(6)
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【2】幼少期
(6)
「ジーモくん……、あんまり見られると恥ずかしいよ?」
「ああ、じゃあ、僕も横で一緒にするよ」
「へ?」
ジーモは、ノィエの横に並んで立ちションを始めた。
「えっ、あ、あぅ……ちらっ」
それは、しゃがんでおしっこをしていたノィエの丁度目の前にボロンと現れた。ノィエは、それを見ないように両手でその真っ赤になった顔を覆った。もちろん、指の隙間はオープンだ。大きなお目々がよく見える。
(参ったな、どうしてこうなった。あんな大軍との戦争に巻き込まれたら堪んないぞ。いや、待てよ? 逆にこれはチャンスなんじゃないのか? あいつらの反対、つまり今向かっている方向に自軍――ソメヤヨラ領の防衛軍がいるはずだよ! そうだ、まだ諦めるな!)
ジーモはズボンの腰ひもをしっかりと結びなおし、ノィエに向き直った。
「ノィエ、落ち着いて聞いてくれ」
「はいっ、もちろん落ち着いていますっ!」
(ん? なんだか随分テンション高いな――あっ!? 僕、何しちゃってた? 女の子の目の前でおしっことかって、この娘も平気でしちゃってたから、もしかして普通のことだったり? そんなことないですよねぇ。……よし、なかったことにしよう。これからのことを話し合おう)
「カレロヒル……カリリヒラ……おほん。カルレヒラ王国の軍隊が僕たちの後ろに迫っている」
「えっ!? 一大事ですっ!」
(ノィエ、思いっきり噛んじゃったのにスルーしてくれてありがとう!)
「次から次になんだって感じだけど、まだ遠いし、すぐにどうにかなるわけじゃない。でも、このままじゃ戦争に巻き込まれる」
「戦争……」
「ああ、でも、このままの方角に進めばソメヤヨラ領の防衛線があるはずだ。だから、急いで保護してもらおう」
「……もしかして、帰れる、のですか?」
「ああ、危険も迫ってるけど、希望も目と鼻の先にあるってことだ」
「はいっ! ……あ、でも、二人きりの時間も終わっちゃう……」
「ん? 何か言った?」
「いえっ! 頑張りましょう!」
「そうだな、もう少しだ」
そう言うと、ジーモはノィエの手を引き歩き出した。
※
数分歩いたところで、二人は物音に気付き身を低くした。
キンッ、キンッ、ガキャン
(金属を打ち合わせる音――戦闘音か?)
音のする方へと近づき、辛うじて視認できる距離にまで辿り着いたジーモは息を呑む。
そこには踊る少年がいた。
周りを数人の兵士に囲われながら、踊っている。
否、少年は踊っているのではなく、襲っているのだ。
(おいおい、小隊規模のソメヤヨラ軍があんな少年一人にあしらわれるなんて――いや、違う?)
少年の足元には幾人もの躯が転がっていた。数にして十数人。
(はは、全部ウチの軍服ってことは、あの少年が一人で? 小隊どころか中隊規模かも?ちょっとシャレになんないでしょ)
「くっ、貴様、何者だっ!」
「名乗って無かったっけ? まぁ、いっか。今から名乗れば同じだよね? 俺は傲魔族の
スマイ」
「貴様がスマイかっ!」
「そうだけど? まぁ、いいや。よろしく。そして――」
スマイと名乗った少年が直刀を振りかぶると、軽やかに自然な動きで振り下ろした。
「さような、ら?」
「ひぃいいいぃぃいぃっ!」
「……君、何者?」
「あはは、なんだろうね?」
士官らしい男の前にジーモは滑り込み、スマイの直刀を受け止めていた。
「自分のことも分からないのかい?」
「ああ、自分のことこそが分からないとも言うよ?」
「? 変な子供だね」
「変人に関わると碌なことないよ? 帰ったら?」
「うーん、でも、君って強そうだね。強いよね? ……そうなんだろ?」
ジーモは急変したスマイの鋭い視線に背筋を震わせた。
(これ、殺気ってヤツか!? めっちゃ気持ち悪いんだけど!)
「そぉ~れっ!」
「うわっ!?」
(身体強化っ!)
思い切り距離を取り、ジーモは顔を引きつらせる。
(いきなりドタマかち割りにきやがったし! どうする? どうする?)
ジーモが飛び出してきた茂みからは、ノィエが心配そうに見ている。ジーモは小さく首を振り、来るな、と合図し、さらに周囲を見回す。
「へぇ、今のも躱せるんだ」
(なんで嬉しそうなんだよ、怖いしっ! くそ、直刀相手に短刀じゃ分が悪すぎる)
キョロキョロしていたジーモの視線が足元で止まる。
「あ、そっちの隊長さんっ!」
「な、なんだ!? 俺のことか?」
先程ジーモが庇った士官らしき男は腰を抜かして未だ動けずにいた。
「このライフル、借ります!」
言うが早いか、ジーモは士官の答えも聞かずにライフルを持ち上げ、短刀の銃身通し穴に銃身に通し、ライフルの銃剣止めに短刀の柄に刻まれた銃剣止め溝を嵌める。銃剣小銃の完成だ。
ジーモは、いつもの稽古のように銃剣小銃を構えた。
(さすがに大人用は、五歳児にはおっきいな。でも、これでリーチの差はなくなった)
「ふぅん、銃剣小銃か」
スマイが猛スピードでジーモに迫る。
「ちっ」
ジーモは銃剣小銃を構え、魔弾の弾幕を放つ。
ズダダダダダッダ、ダダダダダダダダッダダダダダダダダダダダダダッ
魔弾は、スマイの足を少し遅らせた程度の効果しか挙げられていない。
躱されたのかって? 否、全て、弾かれて後方に飛んで行った。
「魔族ってのは、化け物なんですか!?」
(ん? いや、あれって、結界張ってんのか?)
眼前に迫ったスマイから逃げるように、ジーモは身体強化し、再度距離を取る。
「なかなか、すばしっこいガキだな」
(ちょっと試してみるか)
軽く深呼吸すると、ジーモは銃剣小銃を再度構える。
「俺に銃は効かないって、そろそろ分かんない?」
ズガンッ
ガィイイイィィン
「……何をした?」
スマイの体が大きく後ろに押し戻された。
(五倍魔弾でも破れない結界とか、結構ヤバいかもな)
今更だが、魔弾という魔術は要するに空気圧縮弾を作り、打ち出す魔術である。小銃自体がそういう魔道具として開発されているため、使用者にその意識はないが、小銃が行っているのは、空気を圧縮して念動力によって弾き飛ばすというものだ。ジーモはその圧縮の魔術工程にマニュアル操作で介入した。圧縮率を通常の五倍にし、着弾時に開放されるような仕組みを追加したのだ。使用する魔力量が跳ね上がるので、余り多用は出来ないのだが、警戒心を煽るには十分過ぎる一撃だったようだ。
「そんなこと、教えるわけないでしょ?」
「ま、打たせなきゃいいんだけど――」
「は!?」
スマイが目の前から消えた。
(ど、どこに『後ろ』いっ、た?)
「なにっ!?」
スマイは驚愕の表情で、直刀を銃剣小銃で受け止めるジーモの顔を見た。
「今の動きに反応した――いや、本能で察知したのか?」
(やっべぇーーー! ありがとう、神様っ!)
……思わず、こんなところで、『後ろ』などと声をかけてしまった。
もっと、ありがたい、場面まで、引っ張りたかった、のに。
(こうなったら、常時身体強化だな。魔貨、足りるかな?)
手の平の中の銅貨をチラリと確認した後、ジーモはポーチの中の新しい金貨と交換する。先程まで使用していた銅貨は、元々は銀貨だった。それでは心許ないと思ったジーモは思い切って金貨を取り出したのだ。
(まぁ、命には代えられないからな)
キィン、キン、キキン、キン――
容赦なく降り注ぐスマイの攻撃の嵐にジーモは難なく付いていく。
身体強化を常時発動状態にしたことによって、ジーモはスマイの動きも視認できるようになったし、攻撃を受け止めることも可能になった。
キキィン、キン、キキキン、キン――
次々に繰り出されるスマイの乱舞をジーモは丁寧にいなしていく。
「ふはは、久々の強敵だな。面白いよ、君。ウチに来ない?」
「過分な評価、ありがたいですけど、お断りします」
「ふむ、残念だな」
「ところで、そろそろお帰り願えないですかね?」
「ふぅむ。確かに、そろそろ帰還の刻限ではあるな……。君、名前は?」
「ジーモです」
「そうか、では、ジーモ! また来るよ」
そう言うと、唐突にバックステップしたスマイはそのまま直刀を鞘に納め、さっさと踵を返してしまった。
(ああいうの、台風みたいな人って言うんだろうな)
「助かったよ、少年!」
そう叫びながらやってきたのは、先程から腰を抜かしていた士官の男だ。
「いえ、運が良かっただけです」
「そうか。俺は、テロスマ。テロスマサト・ヤマジヤラ少尉だ。この部隊の指揮官だ。君の名前は?」
「……ジーモーサム・ソメヤヨラ、です」
コネを使うようで癪ではあったが、ジーモは厚遇されるための最善策を取った。
「領主様のご子息ですか!? どうして、こんな最前線に――いえ、詳しくは我らのキャンプで聞かせてもらえますか? 丁重に保護いたしますので」
(保護、か。ははは……)
「分かりました。あ、連れがいるのですが」
「連れ、ですか?」
「ジーモくん……?」
茂みから抜け出し、駆け寄ってきたノィエがジーモに声をかける。
「ああ、丁度良かった。ノィエ、こっちに――」
ゴスッ
「うぐっ……申し訳ございません」
「ちょっ!」
テロスマに鳩尾を蹴り上げられ、ノィエは蹲る。
「その首輪の刺青。貴様、十奴だな?」
(え? もしかして、十奴を見分けるための刺青だったのか? 闇魅族の慣習かとばかり――ってそうじゃない! こいつ、ノィエを蹴りやがった!)
「はい……。私は卑しい十奴にございます……」
ノィエは地面に這いつくばり、土下座をしながら額を地面にこすりつける。
「領主様のご子息様を、貴様は今なんと呼んだ?」
「それは、僕が家名を「申し訳ございません、ご子息様っ!」」
「十奴は十奴らしく、そうしていろっ!」
そう言いながら、テロスマはノィエの頭をグリグリと踏みつけにした。
「おまえっ!」
ジーモは、テロスマに体当たりをして跳ね飛ばし、ノィエを抱きしめた。
「ど、どうなされたのですか?」
「ノィエは僕の、その……」
(なんだ? 友達、でいいのか?)
「……ああ、そうでしたか。申し訳ありません」
(分かってくれたか?)
「ご子息様のペットでしたか」
「ぺっ!? そうじゃなくて!」
「まぁ、詳しくはキャンプの方で。ペットの手当てもそちらでしましょう。では、参りましょうか」
「く、おまっ――」
クイクイ、とジーモの袖を引く感触。
「ノィエ?」
「これが普通なのです。ご子息様」
「……」
「お気になさらず」
「……今まで通り、ジーモくんでいいよ?」
少し逡巡しながらも、ノィエは再び額を地面に擦り付けた。
「……申し訳ございません、ご子息様」
※
「只今帰還しました、ジェシカ少佐!」
「テロスマ少尉か。任務ご苦労さま」
(へぇ、この人が指揮官さんか)
十数人の生き残りの兵士と共に防衛最前線キャンプに到着したジーモは、テロスマと一緒にキャンプの中央にあるテントの中にいた。ジーモの隣に立つテロスマは正面に座す普人族の女性に事の次第を報告し始めた。ジーモはその様子を黙って観察した。
(うーん、なんだか、この人、どっかで見たことあるような気がするんだけど?)
「……今日は何人やられた?」
「十六名であります?」
ジーモの違和感を無視して報告は続けられる。
「何? それだけで済んだのか?」
「はいっ! この方の助力により、生き永らえました」
「……私をからかっているのか? 四、五歳の少年ではないか」
「はい、ですが、事実です。そして、少佐殿とも所縁のある方です」
「何?」
(こっちこそ、何?)
「こちらは、ジーモーサム・ソメヤヨラ様です」
「なんだとっ!」
ガタンと、座っていた簡易執務机から立ち上がったジェシカは、ズカズカと歩を進め、ジーモの眼前に仁王立ちした。
「えっと、ジーモーサム・ソメヤヨラです。お初にお目にかかります」
ジーモが貴族の例をして、頭をあげると、
むにょん
目の前に、おっぱいがあった。
というか、抱きしめられていた。
(うわぁ、おっぱい気持ちいい。やわらか……じゃなくて、なんだなんだ、どういう展開ですか? 何フラグ立った? 幸せなんですけど?)
「お前が、ジーモかっ! 会えて嬉しいぞ!」
「は、はぁ」
「む? そうか。私のことが誰だか分からないのだな? まぁ、会うのは初めてだからな」
「あ、はい。失礼ですが、どちら様でしょうか?」
「あはは、そんなに他人行儀にするな。私は、ジェシカナェ・ソメヤヨラ少佐だ」
「ソメ――え?」
「そう、私は、お前の姉だっ!」
「お姉さま!? あ~……っと、確かにどこかで会ったことがあるような気がしていたんですよ。なるほど、どこかお母さまの面影があるからですね」
「ふふふ、最高の誉め言葉だな」
ジェシカは、ジーモの十歳上の姉で、本来十年通う学園を六年で修了し、卒業以来常在戦場の如く駆け回っている。現在は少佐の階級で防衛最前線部隊の指揮官をしている。
「ところで、テロスマの部隊をお前が助けてくれたというのは本当なのか、ジーモ?」
「えっと、はい。そういうことになりますね」
「……俄かには信じられんが」
「――お姉さま、人払いを願えますか?」
「ん? まぁ、構わんぞ。テロスマ、このテントの警備担当の二人と食事にでも行ってきてくれ。私のおごりで構わない」
「いいんですか? では、お言葉に甘えて」
テロスマはペコリと頭を下げると、さっさと出て行ってしまった。
「現在、極秘扱いになっているのですが、お姉さまでしたら――」
ジーモの使う身体強化魔術と結界魔術は、領主判断によりその流布にストップが掛けられていた。一時はマルカに懇願されて訓練指導教官に教える話になった。しかし、それを聞いた教官は大いに驚愕し、ジーモの父との協議の結果延期となった、という経緯がある。よくよく考えれば大混乱必死の内容である。結局のところ、折を見て領主が上級兵士の訓練に取り入れていく方針で検討がされている程度の段階であり、つまりは、極秘案件なのであった。
「……そんな魔術を編み出してしまったジーモを私は誇りに思うぞ!」
「あ、はい。ありがとうございます」
「では、その新魔術を使って、スマイの奴を撃退してくれたのだな?」
「はい、そういうことです」
「……つまり、私たちは、五歳児に縋りつくのか、侵略を許すのか、の二択を突き付けられている、というわけか」
「へ? お姉さま、今、なんと仰いました?」
「ん? テロスマから、聞いていなかったか? 今、アマツヒラ皇国国境はカルレヒラ王国軍五千に侵攻されている。戦線は、拮抗していた――いや、どちらかというと防衛側としては、やや有利な状態だったのだが、その天秤を大きく揺らしてくれたのが、スマイだ」
「あいつ、ですか」
「ああ、彼奴は要所要所に出没し、我々の部隊を壊滅させて歩いている。つまり、一人遊撃部隊だな。彼奴をなんとかしないと……」
「しないと、どうなっちゃいますか?」
「数日の内に、ウチの防衛部隊は壊滅し、私も死ぬだろうし、ソメヤヨラ領の領都に攻め入られることになるな」
「なっ!? そんなの、シャレになんないですよっ!」
「うーん」
「お姉さま?」
「というわけで、さっきの独り言に戻るんだが、ジーモ、私に力を貸してくれないか?」
「……」
ジーモは即答出来ずに腕を組んで考え込んだ。
(協力しないと、領地壊滅なんて言われちゃ協力せざるを得ない。だけど、あんまり目立ち過ぎるのもよろしくないし……)
「ダメか? 引き受けてくれたら私のおっぱいをいくらでも揉んでいいz「もちろん、お引き受けします」……まぁ、冗談はさておき、とっておきの報酬を準備しておく。どうかな?」
(あれ? 返事したんだけど、スルーされてる?)
「えっと、はい。お引き受けしますよ?」
「そうかっ! 助かるっ!」
ありがとうございました!!!!!!