達が勝ちますっ!」
「赤田ちゃんは元気だね。頑張ってね!」
「赤田、ツキに絡むな! 早く行くぞ!」
「青木くんも頑張ってね! 交通部の榊さんだっけ? 背が低い人はお断りしますだってさ!」
「ツキーー! 俺はお前を殺すっ!」
「はは。警官がそんなこと言っちゃダメだよ!」
小柄な警察官、青木がビシッと指でトランプタワーを崩して部屋を出ていった。
「失礼しますっ!」
背の高い赤田もすぐに出ていって、部屋は急に静かになった。
「課長」
2人に戻った部屋の中で、ツキが唐突に課長を呼んだ。
「.......なんだ」
「一課の管理庫にUNOもあったんですが、一緒にやりませんか?」
スーツのポケットから血のついたUNOを取り出したツキの胸ぐらを掴んで、課長は大声で叫んだ。
「それマジの証拠品ーー!! 返してこーーい!」
「捜査一課の管理庫はおもちゃがたくさんあって楽しいですからねぇ」
「おもちゃじゃないっ!おもちゃじゃないだろ!? だいたい血のついたUNO普通に持ち出すなよ!!」
「素敵なアクセントですねぇ。赤い差し色的な」
「頭おかしいのかっ!?」
「課長、お静かに!」
「なあああああああ!!」
課長はUNOをひったくって部屋を飛び出していった。
今度こそ、本当に静かになった部屋で。
「.......探している。僕もね、探しているんだ」
静かにトランプをしまって、ツキは部屋を出た。