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(5)

よろしくお願いします!

【2】幼少期

(5)

ソメヤヨラ学園初等部入学式、当日の朝。

ジーモは、森にいた。

迷子だった。

(うわぁ、参ったなぁ。完全に遅刻だわ、これ……)

 がっくりと項垂れ、チラリと横に体育座りする少女に視線をやる。

 大人しい雰囲気というか、感情が希薄そうな印象。煌めくような銀髪に褐色の肌。そして何よりも際立つのが、その長いお耳。闇魅族、ダークエルフだ。

 二人でびしょ濡れになって、森の中に流れる川のほとりにいる。

 どうしてこうなったのかというと、ジーモの最近の習慣になっている朝の散歩の時間に遡る。貴族の子弟というのは、要はお坊ちゃまだ。ジーモは前世が庶民であるだけに、そんな扱いは窮屈に感じてしまい、終いには発狂しそうになっていた。そこで思いついたのが、単純にも自然に触れること。農業者だった前世を懐かしんだのかもしれない。そこで、近くの森にお忍びで散歩に行くことが習慣となったのだ。

 そこで、聞こえてきた悲鳴。

 駆けつけるジーモ。

 川に落ちそうな少女。

 助けようと飛び出すジーモ。

 結局、川に落ちる二人。

それでも、溺れかけていた少女をどうにか助け、散々下流まで流されるもどうにか生還。そして、今に至る。

(っていうか、どうするかな、この状況……)

 びしょ濡れであった。

 そのままではさすがに風邪をひいてしまうだろう。

「あのさ、濡れた服のままじゃ風邪ひくから、こっちに来なよ」

 ジーモは携帯していた着火装置(完全防水)と魔貨によって、ささっと集めた枯れ木に火を点け、暖を取り始めた。濡れた服も脱いで、これも携帯していた短刀(解禁式で貰ったものとは別物で安物の護身用のものだ)を使い、簡単に木工作した物干しにかけ、火にあてて乾かしている。中々にサバイバーなようだ。

「……あなたは誰?」

「え!? 今さら……って、そういや、自己紹介なんかしてなかったな。僕はジーモ――えっと、五歳だよ、よろしく」

 ジーモはあえて家名を名乗らなかった。家名はこの世界では、カースト制の象徴のようなものだ。名乗ればお互いに気を使うことになる。だから、あえて名乗らず対等に接しようと目論んだのだ。

「ジーモ……くん。私はノィエです。ノィエトーコ・ウカイトラ、五歳です。よろしく、おねがいします」

 ノィエは深々と地面に頭を擦りつけながら、土下座の姿勢で名乗った。

「……」

 目論みが外れ、あんまりな情景に一瞬ジーモは白目をむくも、すぐに気を取り直した。

「あ、いや、そんなに畏まんなくていいから。顔を上げてくれよ、ノィエ」

「はい……」

 顔を上げたノィエの額から砂がパラパラと落ちる。

 その表情はどこか不安げだ。

(なんか、大人しいっていうよりも卑屈な感じ――あ、トラってことは、十奴階級……だからか?)

 十奴だからか、などという考えに至ってしまった自分に対して不快感を抱いたジーモは少しムッとする。

 まだまだこの世界の体系に馴染み切れてはいないようだ。

「も、申し訳ありませんっ! な、何か粗相をしましたでしょうか!?」

「え? あ、いや……、ああ、僕のせいか。ちょっと考え事していただけだから気にしないでいいよ」

 ノィエはジーモのムッとした表情に過敏に反応し、再び土下座に戻った。

 十奴というのは敏感だ。そうでなくては生きていけない。自分以外の周囲の情報に常に気を配り、粗相をしないようにと最大限の注意をする。

 ノィエは、既にジーモを自分よりも上位者だと断定してしまっている。もっとも十奴階級のノィエには自分よりも下位に属する者はいない。どう見ても十奴には見えない小奇麗な格好のジーモはノィエからしてみれば、上位者と判断するには容易い。名乗りの気遣いなど、見当違いもいいところの気遣いだったのだ。いや、そんなのは自己満足のマスターベーションでしかないとすら言える。

「それより、こっちに来て火にあたりなよ。風邪ひいちゃうよ?」

「……よろしいのですか?」

「ああ、服も乾かさないとだしな」

「……はい」

 ノィエは焚火に近づき、火を挟んでジーモの正面に座ると、そのままびしょ濡れになったワンピースの裾をたくし上げた。

「……へ?」

 クロスした両腕がスルスルとワンピースの裾を捲り上げていくと、細くも柔らかそうな太股、白いパンツ、くびれた細い腰、と次第に視認出来る範囲を広げていく。まだ幼く平らな胸に、ノーブラなため隠秘することの叶わなかった二つのポッチ、鎖骨、首を露わにし、ノィエは脱いだワンピースをジーモの服を干してある物干しの端っこに遠慮がちに引っかけた。

そして、再びジーモの正面に座ったのは、パンツ一枚のほぼ全裸の少女。

「あ、その、全裸……ですね?」

「はい、申し訳ありません……」

 ノィエは謝りながら顔を赤らめ、ジーモを見つめている。恥ずかしくないわけではないようだ。

(お、落ちつけ、僕! びっくりしたけれども、まぁ、お互いに五歳児だし、そんなに恥ずかしがることもない、か? というか、これってチャンスなんじゃないのか? いや、チャンスだよ。こんなこと滅多にない。合法的にロリれるじゃないか! でも……、やっぱりロリってはいけないんじゃないのか? 否、僕だってショタなんだから、ロリったっていいに違いない)「パンツも脱いじゃえば?」「……はい」(とか言ったっていいんじゃないか? 別にエロな行為ではないはずだ。だって、風邪ひいちゃうと大変だしね。あ、それに)「こっちに来て、身体を寄せ合った方があったかいよ」「……はい」(とか言っちゃって、スキンシップ図った方がいいかもしれない。初対面だしな、スキンシップでお互いの距離感を縮めてみるのも悪くない考えだ。いつも、ジリヤやクラリスに迫られると、思わず引いちゃうのだけど、実際の僕は結構エロいのだ。この腕に当たるプニプニした感触、たまらんね)「ジーモくん、あったかいですか?」「ああ、あったかいね」「そうですか、よかったです」

「…………」

(あっれれ~?)

「ジーモくん? どうかしましたか?」

 ジーモの腕には両腕を絡めて抱きつき、上気した顔で見上げるノィエの顔があった。

 ちらりと、視線を下に向けると


――完全体であった。


「ジーモくん、鼻血がっ!」

「あ、大丈夫大丈夫、ずずず、そんなのどうでもいいですので」

「そ、そうですか?」

「そうですのです」

 


 数時間後、乾いた服を着た二人は再び焚火にあたりながら、現状確認と今後の話をすることにした。

「さて、ノィエ」

「はい」

「まずは、現状確認をしよう。僕にはここがどこか分からない。君にも分からなければ、僕らは今、迷子な状態にあるってことだけど――」

「申し訳ありません、私もここがどこなのか、分かりません」

「だよな。つまり、遭難現在進行中ってことだなぁ」

「でも、ジーモくんがいるから、怖くはありません」

「……そ、そっか。ありがとう!」

 隣に座っていたノィエがにこやかに微笑みながら、ジーモの腕にキュッと抱きつく。

 裸の付き合いのせいか、二人の距離感は大分縮まったようだ。

 ジーモの思惑通り(?)というわけだ。

「ともかく、その現状を踏まえた上で、これからどうするか、だけど」

「はい、私はジーモくんに従います」

(……なんというか、この娘は従順――というよりも他者に依存しないと安心出来ないように育っちゃったのかもな。そんで、今は僕に絶賛依存中ってわけかな? 本当はそんなのは良くないんだけど、今は好都合かもしれない)

「それじゃ、これからの方針を話すよ?」

「はい」

「まずは、水。これは川があるから問題ない」

「はい」

「次に、食糧。これが最初の問題だけど、採集するか、狩りをするか、釣りをするか、だな」

「あの、私、獣の解体ならしたことがあります」

「ホントっ!? それなら、僕がどうにか獲物を仕留めれば食事もなんとかなるか……」

(前世での記憶の弊害の一つが、動物を自分で加工することに抵抗があることだな。というか、五歳児のノィエに解体が出来るとか普通なのか? ちょっとこの世界の基準がまだ分かんないな。とはいえ、ノィエが出来てくれて助かったな。これを機に教えてもらおう)

ジーモは手元の持ち物を確認する。

短刀・発火装置・魔貨・水筒がある。

(護身用に持って歩いている短刀、暗い時間に屋敷を抜け出すために用意した照明換わりの発火装置、魔術師の必携アイテムにしてお金でもある魔貨、そして、水筒もある)

 そんな装備で大丈夫か?

(問題ない、これだけの装備があれば魔術師の端くれである僕ならなんとかサバイバル出来るはずだ)

 魔術あれば憂いなしといったところだろうか。

「そうすると、獲物を狩りながら人ないし人里を探す。これが無難なとこかな。本来、迷子はじっとしてる方が良いんだけど、こんなとこでじっとしてたって誰も見つけてくれないだろうし、やるっきゃないか」

「ジーモくん、博識です」

「いや、それほどでもないよ。生き残るためには、やるしかないんだ」

「……そう、ですね」

(もしかして、生き残ることにあんまり執着してないのかな? 五歳児すらそうしてしまうのが十奴階級ってものなのか)

「よしっ! ノィエ、賭けをしよう!」

「賭け、ですか?」

 ノィエはビクッと身体を強張らせた。過去に嫌な経験でもあったのかもしれない。

「ああ。生きて帰れたら、僕は君のために一つだけどんなことだってする」

「……え? 私なんかのために、なんでも?」

「ああ、なんでもだよ」

「じゃあ、もし帰れなかったら……」

「そのときは、死ぬまで一緒にいるだけの話さ。だから、最後のそのときまで帰るための努力をしよう」

「え……、あ、わた、私と、一緒に……いてくれ、るのですか?」

「ああ。だから、必ず帰ろうなっ!」

「はいっ!」

結局、何も賭けていないし、どちらにしろ目指すところは変わらない。何かが解決したわけでもなければ、暗礁に乗り上げたわけでもない。

が、それでも――

(僕に依存していることを良いことにしてズルイかもしれないけど、今は前向きな気持ちが無いと生き残れない。緊急処置だけど……、後で取り返しがつかないことになるような予感がするな、ははっ)



 川沿いに行動することを決めたジーモは、当然上流を目指す。

 川を流されてきたのだから、上流に向かって行けばいつかは戻れると考えてのことだ。

(世の中、そんなに甘くはないかぁ……)

 2時間後、ジーモとノィエの行く手を阻んだのは分岐。

 正確には、三つの上流からの合流地点だ。

(これは、さすがに運頼み・神頼みになっちゃうかなぁ。神様、教えてくれたりしない?)

『…………』

(ダメ、ってことか)

 こんなことで、神の恩寵は与えられない。

 まだ、自力の余地がある。他力本願は許しません。スパルタなのです。

「よし! ノィエ、左だ!」

「はいっ!」



 さらに2時間後、二人は茂みの中にいた。

「ぼ、僕、実は初めてなんだよな」

「大丈夫です、私もですから」

「そうか、お互い初めて同士か」

「はい、でも痛くしたら怒るかもしれません。気を付けてください」

「ああ、一気にイクさ」

 そう言うとジーモは左手に握りしめた魔貨から力を吸い上げる。すると、体中に魔力が満ちるような感覚を味わう。体中に魔力が循環し始めたのだ。

身体強化魔術だ。

さらに、短刀に結界魔術を施し、右手を振り上げ――


シュンッ


投擲した。

 短刀は軽く鋭い風切音を立てて、ものの見事に獲物であるイノシシの眉間に深々と突き刺さり、一撃で脳髄を破壊し絶命に至らせた。

 魔弾の魔術――ライフルを使ったオーソドックスな魔術のこと――を応用して軌道のコントロールもしているため、相手に気付かれない不意打ちならば外れようもない。

「ふぅ、やったか?」

 ジーモは、さらに念動の魔術を使いイノシシに刺さった短刀を糸でもついているかのような動きで自分の手元に引き寄せた。

「お見事です。今日はイノシシづくしです」

「それは、楽しみだ。もうお腹ペコペコだよ」

 遭難してから数時間。もう日が落ちようという時間だが、どうにか獲物を仕留められたようだ。

 ノィエは、すぐにイノシシの解体に取り掛かる。

 最初こそすぐ近くで青い顔をして解体を眺めていたジーモであったが、数分のうちに解体の技術の観察を始めた。

(不思議なもんだな、必要になると意外に平気で受け入れられるみたいだ。というか、食べるということのありがたみを噛み締めさせられるな、いただきます、合掌)

 解体の終わった肉を、発火装置と魔貨を使い(おこ)した焚火で焼く。

「ジーモくん、どうぞ」

「うん、ありがとう。いただきます」

「はい、いただきます」

「……むぐ、むぐむぐ!? 

!」

「はい、おいしいです」

「新鮮な肉、ただ焼いただけなのに、こんなに旨いんだな」

「はい、足が早いそうで市場には中々出回らない希少部位です」

「そっかぁ。まだまだ世界は広いってことかぁ」

「ふふふ、ジーモくん、私たち、まだ五歳なんですから、知らないことだらけで当然ですよ?」

「あ、う、うん、そうだよな。まだまだこれからもよろしくな、ノィエ」

「はい! こちらこそよろしくお願いします」

(通算三十八歳だからな、思わず吐いて出てしまった)

 和気あいあいと笑い合う二人。

「ん?」

 肉に舌鼓を打ちながら、隣のノィエをチラリと見たジーモは息を詰まらせた。

「ノィエ……」

「はい?」

「そのまま、振り返らずに聞いてくれ」

「は、はい」

「向こうの茂みに――おそらくゴブリンがいる」

 ノィエの喉がゴクリとなり、緊張感が溢れる。

「数は……十匹以上いるな。戦闘経験が少ない僕らには少し荷が勝ち過ぎるね、はは」

「はい……」

「幸い、まだ僕らが気付いていることに奴らは気付いていない。奇襲をかける算段でいるみたいだ」

「ど、どうしましょう?」

「……僕にしっかり捕まって」

「はいっ!」

 ノィエが、ジーモの胸元に強く抱き着く。

(お風呂に入った訳でもないのに、女の子ってのはどうしてこうもいい匂いがするんだろうか。女性ホルモンとかそういうのが男の子にはいい匂いに感じられるのかな。ゴブリンは、男は殴り殺し、女は嬲り殺すって本で読んだな。ノィエは僕が、何が何でも守り切らなきゃ!)

 ジーモはゴブリンの動きに集中する。

 数秒の後――


キシャァアアアアァァアーーー!


 ゴブリンが一斉に動いた。

 が、同時にジーモはノィエを抱きかかえて、大きくバックステップした。

 身体強化されたその動きは、ゴブリンの側からは視界から急に獲物が消えたように見えただろう。そのまま、ジーモは姿勢を低くし、ゴブリンの集団に背を向けると猛烈な速度でその場を離れた。

 振り向く際に残したイノシシ肉が目に入る。

(イノシシさん、残してごめんなさい)



 ジーモは夜通し川沿いに走り続けた。

 イノシシ肉は旨かったが、それよりもモンスターの脅威の方が印象的過ぎた。

 ノィエをこれ以上危険に晒したくないと思ったのだ。

「すぅ、すぅ……」

 ノィエは、流石に疲れたようで、ジーモの背中に負ぶわれながら眠っている。

(今のところ、何とかなっているけど。ゴブリンなんかじゃない強いモンスターが出てきたら流石にどうしようもない……。さっさと人里を見つけないと)

 ジーモがだんだんと焦りを感じ始めた頃――

「あの、ジーモ君……」

「ん? 目が覚めたのか。どうした?」

「お、おしっこ……」

「あ、ああ! 分かった、今、降ろすよ!」

「う、うん」

 ノィエを背中から降ろし、何気なく振り返ったジーモは唖然とした。

 ジーモは上流を目指し、川沿いを遡ってきた。

 その道のりは緩やかな上り坂になっていた。

 丁度、今振り向いた場所は、少し開けた場所になっていて、都合良く遠くまで見張らせた。

 だから、視界に入ってしまったのだ。

 ジーモは、大きく目を見開く。

それは、荘厳、と言っても過言ではないかもしれない。

 統制の取れた数千にも及ぶような軍隊が集結していた。

 しかもよく見ると、ソメヤヨラ領の軍服ではない。

(あれって、本でしか見たことないけど、お隣さんの軍隊ですよね?)

 隣国、カルレヒラ王国の、軍隊だ。

ゴブリンからの逃走の末辿り着いたのは、国境。

すなわち、国境線争いの最前線。

戦場であった。

(あはは、まさか侵略軍に遭遇しちゃうとか、ね)

 ふぅ、とため息を吐き、ジーモは視線を下した。

「っ!?」

先ほどよりもずっと大きく目を見開いたジーモは目の前の光景に戦慄した。


――それはそれは、綺麗な放物線を描く、おしっこだった。


ありがとうございました!!!!!


次話から間隔を空けての投稿となります|ω・)

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