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(7)

よろしくお願いします!

【2】幼少期

(7)

 防衛戦への参加が決まってしまったジーモが最初にしたことは、ノィエのことである。

 ノィエのこと、というのが何かというと、つまりは彼女の特訓だ。

 ジーモは、一歩進んだ魔術を開発しているため、大人相手にも早々遅れをとるとは思っていない。不安があるとすれば、殺傷に対する忌避感だが、それも散々こなした狩りと解体で大分覚悟は決まってきた。人相手というのはまだ不安が残るが、それは考えたところでどうにも出来ない。戦ってみて圧倒的余裕があるのなら、生け捕りや、捕獲という手も取れる。まぁ、結局ぶっつけ本番で行くしかないのである。

(失敗をする可能性を秘めたものは、いずれ失敗を引き起こす。とはいえ、自分の感情的な部分の統制などし切れる自信もない。どう考えても失敗の可能性は完全には潰せない。となると――)

 そこで、不安材料を減らすための一案として思いついたのがノィエである。

 失敗する可能性を潰すのが無理であるのなら、失敗した際の保険――つまり、生き延びるための策だけでも講じておこう、というのがジーモの辿り着いた最終作戦である。

 リカバリィを制する者は戦場を制す、のだ。

「つーわけで、僕の使える魔術をノィエに叩き込むから、可能な限り覚えてくれ」

「はい、ご子息様!」

「無理を承知で頼む。ノィエ次第で僕たちの生存率が格段に上昇する」

「はい、死んでもご子息様はお守りします」

「うーん、生き残ってもらいたいんだけど……、いや、言い方を変えよう。死んでしまっては僕のことを守れないだろ?」

「あ……、はい。申し訳ございません……」

「いや、怒ってないよ。つまり、生きて僕のことを守り続けてほしいんだ」

「え?」

「ダメ、かな?」

「……ダメじゃ、ありません」

「そっか。それじゃあ、よろしく頼むよっ!」

「あ、はいっ!」

 大きな声で返事をしたノィエの顔には微かな笑顔が戻っていた。

(僕が貴族だって分かってから、名前では決して呼んでくれなくなったけど。でも、こうして笑顔は見せてくれる。それだけで、今は良しとしよう)

「それで、私は何をすればよろしいのでしょうか?」

「ああ。ノィエ、魔術はどれくらい出来る?」

「申し訳ありません。私は、そのような教育は受けておりません」

「は? だって、魔術の解禁式も、学園入学も領民(・・)全てに――」

 そこでジーモは、背筋が寒くなった。

(もしかして――)

「ご子息様? 私は十奴なのですから、領民ではありませんよ?」

(そういうことかっ……ここでも十奴差別っ! どうして弱者を虐げるのか。強者の持つ力は守るために使われるべきであり、その方が善良かつ合理的であるのに)

 ジーモは奴隷のいない前世の記憶があるためか、十奴制度に対する忌避感がやや強い。この世界において、十奴の存在は必要なもの。それは支配階級の者にとっても、被支配階級の者にとっても同様に、である。無くなれば困るのはどちらも一緒なのだ。しかし、ジーモの抱く忌避感――十奴制度に対する反発心が間違っているというわけではない。十奴制度は、この世界に深く根を張った闇であり、ただ無くせばいいというほど単純なものでもない。ジーモには、これからゆっくり時間をかけて答えを見つけてもらいたいものだ。

「いや、今考えるのは別のことだな、落ち着こう。すぅ、はぁ、すぅ、はぁ……。よし、それじゃ、ダメ元でやってみるか。ノィエ、左手を出して」

「はい。こうですか?」

 差し出されたノィエの手の平に、対面に立ったジーモは自分の右手を重ねる。

「今度は右手をこっちに」

「はい」

 ジーモが差し出した左手の平には銅貨が一枚乗っており、その上にノィエの右手が乗る。

「これから魔力を循環させる。僕の左手の魔貨から吸い上げた魔力は、僕の体を経由して右手から放出されて、ノィエの左手へ流れ込み、体を巡り、ノィエの右手から再び魔貨へと流れ、もう一度僕が魔貨から魔力を吸い上げる。そうして魔力を二人の体で循環させる。ノィエ、その魔力の流れを、集中して、よーく感じて」

「はい、やってみます」

(こんな方法しか思いつかなかったけど、上手くいくだろうか? ノィエの才能にも左右されるだろうけど)

 ジーモはゆっくりと魔力を循環させ始める。

「あっ……」

 ノィエの肩がビクリと跳ねた。

「え?」

「これが、魔力、ですか? とても、あたたかい、です」

「もう感じ取れた?」

「はい。とても、ポカポカします。ジーモくんの、肌のぬくもりを、思い出します」

「え? あ、うん。ありがと?」

「ふぇっ!? 申し訳ございません~~~っ!」

 ノィエは飛び跳ねて、空中で土下座姿勢に転じたかと思うと、そのまま落下して額を地面に叩きつけた。

「いや、いいから! ってか、痛かったろ、今のは!」

「……いえ、平気です。ご子息様」

(いや、平気な顔じゃないけどね。泣きそうな顔だし。流血してるし。あ、でも、久しぶりに名前で呼んでくれたな)

 ジーモはポケットからハンカチを取り出し、ノィエの額を拭いてやる。

「そ、そんなっ! 汚れてしまいます!」

「汚れを拭うのはハンカチの用途の一つだよ」

「……はい」

「それにしても、驚いたな」

「何がでしょうか?」

 ハンカチをポッケにしまい、腕を組むジーモを見上げながら、ノィエは首を傾げる。

「うん。魔力循環だけど、もう流れを感じられたんだよな?」

「えっと、あのポカポカしたのがそうでしたら」

「そう、それっ! もしかしたら、ノィエは天才かもな!」

「いえ、私などに勿体ないお言葉ですっ」

「これなら、イケるかもしれない……魔力循環が出来れば身体強化はあっという間だし、結界魔術も行ける。もしかしたら、アレも……」

「ご子息様?」

「ん? ああ、すまない。ちょっと考え事してた。それより、ここからが本番だ。さっきの魔力循環をノィエ自身でやってもらう」

「……私に出来るでしょうか?」

「大丈夫。魔力循環さえ出来れば後は延長線上だ」

「?」

「えっと、パンが焼ければ、後は食べるだけってことだ。まぁ、僕を信じろ!」

「あ、はいっ!」

 その後、二人は魔力循環の訓練をひたすら行った。時間が限られるため、身体強化魔術と結界魔術も織り交ぜながらになってしまったが、ほとんどの時間を魔力循環に割くような訓練内容だった。

 この世界の魔術において、最も重要なのが魔力循環による魔力錬成であり、魔力制御である。魔力循環によって、上質に精錬され、上手に制御された魔力は、それこそパンで例えるなら、高級パンとなる。そのパンに、どんなトッピングをするのか、ジャムやバターを塗るのかが魔術の種類を変化させる要素となる。つまり、強化や結界である。しかし、上質なパンでなければ、上質なトッピングは乗らないのが魔術である。だから、魔力循環が上達したのであれば、それはそれだけで魔術師としての格が上がる。それだけが魔術師としての格を上げる。ジーモは、それを独学で理解していたので、その点に重点を置いてノィエの訓練を行うことにした。

 もっとも、この魔術の性質を知るものは今は少ない。

 魔術が、魔弾の魔術だけとなってしまった、この世界では。

 魔道具が魔術を代行してくれるこの世界――否。

 魔道具が魔術を支配してしまったこの世界では。



 それは、唐突に訪れた。


 ズガァン!


 国境に築かれた防壁の門に、破城槌が撃ち込まれる。

 それなりに丈夫に築かれた城門の如き門ではあるが、そう長くは持たないだろう。

カルレヒラ王国の進軍が、今まさに始まった。

「ちっ、もう少し練度を上げたかったけど、仕方ない。敵は待っちゃくれないってヤツね」

 ジーモは正式に借り受けた銃剣小銃を肩に担ぎ、財布の中身を確認する。

 財布、とは言ってもそれは便宜上であって、実際はマカホルダーと呼ばれる金属のワイヤーを魔貨の中央の穴に通し、魔貨が皮膚に触れるように携帯したものだ。

 携帯方法は手首だったり足首だったり、腰だったりと千差万別、各人によって異なるのだが、ジーモとノィエは首にネックレスのように装着した。

 マカホルダーは、魔術兵の標準装備だ。

(僕の今の手持ちは、白貨が7枚に、金貨が1枚、銀貨1枚、銅貨1枚、黒貨2枚)

 財布の中身は、魔術師にとってただの財産ではない。魔力量、すなわちMPと言い換えてもいい。

 魔弾の魔術で考えるなら、銅貨1枚で魔弾10発を放つことが出来、それで銅貨は黒貨になる。

 【魔弾の弾数1】=【MP1】と表現するならば、銅貨の内包魔力はMP1~10。

 銀貨はMP11~100で、金貨はMP101~1,000、白貨はMP1,001~10,000といったところになる。

 つまり、ジーモの手持ち魔力は、白貨金貨銀貨銅貨の内包魔力が満タンであったと仮定すると、MP71,110となる。ちなみに最低値だとMP7,120だが、ジーモは未使用金貨を持参していたので、約最大値だろう。

(この世界の魔術ってのは、ゼニ投げみたいだよなぁ、ははは。えっと、僕の元々の手持ちは白貨20枚。未使用の白貨8枚をノィエに渡してある。まぁ、どんな戦闘になるかは分かんないけど、これだけあれば大丈夫……だよな?)

「よし。それじゃ、行こうか、ノィエ」

「はい、ご子息様」

 銃剣小銃を肩に担いだ二人は、与えられた部屋を出て戦場へ向かう。

 途中で、ジェシカに出くわした。

 もちろん偶然などではなく、二人を待っていたのだろう。

「ジーモ、よく来てくれた。子供のお前に頼らねばならない現状が悔やまれて仕方ない……が、これも御国のためだ。許せっ!」

「分かっています。報酬、期待してますよ?」

「もちろんだ。期待してくれっ!」

「では、行って参ります」

「いってらっしゃ――」

 ジーモはニヤリと口角を上げると、フワリと浮かび上がった。

「いっ!?」

 ジェシカは驚愕に目を見開き、ジーモを見上げていた。

その姿を見下ろしながら、悪戯が成功して、してやったりと喜ぶ少年のような年相応の笑顔のジーモに追随するようにノィエも浮かび上がった。

「……はは、ホントに規格外、というヤツだな、ジーモ。これは、相当な報酬がいるな」

 ジェシカは、顎に手を当て考え込む。

「私の体などで足りるだろうか?」



「ノィエ、問題ないか?」

「はい、ありません」

 上空に上がった二人は、国境壁に群がる異邦人の軍隊を見下ろす。数にして、数千はいるだろうか。その光景に背筋が寒くなる。

 今から、ジーモが行うのは狩りでもなく、討伐でもなく、戦闘でもない。

「すぅ――、はぁ~~~……。よし、始めるか」

「はい」

 上空で停止していたジーモは銃剣小銃を構えるとゆっくりと滑空を始めた。その横をやや遅れてノィエも付いてくる。

「撃てっ!」

「はいっ!」


 ズガガガガガッガガガガガガガガガッガガガガガガガガガガガガッガガガガガガガッ!


 ジーモとノィエは上空からの一方的な虐殺を開始した。

 初めて経験する空からの弾幕に、カルレヒラ軍は戦慄した。

 雨のように降り注ぐ銃弾に晒され、さっきまで隣で笑っていた同胞が今では血だらけで、目の前には動かぬ躯が転がり、後ろには恐慌状態の兵士たち。


 ズガンッ!


 アサルトライフルの連続射撃に混じって、爆撃が繰り出される。

 ジーモの10倍爆裂魔弾だ。

 こちらは1人だけでなく、数人の兵士を吹き飛ばしていく。



 数分の空爆で、数千いた兵士は数百にまで減っていた。

「なんなのだ、これはっ!」

 狼狽える指揮官は、スマイを怒鳴りつけ、不満の捌け口とする。

「……申し訳ありません」

「さっさとこの状況を何とかしたまえっ!」

(ちっ、それは、お前の仕事のはずなのだがな)

「と申されましても、私はここの警護を命じられています」

「構わんから、アレをさっさと何とかしろっ!」

「よろしいので?」

「ああ。私は後方に下がるから、問題はないっ!」

(どうしてこんなのが指揮官なのやら。とは言え、こいつのおかげでジーモくんと戦いに行ける。ああ、楽しみだなぁ。まずは、どうやって落とそうかな?)



「はぁ、はぁ、はぁ……」

 ジーモはひたすらに空爆を続けていた。

 それは、もはやただの作業のようだった。

 敵の反撃は結界魔術で弾き返せるし、上空という優位を取った状態での射撃はただ引き金を引くだけだ。

だから、ジーモには大した疲労感はなかった。が、次第に呼吸は乱れ、体は緊張し、頭は痺れたようで、目の前の光景に現実味がなく、どこか他人事のような心地でいた。いや、そう感じることで自分を守っているのかもしれない。

「ご子息様、敵軍の撤退を確認しました」

「え? ああ、そうか。これで、終わり、なのかな?」

「あの……、大丈夫ですか?」

 どこか、茫然自失とした表情で足元に広がる惨状を見下ろすジーモの背中を、ノィエは心配そうに見つめていた。

「ああ、問題な――おげぇ、げぇえぇっ、げぅうっ」

 振り返ったジーモは笑顔のまま口から吐瀉(としゃ)物を撒き散らした。

 張りつめていた糸が緩み、ジーモは一気に吐いた。

 とにかく吐いた。

 何度も吐いた。

 何度も何度も何度も吐いた。

 胃液で喉が痛くなる程に吐き続けた。



「落ち着きましたか?」

「……はぁ、はぁ。うん、ありがとう」

 背中をさするノィエの手の温もりに、どうにか心を落ち着けることの出来たジーモは、ノィエをぎゅっと抱きしめた。

「ジ、ジジジジ、ジーモきゅんっ!? どどどど、どうしたのっ!?」

「ごめん。でも、少しだけこのままでいいかな?」

「あ、はいっ! ご命令であればっ!」

「はは、今はそれでもいいかな……。ねぇ、ノィエ」

「はい、どうかなさいましたか?」

「人って、こんなに簡単に死んじゃうんだね」

「……はい。私たちは弱い生き物です」

「お互いに、死にたくなんてないんだ。もっと上手く折り合えないのかなぁ」

「……私には分かりません」

 ジーモは、すぅっと大きく息を吸って、ゆっくりと吐き出した。

(硝煙と血の入り混じった殺伐とした空気の中に甘い香り。ノィエ、何か香水でも付けてるのかな)


――ゾクリ


 考えるよりも早く動いた。

「くっ!」

「えっ?」

 ジーモは腕の中のノィエを思い切り突き飛ばし、振り向きながら背中に結界魔術を展開した。視界に入ったのは、撤退中の兵士の一人がこちらを振り返り、満面の笑みでいるところ。その右腕が振り下ろされた格好でこちらを向いていた。そこで、漸く悪寒の正体に気が付いた。


――ヒュンッ


 すぐそこにまで迫る直刀。

(不意を突かれたが、結界魔術が間に合った)


――パリンッ


 直刀に触れると、ジーモの結界魔術は砕け散った。

(はっ!? どうして――)


――トンッ


 軽快な音で直刀は突き刺さった。

 ジーモの背中側の腹部から入り、正面の腹部に抜けて刃を生やしている。

「ゴブッ……」

「ご子息様っ!」

 ジーモは吐いた。

 今度は、吐瀉物ではなく、血の塊を。

(なんで、結界破りの魔術かっ!? ――いや、それより意識を手放すなっ! このまま落ちたら確実に死ぬ。とにかく軟着陸にだけ集中だっ!?)

 一気に落下していったジーモは地面に叩きつけられる前に飛行魔術を再展開して、ゆっくりと着陸する。

(どうにか……、降りられた)

「ジーモくん、みぃつけたっ! やっと降りてきてくれた」

「……はは、スマイさんか。僕は降りて、きたんじゃ、なくて、あなたに、落っことされたん、でしょ?」

「ま、そうだけどね。あ、剣返してね?」

 言うが早いか、スマイはジーモの背中に回って、直刀を引き抜きバックステップで数メートル離れた。

「――!?」

 直刀が抜けた途端、傷口から血液が溢れ出した。

「ご子息さまーーーっ!」

 ジーモが倒れかけたところにノィエが飛行魔術で高速で飛び込むように抱き着き、血塗れになりながらジーモの姿勢を支えた。

(ははは、やっぱりスマイさんとの戦闘は避けられない、か)

 ジーモの腹部から零れ落ちた血液は、ゆっくりと地面に染み込み、大地へと還っていく。


ありがとうございました!!!!!!!

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