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(4)

よろしくお願いします!

【2】幼少期

(4)

「来いっ、スティ!」

「はいっ!」

 職権乱用でジーモに雇われることとなったスティことスティーリク・ワタリヤラは、木製の銃剣小銃で切りかかる。

 猛烈な勢いで打ち込まれるスティの斬撃に刺突。

 それをなんなく受け止めては打ち返し、受け流しては突き返すジーモ。

 反撃に反撃。

 カン、カンと乾いた音がソメヤヨラ邸の中庭にリズムを刻む。

銃剣の扱いももう慣れたものだ。

1月1日の解禁式の日からもう3カ月も銃剣術に明け暮れているのだからそれも道理だろう。

 数合打ち合うと、二人は開始位置に戻ってお互いに礼をする。

 二人の模擬戦を観戦していたジリヤとクラリスが駆け寄ってくる。

「お兄様っ、素敵です! 滅法ですっ!」

「ありがとう。でも、大袈裟過ぎだよ」 

「そんなことはありません! 私はもう惚れています!」

「残念ながら、それは知ってるよ?」

「いえ、もっと知って下さって構いませんよ?」

「そうだな。でも、ゆっくり噛み締めながら知っていきたいんだ」

「っ!? 噛み締め……ぬふふ……するめ……ぬふふ……禁断の……ぬふふ……」

 ジリヤの取り扱いも手慣れたものになっていた。

トリップ中のジリヤを尻目に、ジーモはスティと苦笑する。

「ジーモ様、タオルです」

「お、ありがと――」

 受け取ったタオルの『ILOVEジーモ様』の文字でジーモはフリーズした。

 数秒の後に凍結させられた脳みそに赤血球を大量に送りこみ急速解凍し、思考を再開させたジーモは、タオルを渡してくれた当人を見る。

「どうかなさいましたか、ジーモ様?」

 キョトンとした顔で首をかしげるのは、クラリスミカ・クルミコラ。

 彼女もまた、スティ同様にジーモの職権乱用でソメヤヨラ邸で働いている。

 スティは従者見習いとして、クラリスは侍女見習いとして。

「あ、いや、どうかしたというか、どうかしていると思っているというか……」

「そうなのですか? そんなことよりも、汗が滴っておりますっ! 拭いて差し上げますねっ!!」

 言うが早いか、クラリスはジーモの手の中にあった(くだん)のタオルでジーモの額の汗をぬぐい取り、首の汗もぬぐう。

「あ、うん、ありがっ――!?」

 クラリスの手はそのままの流れでジーモのシャツの中に潜り込み、脇、胸、腹、背中と手早くまさぐっていく。一応、タオルで拭く、という体裁は保っている。

「ちょ、ちょちょちょっ!?」

「如何されましたか?」

 しれっとした顔でジーモのズボンに手を掛けながら小首を傾げるクラリス。

「そこまではしてくれなくていいからっ、自分でするからっ!」

「そうでしたか、申し訳ございませんでした」

「あ、ああ。謝る程のことでもないけどさ、ははは」

 余りの出来事に早まる鼓動を押さえつけ、ずり落ちかけていたズボンも押さえつけ、ジーモは後ずさる。

「謝る程のことですわ、お兄様!」

「ジリヤ?」

 禁断のスルメトリップから帰還したジリヤがジーモの横から進み出る。

「おい、クラ公、私のお兄様になにしてくれてんの?」

(あれ? ジリヤちゃんが怖いんですけど?)

「申し訳ございません。ジリヤ様がトリップ中でしたので気付かれないかと思いまして、つい……」

「気付かれなければいいと思っていたのっ!?」

「いえ、気付かれても、謝ればよいかと思っていました」

「余計悪いわっ!」

「ですが、ジーモ様の色香にはどうにも抗いがたいものがございますので……」

「そんな言い訳――確かに抗いがたいわね……」

「ですから、仕方がないのです」

「そうね、仕方ないわね」

(あっれれ~? クラリスさん、僕よりジリヤの扱いが上手いんですけど?)

「……大変ですね、ジーモ様」

 スティがジーモの肩をトントンと叩きながら言う。

「ああ、マトモなのはお前だけだよ、生まれてきてくれてありがとう、スティ」

「大袈裟ですよ、ははは」

「落ち着いたところで、お茶でもいかがですか? ジーモ様」

「マルカか、もらうよ」

 友情を深めあう二人の男子の下へ現れたのは侍女のマルカ。

 忍者の如く突如出現したマルカであったが、そんなのはジーモにとっては常たるもの。マルカはいつでも神出鬼没なのである。

 先日などは、夜中に尿意を催したジーモが寝ぼけ(まなこ)で厠へと向かうため自室の扉を開けると、尿瓶(しびん)を持ったマルカが待ち受けていて――

「こちらへどうぞ」「ああ、すまないな」じょろじょろじょろっ――「ふぁいぃいいっ!?」

などという出来事があった。

 とはいえ、よく冷やされたお茶を乗せたトレイを右手に、堂々と立つ今のマルカの姿はとても凛凛しい。

(マルカは憧れる程にクールでカッコイイんだけど、ちょっとだけイカれてるのが玉に瑕なんだよなぁ)

「……何か失礼なことを考えていますか?」

「考えてないよ?」

「……まぁ、そういうことにしておきましょう」

「ははは」

「ところで、お聞きしてもよろしいですか?」

「ん? 何を?」

「大したことではないのですが……」

 そう言いながらマルカは、ジーモの隣に立つスティの顔を見る。

「俺がどうかしましたか?」

「いえ、スティ君が、というよりもスティ君と、とでも言えましょうか……」

「はい? どういうことですか?」

 スティ同様、ジーモも首を傾げる。

「スティ君は、獣人ですよね?」

「はい、熊人族ですよ?」

(そうだったの!? 初めて会った時の印象のまんまジャン! なんで気にしなかったんだろ……、よく見たら熊耳とか尻尾とか付いてんジャン……。周りの人間が強烈すぎるからか?)

 こちらの世界には、大きく分けて三種族――人族・魅族・魔族が存在する。

 人族の中で最も数が多くジーモの前世における人と同じなのが【普人族】、スティのような熊の特徴を持った獣人は【熊人族】、他にも【狐人族】や【猫人族】などもいる。

 魅族は主にエルフやドワーフなどの種族のことだ。

 【森魅族】はエルフ、【闇魅族】はダークエルフ、【半魅族】はハーフエルフ、【岩魅族】はドワーフのことを指す。

 魔族は七つの大罪のどれかに呪われた種族であり、【傲魔族】はスペルビア、【妬魔族】はインヴィディア、【怒魔族】はイーラ、などと呼ばれている。

「それがどうかしたんですか?」

 スティはキョトンとした顔でマルカを見つめる。

「ええ、どうして普人族のジーモ様が熊人族の腕力に平気で対応出来ているのかと……」

「あっ、言われてみれば! あんまり自然に受け止められるものだから、気にもしてませんでした……。熊人族の腕力は普人族の数倍もあるってのに」

「あ、やっぱりそうなの?」

「そうですよっ!」

「普通には受け止めらんないな、とは思ったんだよね」

「『普通には』ですか?」

「あ、うん」

「それは、どういうことなのでしょうか?」

「うーん、説明する前に見てもらった方が早いかな?」

「なのですか?」

「うん。えっとさ、こうやって――」

 数歩後ずさりマルカに背を向けると、ジーモは木製銃剣小銃を振りかぶり地面に叩きつける。


ダシィィィィイィィンッ


 銃剣を叩きつけた地面は捲れあがり、数メートルのクレーターを作っていた。

「魔力を体内に循環させて、身体強化魔術を使うとこんな感じ?」

「「「「…………」」」」

 マルカとスティだけでなく、少し遠くで話を聞いていたジリヤとクラリスもあんぐりと大口を開けて思考停止している。

 それも、そうだろう。

 それは、五歳児どころか、常人に成せる行いではないのだから。

「身体強化魔術って、誰もやってないのかな?」

「……あ、はいっ! お、おそらくは」

 いち早く正気を取り戻したマルカが答える。

「そっか。魔術って、念動力みたいなものだから自分にそれを使ったらどうなのかな、ってのが始まりだったんだけど。ライフルを介さないで、魔貨から魔力を吸い上げて、体内に魔力を循環させてから、その魔力で身体の動きを念動力で後押しして、動きを加速しているんだよ」

「そんなことが可能だとは……」

「まぁ、最初は木製銃剣小銃を何本も折っちゃってさ」

「そういえば、異常に木製銃剣小銃の発注が多い時期がありました」

「はは、そのときはごめんね。それで、対策として、木銃剣にも結界魔術をまとわせることを思いついたんだ。元々、身体強化の負荷に耐えられるように身体には結界魔術を掛けていたからそんなに難しくはなかったけどね。魔力循環を肉体からライフルまで延長する感じ? そしたら、それも解決して身体強化魔術の完成って感じかな?」

「……貴方様は、それほどの魔術革命を当たり前のように」

「それ程のことなのか? それじゃあ、皆にも教えてあげなきゃね」

「よ、よろしいのですかっ!?」

「よろしいけど?」

「秘匿していれば、英雄になることも叶うかもしれないのですよ!?」

「う~ん、興味ない、かな」

 心底面倒くさそうにジーモは頭の後ろで腕を組んだ。

「興味ない、ですか?」

「そ。英雄なんてのは、目立ちたがり屋な他の誰かにお願いするよ。僕はもっと日の当たらない存在でいい。今やってる魔術の研究は趣味であり、足場固めであり、下準備でしかないからね」

「そう、ですか……」

「というわけで、身体強化魔術のおかげでスティと対等に模擬戦もこなせるってわけだよ」

 ジーモはニカッと笑いながら、マルカに言った。

 その顔には未練はなく、ただただ清々しくあった。

「あ、そういえば、さらっと流しておりましたが、結界魔術、というのはなんなのですか、お兄様?」

「ん? あれ、これも新しい魔術になるのか?」

 コクコクコクコク。

 四人が同時に頷く光景は些か滑稽ではあったが、それもさもありなん。

「こっちは、もっと簡単かな? 身体強化魔術がエネルギーを加えるものだとするならば、結界魔術はエネルギーを押さえつけるものだね。打撃で例えると、打ち込む動作にエネルギーを加えて威力を増大させて、返ってくる反動のエネルギーを押さえ込んで衝撃を緩和する。強化魔術が【動の魔術】であるのなら、結界魔術は【静の魔術】といったところかな」

「ドウの魔術? セイの魔術? ですか?」

(新しい魔術ってことは概念自体が新しいってことなのかな)

「つまり、身体強化魔術は攻撃のための魔術であって、結界魔術は防御のための魔術になるんだけど、攻撃の反動に耐えられない肉体や武器を補強するために僕は結界魔術も併用してたってわけ」

「その、結界魔術というのは、武器を補強するため以外にも使えるのでしょうか?」

「もちろんだよ。ほら」

 ジーモが、ぽーんと木製銃剣小銃を自分の頭上に放り投げると、重力によってそのまま落ちてくる。


チュイイイィィィィン


 甲高い音を立てて、ジーモに触れることなく木製銃剣小銃は跳ね飛ばされた。

「こ、これが、結界魔術ですか!?」

「そうだよ。僕を中心に半球状に展開してる」

「……もし、先ほどの気持ちがお変わりないようでした、ソメヤヨラ領の兵士、いえ教導師のみでも構いませんのでご教授願えないでしょうか?」

「自分の訓練もしたいから、教導師にだけでもいいかな?」

「もちろんですっ! では、後ほど練兵場でお会い致しましょう」

 ペコリと頭を下げた後、マルカは走るような速度で歩きながら消えていった。

「「「「…………」」」」

(マルカさん、あなたも随分非常識な存在なのではないかと、僕には思えますけどね……)

「ははは、それにしても、ジーモ様は物凄いお方ですね」

「そうか?」

 スティの褒め言葉に、思わず照れ笑いを浮かべるジーモ。

「これは、学園初等部でも大活躍ですね」

「学園?」

「ええ、来週からですよ。お忘れでしたか?」

「ああ、そういえば、もうすぐ入学なんだっけか」

 ソメヤヨラ領には、学園がある。

 5歳から、語学に算術に銃剣術、そして魔術を含めた教育を施すための機関として設立され、貴族から平民まで漏れなく義務として通うこととなっている。学費・食費(学食)・制服費など、必要経費はすべて学園持ちとなっている。将来の人材に対する先行投資とでもいったところだろう。これは、ソメヤヨラ領独自の政策であり、ここまでやっているのは国内でも類を見ない。王都ですら学園は貴族のみが通う場である。

 ジーモの親であるソメヤヨラ四爵は分かっているのだ。

 領地にとっての一番の財産が人材であるのだと。

「学園って、何歳まで通うんだっけ?」

「では、私が説明させて頂きます」

 スッと進み出てきたのは、クラリス。

「お、おう。頼むよ」

「はい。ソメヤヨラ学園は、初等部に5歳から入学し、8歳から中等部、11歳から高等部に在籍し、合計9年間、13歳の年に卒業となり、卒業後の1年の予備役期間に就活を行うこととなります」

(なんか自分の家名の付いた学園ってちょっと恥ずかしいな)

「そして、15歳の年の戴冠式の日をもって、私たちは軍役かそれぞれの職業に就くことになります」

 ちなみに、この国では1月1日に全ての者の年齢が増える。あっちの世界でいうところの数え年と同じだ。学園の大まかな日程は、4月から7月までの4カ月が前期課程、9月から12月までの4カ月が後期課程、2月が進級試験、3月に卒業式となっている。

(まぁ、将来のことを考えると在学中に人材発掘しといた方がいいかなぁ)

「先のことまでは、俺には考えられねぇけど、学園生活ってのは楽しみだなっ!」

「ふふふ、スティは子供ですね」

「なっ! お互い子供だろ?」

「そうですね、ですから私も楽しみですよ。ね、ジーモ様?」

(スティもクラリスも、初めて会った時と違って笑顔が多くなった。僕の力がもっとあれば、もっと多くの人を笑顔に出来るかもしれないのに……。もっと力を付けなくちゃならないな)

「「ジーモ様?」」

「おうっ! 楽しみではあるけど、それだけじゃダメだ」

「それだけじゃ?」

「ダメ?」

「そうだ。楽しんでるだけじゃ足りない。僕たちが楽しくするんだっ!」

「「っ!? はいっ!!!」」


ありがとうございました!!!!

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