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第四章八話

「なかなか……苦戦してるみたいだなあ」


 木の枝に座り、脚をぶらぶらと揺らしながらスフレが言った。マスクを外した彼女は、その双眸を遠くに向けている。

 時刻は既に夜。中天ではいつにもまして禍々しい真紅の月が煌々と輝いている。一行は現在、妖魔たちの集団からやや離れた位置に生えている一本の巨木の上に居た。樹齢数百年以上の巨大な木々が立ち並ぶ蒼の森の中になって尚大きなこの木の上は見張りをするには最適の場所だ。事前の計画では魔神の討伐が終わればフランキスカが合図をだし、大西たちが再び合流に向かう手筈だったため、周囲が見渡せてなおかつある程度安全なこの場所が待機場所に選ばれたのだ。

 

「まさか……やられたなんてことは無いわよね」


 こわごわと周囲を見回しながら、そんなことを言うハリエット。このような高所に慣れていないこともあり、その声は恐怖に震えていた。周囲が妖魔だらけの魔境だということを差っ引いても、大西たちが居る枝は十階建てのビルよりも高い場所に有る。怖がるなと言う方が無理だろう。オルトリーヴァに背負われて気を上っている間も、彼女はマシンガンのように不満の言葉を放ち続けていた。

 

「大丈夫じゃないかな。まだ、戦ってる気配はあるし」


 木の幹に背中を預けた大西が、気楽な口調で答えた。こちらは相変わらずの自然体で、普通の野営地に居るのとまったくかわらないようなリラックス具合だった。

 

「ああ。問題は無いだろう。このビリビリする感じは……オルトリーヴァはナマで見物したいくらいだ。残念でたまらない」


 遠くから放射される強烈な殺気と戦意、そしてドラゴン特有の鋭敏な聴覚が捉える戦闘音に体を震わせるオルトリーヴァ。戦場から離脱してずっとこの調子だった。

 

「見物したい、ですか。参戦したいとかではなく?」


 苦笑するヌイ。その声には、若干の呆れも含まれていた。

 

「まさか。オルトリーヴァは戦闘狂ではないし、他人の得物を横取りするような野暮なこともしない」


「そうですか」


 ヌイは肩をすくめた。そして腰に付けた道具袋から干し肉を取出し、落ち着きのないドラゴンに投げてよこした。

 

「まあ、なんにせよ今は待機するほかありませんから。お腹、すいているでしょう」


「ん!」


 器用にそれを口でキャッチし、元気に返事をするその姿にハリエットが思わず噴き出した。一行の中では最も背が高いというのにまるで子犬のようだ。

 

「ほんと、のんびりしてるわね。こんな場所で、こんな状況なのに。冒険者ってみんなあなたたちみたいに肝が据わっているのかしら?」


「それは、人によりますけど」


「このパーティはだいぶ特殊だぜ。参考にならないぞ」


「薄々そんな気はしてたわ」


 肩をすくめるハリエット。そのいかにも『しょうがないなあ』という表情に、ヌイが片眉を上げた。

 

「私はごく普通の冒険者ですよ。特殊事例のように言うのはやめてください」


「そりゃ失礼。ごめんごめん」


 カラカラと笑いながらそういわれてしまえば、もう黙るしかない。ヌイもつられたように笑った。

 

「ただまあ、なんといいますか……」


 そして口元を抑えて笑いをかみ殺した後、ヌイはその視線を大西に向けた。

 

「オオニシが大丈夫と言っているのですから、大丈夫でしょう。きっと魔神だってちゃんと討伐されますよ」


「前もそんなことを言ってたわね、貴女。まったく……」


 口角を上げるハリエット。


「そりゃあもちろん」


 にっこりと笑い返して、ヌイは立ち上がった。そして不安定な枝の上をひょいひょいと器用にわたって、大西の横へと移動した。彼の横にちょこんと座りなおした彼女は、ことさらに体を寄せて言う。

 

「信頼してますからね。ええ」


「おお、痒い痒い。そんなこと、よくもまあ堂々と」


 ハリエットは若干の険のあるある声でそう言い、そして自分でもその口調におどろいたように目を丸くしてからため息をついた。

 

「……わたくしも、もしかしたら人のことを言えないのかも」


「はっはっは、状況が状況だ。若さを暴走させるのは勘弁してくれたまえよ、君たち」


「暴走?」


 よくわかっていない声で、大西。相変わらずの極まった朴念仁ぶりだ。

 

「修羅場と言うことだよ」


「この話、やめない? 居心地が悪いったらないわ……」


 両頬を抑えてハリエットが呻く。色恋について自己主張ができるほどの恋愛経験もなければ、感情に任せて暴走するほど無資力でもない彼女としては、これ以上この話を続けられても困ってしまう。スフレの言うように、修羅場などと言うのは彼女自身御免こうむりたかった。なんといっても、人生初めての”仲間”だ。喧嘩などしたくない。

 

「そうだな。まあ━━」


 スフレが頷き、得意げに何かを語りだそうとしたその瞬間だった。夜の樹海に激震が走った。巨木が大きく揺れ、ハリエットが足を滑らせて落下しかける。悲鳴を上げる彼女の襟首を、オルトリーヴァが慌ててキャッチした。

 

「なんだ!?」


 人間の動体の数倍はありそうな枝にしがみつきながらスフレが叫ぶ、尋常な振動ではなかった。異常事態が発生したに決まっている。

 

「スフレ、あれ」


 大西が遠くを指差していった。その方向に視線を移したスフレが目を剥く。

 

「ありゃあ━━」


 そこに居たのは、巨人だった。むろん、単なる巨人であればスフレも大して驚きはしない。既にサイクロプスとも遭遇しているのだから、巨人種の出現自体は予想の範疇だ。スフレが驚いたのは、その異様な体躯に大してだ。

 二十~三十メートル程度はある周囲の木々が、まるで少々背の高い程度の下草のように見えるほどの巨体だ。身長は百メートルは軽く越しているだろう。巨人種の中でも、これほどの巨体を持つ種はほとんど居ない。

 

「どこからあんな化物が!? さっきまでは居なかったはず……」


「地面から生えてきたように見えたよ。地中に潜んでいたのかな」


「地面の中、ですか。そんな巨人、聞いたことがありません」


 ヌイが首を振った。そんなモグラめいた真似をするような巨人など存在するとは思えない。だいたい、百メートルオーバーの巨体が地中を移動すれば、それだけで音や振動などの大きな兆候が発生するだろう。先ほどまで、そんな気配は微塵も感じられなかった。

 

「地面、地面と言ったか!? 不味いぞ」


 聞いたこともないような声音でスフレが叫ぶ。その異様な声に、全員の視線が彼女に集まった。


「魔神だ。それしか考えられない」


「ど、どういうことです?」


 魔神は今まさにフランキスカが対処しているはずだ。それに、魔神と言っても先ほど目撃した物とは身体の大きさも姿も何もかも違う。

 

「魔神ってヤツはだいたい、地下で休眠しているんだ。それが時々覚醒して、人様に迷惑をかける。どうもボクらはその現場に居合わせちまったらしい」


「今日会ったあの獣型の魔神とは別の方だと?」


「そういうこと。ダブルブッキングってわけさ、最悪の」


 あの魔神がケモノのナリをしてた時点で違和感を覚えるべきだったと、スフレは小さく吐き捨てた。この森に居たのは人祖、すなわち人型妖魔の親玉の欠片である可能性が高いとされていたのだから。


「ど、どうするのよ。まだ大公閣下はあの魔神を仕留めてないんでしょう? 二匹も対処するなんて無理じゃあないかしら?」


「どうするったって……」


 そこまで言ったスフレが、不意に口をつぐむ。猛烈な悪寒が背中に走ったからだ。スフレだけではない。大西以外の全員が、先ほどまでとはまた別種の冷や汗を顔に浮かべている。視線を巨人に戻す。

 

「み、見られて……いる?」


 光源が星と月しかないため、巨人の姿はおぼろげにしか見えない。しかし、確かに粘つくような視線を感じたヌイがかすれた声で呟いた。

 次の瞬間。天を衝くような咆哮が再び森を揺らした。しかもそれは、単なる大音量の叫び声などではない。呪詛を込めたような、黒々としたものを感じさせる声だった。

 

「今度はなんです!?」


 耳をぺったりと伏せながらスフレが言った。


「強制命令! なんつー視力だ、あの距離からこっちの正体がばれてやがる……だが、効かないね!」

 強制命令。その聞きなれない単語に、大西は出立前にスフレが語っていた言葉を思い出した。魔神には、妖魔を操る能力があるのだ。しかしスフレは操られるような様子はない。その瞳は、理性の光を宿したままだ。

 

「やつはさっき、ボクにキミたちを襲えと命令したんだ。ふふん。だがいったろう、対策はばっちりってさ」


 得意げに語るスフレ。だが、その声に被せるようにして、再び咆哮が上がった。今度は、先ほどとは明らかに声音が違う。

 

「うぇッ!? マ、マジか。そう来るかよ、ヤバい!」


 スフレが顔色を変えた。明らかに想定外のことが起こった顔だ。ハリエットがどういうことかと問い詰めようと口を開いたが、それより早くスフレが叫んだ。

 

「オオニシ!逃げろ!」


 まさかの個人指名だった。しかしその警告は、遅きに失していた。大西は既に吹っ飛ばされていた。オルトリーヴァによる突然の体当たりによって。彼は悲鳴も上げずに夜の森の中へ落下していく。それを追いかけるようにして、オルトリーヴァが続いて木の下へとダイブしていった。

 

「ヤッベ、不味いどころじゃないぞ。どういう搦め手だクソッ!」


 事情を察しているのは毒づくスフレのみ。後の面々は、あっけにとられることしかできていなかった。

 

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