001.プロローグ 〜残業〜
男性ばかりのその小さな会社には、実は二人だけ女性社員もいる。
一人は務めて七年の中堅、小林桜。もう一人は今年中途採用されたばかりの新人、宮園百合。
年齢は二人とも同じであったが性格は正反対で、小林桜は消極的で大人しく真面目なもので、趣味が仕事なのかと思ってしまう程に何にも興味を示さなかった。反対に宮園百合は好奇心旺盛で積極的、趣味は旅行でよく一人旅に出ている。この会社に就職する前はヨーロッパ諸国で一人旅をする程の行動力もある。
「小林先輩、今日の忘年会一緒に行きましょう!」
「私、あの、少し・・仕事が残ってるから、忘年会は、その、遅れて行きます」
「どの仕事ですか?」
「えっと、〇〇社の件、です」
「それなら私も手伝います」
仲良くしようとする宮園と違って、小林は何かと距離を置きたがっていた。
「で、でも・・その、私の仕事だから・・」
「私まだあまり仕事できないかもしれないですけど、雑用ぐらいなら出来ますので!ぱぱっと終わらせて行きましょう!」
しかしはっきりと断る事のできない小林は、明るく快活な宮園を拒否出来ずにいた。
「あ、えっと、はい・・」
小林は内心、忘年会には行きたくなかった。
残業の後は適当に理由をつけて、忘年会には参加せずに帰るつもりだった。大体の飲み会はそうして断ってきたし、それに文句を言う人もいなかった。
「まあ、小林先輩の指示あってこその手伝いなんですが・・」
「えと、じゃあ、まずこれから・・」
「はい!あと、その前に遅れる事誰かに伝えてきますね!」
「あ、なら、幹事の高橋くんに・・」
「高橋先輩ならトークでいいですね」
スマホを取り出し躊躇いもなくメッセージを送る。
「トーク交換、してるんですね」
「はい、連絡そっちの方が楽なので、あ、念の為どっちにも送っておきますね」
どっちにもとは、仕事用に支給されたスマホとプライベートのスマホ、両方に送るという意味だ。宮園にしてみればなんてことは無い情報であるが、小林にとっては嫌味に聞こえた。
小林は同期の高橋にずっと片想いをしているのだが、未だに何も進展はなく、連絡先は仕事のものしか知らない。小林は高橋をずっと見ていたからこそ直ぐに気付いた。高橋が宮園を好きになっている事に。
残業する為に残していた仕事は、二人で取り掛かったこともあり割と直ぐに終わった。
「早く終わって良かったですね」
「・・そうですね」
女が二人しかいないこの職場で、明るく快活で見目も良い宮園を気にしている男は多い。殆どは二人をそう区別する事なく扱っているが、中には赤ら様に態度を変える者もいる。それが小林には辛かった。
宮園は大きな垂れ気味の目ではっきりとした二重で、性格も相まってか眼力がかなり強い。小鼻で筋も通っていて、形の良い唇の奥にある歯も綺麗な並びをしている。本人は丸めの輪郭を気にしているが、小顔で丸い輪郭は本人を少し若く見せるだけで、魅力の一つだとも言える。
対する小林は一重の目は小さく釣り上がっており、鼻は小さいものの少し上向きで低い。歯並びも悪く出っ歯気味の前は、薄い唇では隠しきれない上に気が付けば口が少し空いているような状態だ。エラの張った輪郭は四角く、鏡を見るのは毎回憂鬱に感じるほどだ。
「思ったより早かったとは言え、結構遅れちゃいますね」
「そうですね」
「あ、これ倉庫に戻して来ますね!小林先輩は先に準備していて下さい」
「あ、うん・・」
小林は宮園が苦手なものの、宮園が悪い人という訳ではない。
宮園は人が面倒がる仕事でも積極的に引き受けるし、何かと親切にしてくれる。根本的に人が良いのだろう。
それでも好きな人が宮園を好きだという事実、女としての劣等感、プライド。そういったものから、小林は宮園を好きになれないでいた。
「お待たせしました!私もすぐ準備しますね」
自分の心が卑しいのだと分かっていても、想いはどうしようもなかった。
「はい・・・」
宮園が机を片付ける。コートを羽織り、マフラーを着け、手袋をはめる。きっと男は、この仕草一つ一つを可愛いと感じるのだろう。高橋も、ついこの間、そんな風に宮園を見つめていた。
無邪気な微笑みが、小林に向けられる。
「じゃあ、行きましょう!」
まるでその声を合図にしたかのように、突如二人の足元が眩しく輝いた。
「えっ!?」
「なに?!」
下を見れば足元には魔法陣のような複雑な模様が七色の眩い輝きを放っていた。
「先輩!足が離れません!!」
「えっ!?」
言われて足を床から離そうとすれば、確かに剤でくっつけたみたいにしっかりと床に吸い付いていた。
「靴も脱げない!」
「ええっ!?」
驚いたのはその事実に、というよりも突飛な出来事が起こる中で直ぐに何かしらの行動をした宮園に対してだ。
「あ!体も動かない!」
「ええ〜!!??」
「そして何か足、沈んでません?!」
床に吸い込まれているというよりは、光の中に消えている。
「嘘でしょ!今日の店、日本酒の美味しいとこだって言ってたのにぃ!!」
宮園のその言葉を最後に、二人は光の中に消えていった。