3:最下級リーグ
私が最下級のDリーグからCリーグにあがらないように調整しているのは、ちゃんとした理由がある。
「当会場のDリーグ! 三試合目にして視聴者数が倍になったぞ! 両選手、いい試合をサンキュー! さぁ、次の試合まで五分休憩だぁ! 今のうちに便所を済ませとけよぉ!」
上のリーグに上がれば当然敵が強くなる。人気が不安定なうちにあがるのは、ちょっとリスキーだ。それよりもここで確実に稼ぎつつ、ファンを増やしたほうがいい。そもそも低級リーグを見るようなやつらは、癖が強いからな。応援したくなる私を、ちゃんと演じていかないといけない。
「おおっと! あと一勝でCリーグ、昇級直前で敗北が悔しいのかっ! 敗者メメメス、まだ退場できないっっっっ!」
今日の負け方はなかなか良かった。相手に嫌な勝ち方をさせたから。それにしても、疲れたな。やっぱり勝つよりわざと負けるほうが難しい。
「レギュレーションを全て拒否! 自分に有利なルールを捨て、正々堂々と挑んだメメメス、悔しそうな顔でようやく立ち上がったぁ――――」
暴力的地下遊戯名物、レギュレーション・タイム。試合開始前、投げ銭とともに視聴者がルールを提示、上位三つが採用される。選手がルールを承諾すると、その金額のニ割が手に入る。先に承諾しようが、相手が拒否した後に承諾しようが関係なく。今日は全ルールが私に有利、だから私は全て拒否した。逆に、相手は金欲しさに承諾。両者の合意が得られなかったルールは全て不採用になった。にもかかわらず、不利だったほうだけが金をもらえるという、見ていて気分のよくない展開からスタート。そこからラッキーパンチでぎりぎり勝ったような選手を褒める視聴者は、ほとんどいない。
「なんとメメメスちゃんが一礼! 赤コーナーに一礼したぞ! すでに立ち去った勝者に感謝の意を示したぁあああああ!」
ただ可愛いだけのキャラは飽きられる。深みのあるものを作り上げろ。そうすれば実況ですら、敗者についてくる。このゲェムはそんなに綺麗なものじゃないから。
『メメメスちゃん^^』
『あの一発がなければ勝ってたなぁ』
『がんばれがんばれ』
次の選手が入場するまでは、視聴者はモニターに無料でコメントを出せる。これも今日の成果、だからちゃんとリアクションをとらないと。
「そしてモニターに一礼! 応援してくれたファンに感謝だああっ!」
支持者に頭を下げて涙を一つ。それを拭って退場。よし、今日も完璧だ。モニターのコメントを気にしながら、みんなから力をもらっているような顔になって退場しろ。会場から去る前に、もう一度頭を下げて走りされ。
『小生の目に狂いなし』
『メメメスちゃん^^』
ここまで約三分、次の試合開始の邪魔にはならない。
『根が真面目なんやろなぁ』
『メメメスちゃん^^』
弱さを見せつつ、向上心を見せる。そうすることで、私はもう一つの暴力的地下遊戯名物、くそったれな殺害同意ボタンを、押さないことがよく似合うキャラクターを維持しないといけない。あんなもの押してたまるかよ。ボタン一つ……正確には両選手が押さないと成立しないからボタン二つで、試合中に相手を殺すことが許可される。悪趣味すぎるぜ。まぁ、私も人気のためにいつか押す日が来るんだろうけど、それは今じゃない。
「…………」
カメラとマイクの守備範囲外の入場廊下。ここでも気を抜いちゃいけない。誰が見てるかわからないから。
「やあメメメスちゃん、今日は惜しかったな」
「見ててくれたんですね、ありがとうございます!」
選手の控室。気さくすぎるくらい気さくに話しかけてくるこの大男の名前は、リドルゴ。会うのは二度目で前も同じ控室だった、それだけの男。はぁ、同じ選手として応援してくれる気持ちがあるなら、飯でもおごってくれってんだ。
「じゃあ、私トレーニングがありますので。リドルゴさんもがんばってくださいね!」
「あ、待ってくれ。これ、よかったら食ってくれないか?」
なんだこの紙袋……。
「え……パン!」
うわ、つい大声だしちまった。
「これ俺の店の新商品として出そうと思ってるパンなんだ。まだ試作段階でなぁ。良かったら感想聞かせてくれないか?」
こいつ、パン屋なのか? こんなでかい図体してこんな繊細なパンを……。うお、これクリームはさまってんのか?
「もしかして……甘いパンは苦手だったかい?」
「い、いえ! ありがとうございます!」
「よかった! さーて! 俺の出番はいつかな!」
私達最下級リーグの選手には、いろいろな試合形式が用意されている。今日出場したのはその中でも最も雑なシステムで、赤コーナー、青コーナーのそれぞれに用意された大部屋から呼ばれた選手が戦うというものだ。もちろん、私達はいつ呼ばれるかなんてわからない。運要素が強くなるからあんまり出たくないタイプだけど、パンがもらえるならまた出ても……いや、私はなにを考えてるんだ。飢えすぎだろ……。
帰り道に食べたパンは驚くほどうまかった。