第四章十五話
『なかなかムチャな作戦だな』
ドラゴン姿のオルトリーヴァの言葉に、彼女の背中につかまった大西がいつもの表情で頷く。
「そうだね」
彼らは今、樹海の上空にいる。大西のほかにオルトリーヴァに乗っている者はいなかった。二人だけのフライトだ。
「とはいえ、賽は投げられた。あとは全力でやるほかないよ」
『うん……』
オルトリーヴァが少しだけうつむく。空の中を泳ぐ巨体が静かに揺れた。
「やること自体はシンプルだ。僕たちで足止めして、いい感じのところでスフレがドカン。いつも似たようなことしてるし、慣れたもんだね」
『ドカンの威力がいつもより大きいだけな訳だな。ははは……』
彼の言う通り、今回の作戦は確かに代り映えのしないいつものやり方そのものだった。前衛が足止めをし、スフレが高威力の魔法で仕留める。違いがあるとすれば、敵がいつもより圧倒的に強力なこと。そしてそれに比例して、スフレの使う魔法も極めて強力なものであるということだけだ。
禁呪。スフレと出会って初めての依頼で聞いたそれを、大西は覚えていた。曰く、太陽の力を地上に顕現させる大量破壊魔法らしい。それほどのものであれば、魔神とて仕留められるのではないか。そう聞いた大西に、スフレは不可能ではないと答えた。
「巻き込まれないように注意しないとね」
能天気にそんなことを言う大西。今回、パーティーは三つに分かれて行動していた。まず、ハリエットは事態を伝えるため一人森の外へ向かった。そしてスフレは魔神の進行方向から推定したポイントで禁呪の準備に。ヌイはその間無防備になる彼女の護衛だ。そして大西たちが、もっとも危険であろう足止め部隊というわけである。
ずいぶんと分散したが、これはオルトリーヴァの飛行能力あってのものだ。ハリエットを森のはずれで降ろし、スフレたちも同じく予定のポイントへ送った後、今は大西と二人で魔神のもとへと向かっている。彼女の機動力がなければこんな作戦は成立しなかっただろう。
『大丈夫だ。今回はオルトリーヴァがオオニシの足替わりなんだ。絶対に逃げ遅れるなんてヘマはしない』
魔神は巨木が雑草に見えるほどの異常な巨躯だ。当然足元をチマチマ攻撃したところでなんの意味もない。オルトリーヴァに魔神の周りを飛び回ってもらい、少しでもダメージの通りそうな部分に攻撃を仕掛ける手はずになっていた。そのため、大西の背中にはヌイから借りた短弓があった。矢筒に収まった矢も、すべてスフレの魔法が込められた特別製のものになっている。その場で即席に作ってもらった代物だが、威力は折り紙付き……らしい。
そんなことができるのならば普段からやってくれと先ほど分かれたヌイは文句を言っていたが、実際のところこれは貴重なマジック・アイテムを大量に消費して行った術であり、とても普段使いできるような代物ではない。
「うん、信頼してる。任せたよ」
その静かな声音の言葉にオルトリーヴァのしっぽがピンと立ち上がり、そして即座に力が抜けた。
『信頼、か……。うん……』
重い言葉だ。オルトリーヴァはその巨大な口に並んだ乱杭歯をギリリとかみしめた。一度ならずとも二度までも暴走して大西を殺めかけた自分に、そんな言葉をもらう資格があるのだろうか。そんな考えが、頭の中で暗雲のように立ち込める。だがしかし、それでも彼はこうして変わらずに接してくれているのだ。その信頼だけは、絶対に裏切ってはいけない。
『わかった。任せておけ』
そういって、オルトリーヴァは翼に力を込めた。
大空を翔ること数分。目的のもの……魔神の巨躯が見えた。ジロリとこちらを睥睨する気配がする。その背筋が凍りそうなまがまがしい感覚に、オルトリーヴァが小さくわななく。
『……大丈夫だ。突っ込むぞ!』
しかし、オルトリーヴァの精神に先ほどのような変調はない。スフレの護符が効果を発揮しているようだ。これなら安心して戦うことができる。大西が矢筒から矢を抜き、弓につがえた。
翼が大気を蹴り、龍の巨体がぐんと加速する。米粒ほどだった魔神があっという間に間近になる。その巨神が足元の巨木をやすやすと引き抜き、無造作に投げた。猛烈な勢いで接近するそれを、オルトリーヴァが紙一重で避ける。
『……ッ! 落ちるなよ、オオニシ!』
「大丈夫大丈夫」
のんびりとした口調で答えつつも、弦を引き絞って狙いを定める大西。息を一瞬止め、そして矢を解き放った。まっすぐにとんだ矢は吸い込まれるように魔神の眉間へと命中する。そして矢じりの先端がその強靭な皮膚に触れた瞬間、矢自体が真っ青な光を放って盛大に爆発した。
『おおっ!?』
そのすさまじい爆風にオルトリーヴァの体がかすかに揺れる。ちょっとした家なら木っ端みじんにできそうな威力だ。さしもの巨人も一歩後退する。
「いいね」
大西が頷き、もう一本矢をつがえる。予想以上の威力だが、とはいえこれだけで倒せる相手ではないことは明白だ。その証拠に、爆風の中から現れたのはほとんど無傷のように思える魔神の顔だった。彼はその醜悪な顔をゆがめ、耳がつぶれそうなほどの咆哮を上げた。
「効いてるね。よしよし」
そんな爆音もどこ吹く風、大西は何の気負いもない声でそう言った。




