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第四章十話

 大西は立ち上がりながら、すらりと長剣を抜いた。黒鋼色の刀身に紅の月光が反射し、ギラリと妖しく輝く。

 

「さて……」


 その漆のように艶やかな黒いうろこのドラゴンにひどく穏やかな目を向けて、小さくつぶやく。一度完膚なきまでに敗れたドラゴンを前にしていても、彼の態度は変わりはしなかった。

 耳をふさぎたくなるような音量の叫び声をあげ、オルトリーヴァは羽ばたいた。発生した突風によってスフレが吹き飛ばされかけ、とっさにハリエットに捕まった。

 

「きゃあああああっ!」


「わああああああっ!」


 自身も体勢を崩しかけていたハリエットはそれによって完全にとどめを刺され、二人まとめて吹っ飛んでいく羽目になった。ヌイが慌ててそれを追いかける。

 

 その背中に一瞥をくれることもなく、オルトリーヴァが大西に爛々と光る目でねめつけながら再び翼を振るう。豪風と共に巨体が持ち上がり、空を奔った。

 一瞬のうちに両者の距離が縮まる。アクセル全開で突っ込んでくる大型トラックのようなドラゴンに対し、大西は激突の直前に地面を蹴ってジャンプした。

 

「ぐっ!」


 宙返りしながらオルトリーヴァの背中に降り立つ。しかしその相対速度は百キロを優に超している。そのままでは吹き飛ばされる。着地と同時に剣を漆黒の鱗の隙間に突きたてた。名工の手で鍛え上げられた鋭い切っ先が分厚い皮膚を貫通し、杭のように突き刺さる。ながされかけていた大西の身体が急制動され、なんとか背中に張り付くことに成功した。

 一方、オルトリーヴァの方は大した痛痒も感じていないらしくそのまま羽ばたいて上昇に転じた。人間からすれば十分な大きさの剣でも、ドラゴンからすれば爪楊枝のようなものだ。まして、極度の興奮状態にある今の状態では痛みでひるませることすらできない。

 

「よし」


 とはいえ大西もそれは予想済みだ。猛烈な速度で急上昇するオルトリーヴァからはね飛ばされないよう慎重に鱗に捕まり、剣を身体から抜いて鞘に納めた。そのまま、フリークライミングの要領でオルトリーヴァの背中を登って行く。

 

「蜘蛛か何かですか、あの人は」


 その姿を卓越した視力で地上から見ていたヌイがあきれ半分に呟く。

 

「おっと」


 そんなことを言われていることも知らずに、大西はゆっくりと登って行く。目指すは頭部、目だ。どんな生物であれ、目をやられて無事ですむはずもない。体躯とタフネスに圧倒的な差がある以上、狙うのはそこしかない。相手は仲間ではあるが、それしか手は無い。

 とはいえオルトリーヴァも無抵抗ではない。一気に高度千メートル以上まで上昇し、そのまま急降下を開始した。スピンのおまけつきだ。ジェットコースターばりのアクロバティック飛行。急激な気圧の増減と四方八方に方向を変えるGが大西を襲う。

 

「うっ」


 さしもの大西もこれはたまらない。意識を飛ばしかけるが、なんとか耐えつつ前へと進む。

 

『いやっほおおおおおおおおおおう!!』


 暴力的な風の音が大西の鼓膜を支配する中、彼の脳内に歓喜の声が響く。当然、出所はオルトリーヴァだ。例のテレパシー能力だろう。しかしその様子はとてもまともなものではなく、説得などとても通用しそうにない。

 

『楽しいなあ! 楽しいだろう! オオニシ!』

 

「そんなには……」


『あっははははははは! たーのしー!』


 言葉が通じていない。やはり暴力的な手段で正気に戻すほかないだろう。なんとか大西は先へ進もうと手を動かしたが、それと同時にオルトリーヴァが地表すれすれまで急降下した。

 

「マジか」


 当然、地上は鬱蒼とした樹海だ。その巨体と速度を持って、大きな木々をなぎ倒しながらオルトリーヴァは飛ぶ。凄まじいパワーだ。

 

「無理無理」


 とはいえ巨樹に衝突して無事なのはオルトリーヴァだけだ。いくら魔力で耐久を強化できるとはいえ、生身でこのようなブルドーザーめいたことをすれば流石に死は免れない。大西は躊躇なく手を放してオルトリーヴァから逃げた。風と衝撃に揺れる木々を蹴って勢いを殺し、難なく地面に着地する。

 一方のオルトリーヴァといえば、幾本もの巨樹をへし折り、そして歓声を上げながら上昇に転じる。まったく凄まじい馬力だった。

 

「さて……」


 オルトリーヴァの身体に取りつき、うろこの薄い部分や目などの攻撃の通りそうな場所を狙う腹積もりだったのだが、目論見は完全に外れてしまった。やろうと思えばもう一度取りつくのも不可能ではないだろうが、しかし間違いなく同じようにしてあっという間に地上に降りる羽目になるだろう。彼女の曲芸飛行はジェットコースターより何倍もエキサイティングだ。

 龍のような巨大存在と戦うとき、選べる手段は決して多くない。一寸法師のようにいったん食われて腹の中から攻めると言う手もあるが、どう考えても無事に帰ってこられないだろう。ならばとれる手段は一つ。

 

「……」


 大西は無言で剣を持っていない右手を開き、そして握りしめた。そして全速力で走りはじめる。目指すは開けた広場だ。短い滞空時間だったが、それでも近くにちょうどよさそうな場所があることを、彼は見逃していなかった。

 木々の間を縫うように進み、あっという間に目的地に。ざりざりとブーツの靴底で土を削りながら停止する。木の全く生えていない、開けた場所だ。大型妖魔の戦闘の後か、巨大な倒木や切り株がいくつも落ちているものの、森の中に比べれば圧倒的に見晴らしはいい。

 

「……」


 大きく息を吸い、そして吐く。身体の中の魔力を練り上げながら、空を見上げた。凄まじい羽音を立てながらオルトリーヴァが接近してきていた。狙い通りだ。拳を握り、構える。

 

「南無三」


 ドラゴンに向けられたその目には、いかなる感情の動きも感じられない。オルトリーヴァは猛スピードでこちらに向かってくる。その歓喜の咆哮と精神波が耳朶と脳を同時に揺すった。それに何の反応も示さず。地面を右足で踏み抜いた。そして、衝突。大西の拳とオルトリーヴァの頭がぶつかった。

 圧倒的重量差のある両者だが、おどろくべきことに圧倒的有利なはずのオルトリーヴァは轟音を立てつつ吹っ飛んでいた。地面で何度もバウンドし、そのまま広場の端の巨木にぶつかって沈黙する。

 対する大西も無事では済まない。こちらも羽根屑のように軽々と宙を待っていた。オルトリーヴァに強烈な拳打を見舞った右腕はスクラップのようにねじ曲がっている。そのまま木にぶつかり、受け身を取る様子すら見せずに地面にたたきつけられた。そのまま、糸の切れた操り人形のように動かなくなる。喧騒に包まれていた樹林に、静寂が戻った。

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