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第四章十二話

「なるほど、無傷なのはそういうわけだったのか」


 常と変らぬ穏やかな表情でそう言った。彼は上半身裸という露出度の高い格好だが、その肉体は傷一つない綺麗なものだ。ハリエットの治癒魔法によって、健康な状態へと完全に復元されている。

 

「本当なら助からない傷だったのよ? 前にも説明したけど、治癒魔法にも限界はある。患者の生命力という限界がね。今回それを超えられたのは、このダークエルフの持ってたエクリサーのお陰。拝んで感謝しておきなさい」


「そうだね。ありがとう、命拾いしたよ」

 

「いいとも」


 左手に持った小さな空き瓶を振りつつ、にやりと笑うスフレ。

 

「だがね、こいつは滅多に手に入らない貴重なものだ。売れば城が買えるような値段がつくような、ね。流石に幾つもは持ってない。次は無いぞ」


 エクリサーは世界樹の樹液を煮詰めて作ると言われている極めて珍しい薬品だ。スフレはこれを大昔に知人から一つだけ譲ってもらったのだ。当たり前だが、もう二度と手に入れることはできない。


「それはまた……。悪いね。この恩はきっと返すよ」


「仲間内に恩もクソもあるかい。借りがあろうが貸があろうがいざと言うときは全力を尽くすまで。そうだろう?」


「なるほどね」


 大西はふわりと穏やかに笑う。

 

「僕もそうすることにしよう」


「でも、無茶はやめてくださいよ。いつもいつも言っている気がしますが」


 そんな大西に肩をすくめるヌイ。彼女としては、この男の行動にはいつもいつもハラハラさせられっぱなしだ。無論本人に責任があるわけではないのだが、できればもう少し落ち着いてほしいというのが彼女の本音だった。

 

「努力するよ。出来るだけね」


 あっさりと言う大西に、ヌイは肩をすくめて見せた。本人はいい加減を言っているつもりなど微塵もないだろうが、さりとてあまり信用ならないというのが本音だった。

 

「まあ、それはさておき。今、一番の問題を片付けましょう」


 そう言いつつ、ヌイはちらりと後方に目をやった。そこに居たのは、大樹の根元でぐずぐずと泣き崩れるオルトリーヴァだった。

 

「どうしたの、あれ」


「……いや、ほら、アイツ、キミを死ぬ寸前まで痛めつけるのは二度目だから」


 もはやあわす顔が無い、というのが本人の弁だった。彼女の言うことも理解できるし、なによりオルトリーヴァ自身が大西を殺しかけてしまったのは変えようのない事実だ。スフレとしても、彼女にかける言葉が見つからなかった。

 

「そういえば二回目だね」


 あっけらかんと頷く大西。スフレはそれに渋い顔を返した。良くも悪くも常人とは違う価値観を持った男だ。こればかりはどうしようもない。最年長の自分がサポートするほかないだろうと、彼女は表情を笑顔に変えて肩をすくめた。

 

「アイツはさ、キミを傷つけてはいけないと考えているが、心の底では本気で戦いたいと思っている。ツガイと血みどろの殴り合いをするのはドラゴンの本能だからな」


「理屈はわかるよ。ヤマアラシのジレンマというやつだね」


「そうだ。ま、トゲがあるのはオルトリーヴァだけだが」


 深いため息を吐くスフレ。人間とドラゴンの関係は、これがあるからやっかいだ。この難儀で特殊な修正のせいで、何人の罪のない人間が殺されたことか。

 

「要するにな、理性に本能が負けてキミを殺しかけてしまった自分が憎いのさ。オルトリーヴァはな。今回の件は完全に不可抗力だが……なかなか理性で割り切れないんだよ、彼女は」


 これが大西なら自分が加害者側でもあまり気にしないだろう。ドラゴンよりも人間らしくないメンタルの持ち主だ。そう思えば、オルトリーヴァなど可愛いものだ。スフレはニヤと自嘲するように笑った。

 

「そうそうやすやすと割り切られてもそれはそれで業腹ですが」


 ため息をつきつつ言うヌイ。

 

「わたしもそう簡単に割り切れませんよ。やはり、あの子は危険です」


「そのあたりのリスクは、僕としても理解して迎えたわけだからね。責任の半分以上は僕のほうにある。ごめん」


「まったく……」


 オルトリーヴァに対しても、そして大西に対しても思う所は沢山ある。しかし珍しく本気ですまなさそうに頭を下げる大西の顔を見て何も言えなくなる自分に、ヌイはこれが惚れた弱みかと小さく息を吐いた。

 

「まあ、とにかく今はあの子をなんとかして元気づけてきてください。それは貴方の仕事です」


 本来、のんびりしている時間などどこにもない。今もあの巨大な魔神は人里を目指して侵攻していることだろう。早く対策を練らなくてはならないが、オルトリーヴァがあの調子ではどうしようもない。

 

「そうだね。仲間を泣かせっぱなしじゃだめだろう、やっぱり」


 頷いて、大西は立ち上がった。腕を二、三回まわしてから、オルトリーヴァのほうへと歩きはじめる。あとに残されたハリエットが、半目になりながらヌイに言った。

 

「オオニシは当然として、あなたも大概よ、ヌイ」


「ごもっとも、ですね」


 ヌイは肩をすくめた。

 

「ドラゴンなんかに想い人を取られたら、人間の名折れよ、あなた」


「ええ、それはもちろん。あとでこの埋め合わせはたっぷりとさせてもらいますよ。ええ」

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