(8)
よろしくお願いします!
【2】幼少期
(8)
ジーモは死にかけていた。
(ヤッバイ痛いっ!)
スマイに直刀を抜き取られたせいで一気に血液が失われていく。
(とにかく、まずは止血して――)
「……けなきゃ」
「ノィエ?」
「助けなきゃ、ジーモくんを、助けなきゃ。どうやって? まずは、血を止める?」
背中からジーモをギュッと抱きしめたまま、虚ろな目でノィエはブツブツと独り言を始めた。
「私の中で、魔力を循環。ジーモくんにも、循環。傷口、塞がる、想像、痛み、消える、想像、体力、増える、想像……」
ノィエは虚ろな表情のまま、涙を流し、顔を紅潮させ、荒い呼吸で独自の魔術を行使した。
そう、それは紛れもない【治癒魔術】であった。
「ノィエ? こんな魔術、教えてない、のに?」
「ジーモくん!? ケガは、ケガは何ともないですかっ!?」
「あ、ああ。おかげで治ったみたいだ」
「よ、よかったぁ~~~」
心の底から嬉しそうに涙ぐみながら微笑むノィエに、ジーモはドキリとした。
(か、かわいい……。いやいや、じゃなくって! えっと、そう! 治癒魔術開発しちゃったよ、この娘!)
ノィエが使った治癒魔術は、数日前まで魔術を使ったこともない者には高等過ぎるはずの魔術だ。何においても、壊すより治す方が数段難しい。真っ直ぐな棒を曲げるのは簡単かもしれないが、曲がった棒を元通りにするのには時間が掛かる。それをノィエは独自に成してしまった。
(この娘、ホントに天才かもしれないな)
「ちょっと、何、その娘? 十奴? 傷を治したの?」
(ちっ、見られてたか)
「それは、ちょっと……、欲しいなぁ」
ジーモは目を血走らせながら、全速でスマイに突貫した。
「おっと、危ないなぁ」
ジーモの銃剣小銃による突きを難なくいなして、スマイは舌なめずりしながらノィエを見つめている。そのネバつくような視線に、ノィエはブルリと背筋を震わせる。
「そんなにあの十奴の娘が大事? だよねぇ、治癒が出来るダークエルフなんて、なかなかいないもんねぇ」
「……治癒は関係ない」
「そうなの? まぁ、どっちでもいいや。ジーモくんより、アレの方に興味湧いちゃった」
言うが早いか、スマイは走り出した。
その狂気をはらんだ笑顔で走り来るスマイに、ノィエは後退るも逃げるにまでは思考が状況を把握出来なかった。
「させるかっ!」
追いかけながら、ジーモはノィエに当たらないように、やや右後方から魔弾の連射を仕掛けるも、結界魔術に阻まれ効果を得られない。
「くそっ、これなら、どうだっ!」
10倍魔弾を放った。
「残念っ」
ヒョイ――
「きゃっ」
「ノィエっ!」
10倍魔弾が放たれる直前にさらに加速したスマイは、ノィエを抱えて、大きくバックステップをしながら、ジーモの横をすり抜けた。
「ジーモくんっ!」
「あはは、それじゃ、もらってくね――」
プチン、トン、コロコロ
スマイが言い終わるより早く、スマイの横をジーモが音を置き去りにするほどの速さで飛び過ぎた。
ズシャァァァ、ゴロゴロ
着地もままならず、ジーモはゴロゴロと転がった。
人体の限界を超えるような速度を出すために力を込めた足の骨は砕け、あらぬ方向に曲がっている。
「やった、か?」
ノィエを抱えて立つスマイは動かない。
否、頭が無くては、もう動くこともあるまい。
足を犠牲にしたジーモの渾身の一撃は、スマイの首を綺麗に寸断し、その生命を終わらせるに至った。
「悪いけど、ノィエの治癒魔術を見ちまったからには生かしてはおけない」
治癒魔術などという特異なもの、使えることを知られれば、誰もが放ってはおかない。戦力外となった兵士を即時戦場に送り返せるのだ。これほど優秀な衛生兵はいまい。
(見られたのが、敵兵一人のみで良かった。もし、味方だったら躊躇なく踏み込めなかったかもしれないからな)
「ありがとう、ジーモくん」
「……ああ。また、名前で呼んでくれたね?」
「……二人きりの、ときだけ、ジーモくん、です」
「ははは、まぁ、それで妥協しようか」
「はい」
「それじゃ、帰って報告だな」
※
飛行魔術で防衛拠点上空に到着した二人は、眼下に見つけたジェシカの下に向かって降下を始めた。
地面スレスレで止まり、フワリと着地の衝撃を膝の屈伸で緩和して地上に降り立った。
砕けた両足の骨は治癒魔術で治療済みだ。
「ただいま、帰還しました」
その言葉を放つや否や、
ウォォォオオオオオオォォォォォオオオォォォォォォ!
周り中から地響きがするほどの雄叫びが上がった。
鳴りやまぬ喧騒の中、ジーモの目の前に立つジェシカが一歩近づき、にこやかにジーモに笑いかけた。
「ジーモ、ご苦労様。それと、ありがとう」
その一言で、ジーモは肩の荷が降りたような気がした。
「いえ、どういたしまして」
「此処は少し騒がしいから、私の部屋で今後の話をしよう」
「はい、そうですね」
「あ、もちろん、その後は盛大に祝勝会だ!」
「……出ないと不味いですよね?」
「そうだな。主賓だからな」
「そうですか」
(適当なタイミングで抜け出すかな)
※
「さて、まずは、今回の防衛戦、本当にありがとう、ジーモ」
「いえ、そんなに何度も――」
「何度だって言うさ。子供のお前を巻き込んでしまった。本来、子供は大人が守ってやらなくてはならないものなのに、だ。それに、もしかしたら、戦場でトラウマになりそうなこともあったかもしれない」
(あ~~~、確かに吐いたしな。でも、この世界じゃ、いつかは経験することになるんだろうし、遅いか早いかの差でしかないだろうな。乗り越えるしかない)
「もちろん、後でカウンセラーを付けてケアはさせてもらう」
(へぇ、そんな人もいるのか)
「それだけの負担をかけてしまった。本来は謝るべきなのかもしれないが、私は謝罪よりも感謝を、我が弟、ジーモーサム・ソメヤヨラに送りたい。もう一度だけ、言わせてもらいたい。この領地を、いや、このアマツヒラ皇国を護ってくれて、ありがとう」
(ジェシカ姉さんは、ホントに律儀な人だなぁ)
ジーモはキリっと姿勢を正して、ジェシカを正面から見据えた。
「どういたしまして。ジェシカお姉さま」
そう言って、ジーモはニコリと微笑んだ。
「~~~~~~~~~~~~っ! 弟よ、可愛すぎるっ! 抱きしめていいか? いや、抱きしめるっ!」
(ぬほぉ、おっぱいに埋もれりゅ~~~)
※
「オホン、弟成分も補給させてもらったことだし、さてさて、そろそろ本題に移ろう。入りたまえ」
ジェシカの声に反応して、入り口のドアが開いた。
入ってきたのは――
「失礼します」
「ノィエ?」
「彼女にも同席してもらった方がいいだろう。今後のことだからな」
「それもそうですね」
(ジェシカ姉さんはあんまり十奴差別をしない人みたいだな)
「それで、今後のことなんだが、明日には二人を領都に向けて送り出せる。そこで――」
「お、お願いがございますっ!」
ジェシカの話の途中でノィエは声を張り上げた。十奴階級の人間が貴族たるジェシカの言葉を遮るなど、罰を受けることになったとしても文句の付けられない行為だ。
「……聞こう。申してみろ」
しかし、ノィエは今回ジーモと並んで防衛戦に参加し、戦況をひっくり返す片翼を担った。その功績は大きく、多少の非礼などでは罰せないほどだ。併せて、ジェシカの寛容な性格も相まって、不問とされるどころか意見を聞いてもらえることとなった。
その穏便な対応にジーモは胸を撫で下ろした。
「お、恐れながら、私は――」
ノィエは震える声で、それでもしっかりと大きな声で、
「私を、ここで働かせてもらえないでしょうかっ!」
はっきりと、ソメヤヨラ領に帰還することを拒んだ。
「え?」
「…………」
思いもよらなかったノィエの主張に、ジーモは困惑し、ジェシカは沈黙し、三者は見つめ合った。
「何でもします。掃除でも、洗濯でも、料理もします」
「あの、ノィエ?」
「私は、十奴です。私が付いていってはご子息様にご迷惑をお掛けしかねません」
(ああ、そうか。僕のことを気遣ってくれたのか)
「そんなことは――」
「いいえ、ありますっ! これまでのように私のような十奴を庇ったり、助けたりしていては必ず貴方様の弊害となります」
「そんなの、僕は気にしないよ」
「私が気にするのですっ」
「……ノィエ?」
少女の余りの剣幕にジーモは驚愕した。今までの共同生活では、ジーモに依存していたノィエが突然の自立宣言をしたのだ。驚いても仕方ないだろう。
「私は……、いつまでも貴方様の足枷でいたくはありません。私のせいで貴方様を失いたくありません。だから、私はもっと強くなりたいのですっ!」
目尻に涙の粒を貯めながらもノィエは懸命に言葉を繋げる。
「それに、軍隊に入れれば、十奴じゃ、なくなりますよね? ジェシカ様」
「ああ、確かにその通りだ。ソメヤヨラ軍は、その出自に関わらず、出世が出来る」
従軍中は特例により、十奴から九民へと一時的に昇級される。さらに功績が認められ、士官になれれば、八士の身分を得ることだって出来る。俗にいう成り上がりだ。もし、ノィエが成り上がることが出来れば、堂々とジーモの隣――は難しくても、後ろに立つことくらい出来るかもしれない。そんな健気な想いだった。
「だが、女の身で、それも十奴出身。道は険しいぞ?」
「覚悟の上ですっ」
ジェシカを見つめるノィエの瞳には決意の色が色濃く浮かび、その一途な想いは無垢ですらあり、刻まれた覚悟に身震いすら起こさせる。
「……ふふふ、気に入った! 私の側付き見習いとして招き入れよう!」
「姉さんっ!?」
「ありがとうございますっ!」
「ノィエっ! どうして、そんな……。一緒に帰ろう?」
「……申し訳ありません、ご子息様。もう決まったことですので」
「くっ――」
ジーモは貴族の子弟ではあるが、軍部の少佐の地位にあるジェシカに物申せるほどの立場にはない。
「ジーモくん、必ず会いに行きますから」
「そんなの……」
その後も、何度も説得を試みてはみたものの、ノィエの決意は固く揺らぐことはなかった。そうしているうちに、戦闘の影響か、魔術を行使し過ぎたのか、はたまたノィエのことで興奮し過ぎたせいなのかは定かではないが、ジーモは高熱を出して、一晩寝込んだ。
意識が戻ると、ジーモはベッドの上に居り、
「……知らない天井――じゃないな。僕の部屋の天井だ。……帰って来てる」
高熱で寝込んでいる間に強制的に帰還させられた領都の自室のベッドの上で、お決まりの定型句すら発せない。
(ああ、そうか。いつの間にか僕の方がノィエに依存していたんだな)
見慣れた天井を、ジーモはただただジッと見つめ続けた。
※
翌日、ジーモは学園に出席した。
(なんだか、ちょっと浦島太郎な気分だな)
ジーモがノィエとした冒険は、たった一週間の出来事であった。
濃密で、殺伐としていて、危険と隣り合わせで五里霧中な環境から一転、目の前にあるのは安寧な学園生活。周囲に座る同級生たちには穏やかな笑顔が溢れ、どこか退屈そうにすら見える。
(この平穏な日常を築いてくれているのが、姉さんや、今のノィエたちだなんて誰も思っていないんだろうな)
「ジーモ様、どうしました?」
隣に座る熊人が言った。
「いや、何でもないよ、スティ」
「私が癒しましょうか?」
逆隣に座すエルフがしな垂れかかってくる。
「いや、結構だよ、クラリス」
今は、午前の講義が終わり、お昼休みに入ったところだ。
これから食堂に移動して昼食を摂り、午後の講義に挑むことになる。
元通りの、穏やかで騒がしい日常が返ってきたことを通貫し、ジーモはその幸福を噛み締めながら、頬杖を付いた。
「あの、貴方が、ジーモさんですか?」
背後から話しかけられ、振り返ると一人の少女がいた。同年齢くらいに見えることから、学園の同級生だろう。
「……失礼ですが、どちらさま?」
「私は――」
目の前の半魅族はどこか気品の漂う立ち居振る舞いで、言った。
「ククルカンナ・フジワラフラです」
その名を聞いて、三人の体は石化したように硬直した。
「フ、ラ?」
「ええ、私はアマツヒラ皇国、第八王女ですわ」
現れたのはこの国のお姫さまだった。
ありがとうございました!!!!!!!!