4:他人に体を提供するアルバイト
私みたいな下級リーグ選手は、いつも都合よく試合が組めるとは限らない。
「くそっ、試合がなきゃ飯がくえねぇじゃねぇか!」
トレーニングをやめるわけにもいかない。でも倒れたら、私みたいな貧乏人は回復する手段がない。
「くそっ、臭いな」
このへんの水は質が悪くて、体を洗えたもんじゃない。だから買った水と布で、拭くだけ。試合前だけは有料施設を使って綺麗にしているが……いや、結構金入ったし一回くらい…………だめだだめだ! そんな贅沢を体に覚えさせたら気持ちが弱くなっちまう。
「はぁ、オババに頼るか」
こういう時のために隠しておいた金。こいつを返却するという名目で顔だして、スープでも食わしてもらおう。頼めば風呂も貸してくれるだろ。
「おーメメメス、おでかけか? どうだ儲かってるか?」
「儲かってたらこんなとこに住んでねぇよ」
顔を変えてからこのスラムに住みだした私は新参者だ。それに加えて競技選手というマシな収入源がある私に、こいつらが手を出さないのは強いから。手を出せばやられるって、理解させたから。それにそもそも、このスラムには試合中継を見る装置なんてない。だから私は、生きるのに精一杯な底辺選手だと周りに思い込ませている。この辺のやつらは死が近い。だから無駄なタカリはしないんだ。
「おかげで対戦相手の研究ができねぇけどな」
それは厳密に言えばこのスラムのせいではない。私が動画を見れる端末を持っていないから。
「おい、オババいるか? ちょっと早いけど金を……なんだ、客がいるのか」
「ヒッヒッヒ、ちょうどいいところに来たのう。どうじゃおぬし、バイトしないか?」
この掃き溜めに不似合いな、身なりのいい太った男……。これはろくでもねぇ話だな。
「体でも売れってのかよ。今日の私、結構臭うぜ」
「そんな普通のことをやりに、わざわざ人間判定通過者様がこんなとこまでこんよ」
「人間判定通過者……だと?」
こいつは壁の外の人間か。つまり、私達の試合を外から見て楽しんでいる下衆の一人。
「メメメス、儂らは人間判定通過者様には手を出せんぞ? 攻撃しようとするとコード404が働いて体が硬直する」
「知ってるよそんなことは。で、そんな特権階級様がこんなスラムの娘になにをご所望で?」
汚い笑顔を見せるやつだな。せめて目ぐらい合わせろってんだ、欲望に支配された安全圏の豚め。
「おぬしと会話する気はないそうだ。殺しはせんから一方的に殴らせてくれと。わざわざおぬしがこのあたりに住んでることを調べてやってきてくれた、大ファン様じゃぞ? さぁどうする?」
「オババ、おまえが情報売って呼んだんじゃねぇだろうな?」
「まぁどっちでもいいじゃろそんなこと。で、バイトするんか? しないんか? おおかた今日も金を返すって口実で飯でも食いに来たんじゃろ」
こんなやつに指一本触れさせたくない。私だって一応――――。
「いくらだ」
「おぬしの苦痛に見合う額じゃよ」
「金額を言えよ」
「それを言ったらおもしろくないと、クライアント様の言いつけじゃ。儂はただの仲介人なんでのう」
ここで断るプライドがあるなら、最初から値段なんて尋ねてない。私はできるだけそいつを喜ばせないように、表情を変えずにうなずいた。
「で、どこで私を殴るってんだ? オババの手術室か? そのたるんだ体ではしゃぎすぎて、すっ転んでハサミが首に刺さって死んでも知らねぇからな?」
まぁ、首があるのかないかわからんくらいのデブだが。ったく、ほんとに喋らねぇなこいつ。
「地下室じゃ。手術室を移そうと思って作ったんじゃがのう、まだほとんどなにも置いとらんから広くてええぞ?」
「地下室……オババ、おまえいくら稼いでるんだよ。おい、殴るのは素手か? 拘束はなしだろうな? さすがにそこまでやられたら試合に支障が出るかもしれねぇからな」
男は黙って私を見ているだけ。代わりにオババが、拘束も道具もなしだと言う。はぁ、なら大丈夫か。流石に人間判定通過者なんて軟弱なものに、壊されることはないだろう。攻撃できねぇってんなら体を丸めときゃいいんだし。そもそもこいつ、私に当てれるのか?
「その人間判定通過者は非力じゃから安心するとええ」
「いちいち説明しなくても知ってるよ」
「直接ははじめてじゃろ。自分の頭の中だけで判断しとるといつか後悔するぞ、ほら、そこの床めくれば降りれるから行って来い。契約は一時間、終わったらあけてやる」
暗い地下室。一応灯りはあるが……なんだこれ、えらく冷たいな。こんなところに一時間もいたら風邪ひいちまうぞ。