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第四章六話

「せいやぁぁぁぁ!」


 斧槍の渾身の一撃が、大狼(ジャイアント・ウルフ)の顔面に突き刺さった。人間の数倍の体躯を誇る巨体が、ゴム鞠のように吹っ飛んでいく。その姿を気にすることもなく、オルトリーヴァは新たな敵に狙いを定めた。

 大乱戦。そうとしか形容のできない混沌とした戦場が、そこにはあった。見渡す限り、敵・敵・敵。歴戦の冒険者であるヌイですら見たことの内容な数の妖魔があたり一面に居る。隠密行動を取ろうと言った下の根も乾かないうちにこれなのだから、苦笑すらできない。

 

「……」


 大西が巨体のハイ・オークの棍棒の一撃を貰ったばかりの長剣で受け流し、そのまま強烈な右ストレートを顔面に叩き込む。たたらをふんだハイ・オークの喉に、長剣の切っ先が突き刺さる。崩れ落ちるハイ・オーク。

 剣を使った実戦は初めてだろうに、大西の動きは完全に熟練者のそれだ。もっとも、左手に剣、右手に拳という奇妙な構えであり、ほとんど拳法の延長のような動きをしている。

 

「うひゃあああ!」


 悲鳴を上げながら別のハイ・オークから逃げるハリエットをちらりと見て、大西はスラリと腰からナイフを抜き、投げつける。狙いたがわず、小さなナイフはハイ・オークの肩へささった。一般オークよりもさらに大柄な上位種であるハイ・オークにとっては致命傷には程遠い攻撃ではあるが、それでも一瞬動きを止める程度の痛痒は与えられた。

 そしてその大きな隙を逃すはずもない。ヌイの放った矢が額に突き刺さる。一拍おいて、もう一本の矢が心臓に。ハイ・オークはその矢を抜こうと手をやったが、大西のとび蹴りによって吹き飛ばされそのまま絶命した。

 

「ひええ……」


 恐怖のあまり顔を真っ青にしたハリエットが大西に駆け寄る。一般人同然か、あるいはそれ以下の彼女の体力では、この戦場はあまりに酷すぎる。

 

「離れないようにね」


「あなたから離れていったんじゃないの!」


「それもそうか……ごめん」


 大西は前衛だから前に出ないわけにはいかない。しかしそれにハリエットがついてこられるはずもない。参ったなと大西は頬を掻いた。

 とはいえ、スフレも言うようにこの手の遠征で回復役が居ないのはあまりにリスキーだ。他にヒーラーのつてが無い以上、彼女を王都に置いてくるわけにもいかなかった。

 

「……いやはや、大変だな。だが、このヤマを越えれば楽になるはずだ。本命は近そうだからな」


 どこか楽しそうな声でフランキスカが言う。圧倒的な実力を持っているだけあって、余裕綽々の態度だ。多数の妖魔が彼女にもまとわりついているが、まさに鎧袖一触。近づいた端から切り捨てられており、まったく脅威になっていない。

 

「魔神がこの近くに?」


 ヌイが眉を顰める。周囲の気配を探ろうとするが、見通しの悪い森の中だ。おまけに周囲に大量の妖魔が居ることもあって、それらしい気配など感じとれるはずもなかった。

 

「そうでなければこの数の妖魔がいるのはおかしい。なに、この調子で戦っていれば、すぐに向こうから顔を出すさ」


 大西の背中で講釈を垂れるスフレ。戦闘の邪魔になっているようにしか見えない文字通りのお荷物状態だが、適切に魔法による援護射撃を行っており、あるいみこの状態が攻防一体の万能フォームなのかもしれない。そもそも身体能力的にはハリエットすら下回る彼女のことなので、むしろこれ以外の場所に居るのは危険だろう。

 

「その通りである! 予定通りに状況は推移している。むしろ想定よりかなり早く魔神と遭遇できそうだ」


 スフレの言うように、この妖魔の大軍は魔神の取り巻きである可能性が高い。とうぜん、それらと交戦すれば、魔神の方からこちらに近づいてきてくれると言う寸法だ。魔神とて、むざむざ配下を減らされるようなことは減らしたい。フランもスフレも魔神との攻潜経験があるから、連中が絵本の中の魔王のように腰の重い存在ではないことはよく知っているのだ。

 

「それはよござんしたね」


 渋い顔をしながら肩をすくめるハリエット。そして突進してくる巨大なイノシシの姿を見て、情けない悲鳴を上げつつ大西の後ろに隠れた。大西はこれを迎撃しようとしたが、それより早くスフレの放った火球が大猪を黒焦げにする。

 

「皮肉を言ってる場合じゃないわねホント……」


 生きた心地がしないとはこのことだ。ハリエットは真っ青な顔でつぶやいた。

 

「いやあ、ははは。思った以上に無茶だったなあ、これは。ははは」


「笑っている場合じゃなくってよ!」


 こんな危険な場所に自分が居ること自体がおかしいと、ハリエットはスフレに向かって鋭い声で突っ込んだ。

 

「そうだな。それに、そうでなくとも消耗も避けたいところだ。ふむ」


 マスクの下に手を突っ込み、つるりと顎を撫でるスフレ。当然その間も戦闘は続いているわけだから、ハイ・オークの放った投げ槍を回避するため大西がジャンプし、スフレは危く振り落とされそうになった。

 

「おあっぶ! あっぶね……」


 両手で大西の肩をしっかとつかみ、スフレは首を振った。こうして彼女が余裕の態度でいられるのも、大西の機動力あってのことだ。落ちでもした日には、ハリエットとともに泣きながら逃げ回るほかなくなる。

 

「まあ、そのなんだ。大公閣下、ようするに魔神をおびき寄せればいいんだろう? ん?」


「そうだが! 策でもあるのか?」


「策なんて大層なもんじゃあないよ。派手にやれば目立って向こうから来てくれる。そういう算段なら、もっともーっと派手にやったほうがいいんじゃないかと思ってね」


「なるほどな。うむ、良い。許す! 好きなだけ派手にやるが良い」



 小屋ほどもある大きさの猪をなます斬りにしつつ、フランキスカは大笑した。

 

「りょーかい! んじゃま、準備をさせてもらうよ。しばらく支援できないから気を付けるように」


「わかった」


 さしものスフレも、大魔法の発動準備中にほかの魔法を使うような器用な真似はできない。その杖の先端に灯る光は、いつものものよりも明らかに輝度の高いものだ。

 

「早くしなさいよ!」


「わーって……んっぐ」


 大仰にスフレが頷こうとしたその瞬間、大西が大きな狼に向かって強烈な踏み込みと共に急接近したため、彼女は舌をかんでしまった。仮面の下で涙を浮かべつつ、スフレは杖を握る手に力を込める。

 

「……ごめんね?」


「もうよけいなことは喋らないぞ!」


 狼の眼孔に剣先を突き入れる大西にしがみついたまま、スフレは叫んだ。

 そしてその数分後、いよいよスフレの魔法が完成する。そのまま弾け飛びそうなほどの光をたたえた杖を空に向かって高々と掲げ、スフレは叫ぶ。

 

氷檻破陣アイシクルプリズン・オーバーブレイク!」


 撃発(リリース)。杖に内蔵されたオペレーション音声の味気ない声と共に、魔法が発動した。空に巨大な魔法陣が走り、いくつもの巨大な氷柱が大西たちの周りを囲むように円を描くような形で周囲に落着する。

 

「おうっ!?」


 その地鳴りめいた音に、フランが感心した声を上げた。しかし氷柱はあくまで狙いもつけずに落下しただけであり、それに巻き込まれた妖魔などごくわずか。

 

「ううん? 規模の割には……」


 そう呟いたヌイに応えるようにして、更なる異変が起きる。地面に突き刺さった氷柱から、凄まじい勢いで冷気が噴射され始めたのだ。あっというまに、夏場のみずみずしい森が凍り付いていく。

 そしてそれは、生きて動いている妖魔たちも例外ではない。冷気に触れた妖魔たちは一瞬で凍りつき、氷像めいて固まった。恐ろしい威力だ。

 

「ボクの周りに集まれ! ほらハリーハリー!」


 その様子に一瞬呆気にとられていたヌイたちは、あわてて混乱する妖魔たちをかき分けて大西のもとに集まってくる。

 冷気はみるみるうちに範囲を広げ、あっというまに周囲を氷原に変えた。無事なのはスフレの周りの半径数メートルのみだ。そこ以外は、もれなく全てが凍り付いていた。大漁に居たはずの妖魔たちも、その全てが完全に凍りついてしまっている。

 

「ひええ……」


 肌を刺すような寒さに身を縮めながら、ハリエットが唸った。恐怖のあまり、ほとんど大西に抱き着くような形になっている。その豊満な胸が彼の腕に押し付けられ、ヌイが少々剣呑な目つきになった。

 

「ま、こんなもんさ。ふふん?」


 大量の妖魔を一掃したスフレは、得意満面の笑みを浮かべていることがありありとわかる声でそう言った。実際、この一撃で氷像に変わった妖魔は二桁代後半は居るだろう。ベテラン冒険者ですら難儀するような妖魔も少なからず含まれているが、それらが氷の戒めを破ってまた暴れ出すような様子もない。

 

「はっはっは。本当に派手にやらかしたなあ! これは気分がいい。よいよい、褒めて遣わす。はーっはっはっは!」


 上機嫌にスフレの背中をバンバンと叩くフラン。スフレはその洒落にならない威力に、大きな悲鳴を上げた。

 

「おお? すまんすまん。くくく」


 なおも小さく笑いながらフランは彼女の背中を撫でた。そして表情を引き締め、遠くの方へと目をやる。

 

「うむ、うむ。どうやら本来の目的も果たせたようだ。あとは余の仕事だな……」


 そう呟いた瞬間、凍りついた巨大な大樹が砕ける凄まじい音が響き渡った。もうもうと巻き上がる白い煙。

 

「うおっ! もう本命が来たか……」


 スフレが身を固くする。だんだんと晴れていく煙の中に居たもの、それは象ほどもある大きさのサーベルタイガーだった。

 

「あれが、魔神か……」



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