第四章五話
一つ目巨人。巨人種の中でも、とくに有名かつ強力な妖魔だ。かつて大西たちが遭遇した巨人、トロルの倍近い体躯をもち、そのタフネスは一国の軍隊の総攻撃にすら耐えうると言われている。
「大物だなあ。はっはっは」
巨木をなぎ倒しながら接近するソレを目にしても、フランキスカの表情に焦りはない。腰に佩いた刀をすらりと抜き、構える。木漏れ日を反射し、刀身がギラリと輝いた。
「なっ……蒼の森で、サイクロプス!?」
梢の向こうにチラチラと映るその一つ目の凶悪な面構えを見て、ヌイが絶句する。
「ま、十中八九魔神の影響であろうよ。よくあることだ」
魔神はいわば妖魔の親玉のような存在であり、当然その周囲の妖魔たちは活性化する。本来、その場所には生息していないような凶悪な妖魔が湧くことも、また日常茶飯事だ。
そんなことを話している間にも、サイクロプスは重々しい音を立てて巨木をなぎ倒しつつこちらへ接近してきている。あきらかにこちらの存在に感づいている動きだ。巨大な一つ目がぎらりとひかり、大西たちをねめつけた。
「見ているが良い」
言うなり、フランはどんと地面を蹴って弾丸めいた速度で飛び出していった。一瞬でサイクロプスの足元まで肉薄する。
この速度はさしものサイクロプスも驚いたのか、あわててその周囲の巨木と比べてもそん色のない太さの灰色の足でフランを踏みつぶそうとする。
「遅いわァ!」
フランキスカはこれに対し、なんと回避ではなく迎撃を選んだ。腰から左手で鉄鞘を抜き、そのまま踏み下ろされる足の裏へと叩きつけた。
周囲一帯がざわりと震えるほどの音が響く。巨人とただの人間。その間にある絶望的な体格差をものともすることなく、フランはサイクロプスに押し勝った。巨人は体勢を崩し、たたらを踏む。
「ふん!」
鞘を投げ捨て、フランキスカはジャンプした。木々の梢を超え、サイクロプスの眼前へと飛び出した彼女は刀を一閃する。首を狙った動きだ。
サイクロプスは身をよじり、何とかそれを避けた。しかし完全には回避しきれず、首の代わりに左の肩をばっさりと切断される。常識はずれの大きさの腕が血しぶきを上げながら地面へ落ちて行った。
「洒落くさい!」
当然、魔法の補助など無いわけだから跳躍の勢いが失われればフラン自身も落下する他ない。落ちていく中、彼女は手近な木の幹を蹴った。再び飛び上がった彼女の白刃は、今度こそサイクロプスの首を捉える。巨人から見れば爪楊枝のような大きさの刀が閃き、象の動体染みたサイクロプスの首を綺麗に両断した。
力なく崩れ落ちる巨体を背に、彼女は優雅に着地し刀の血を払う。
「ふん、手間取ったか」
不満げに鼻を鳴らす彼女の前に、投げ捨てたはずの鉄鞘が飛んでくる。難なくそれをキャッチしたフランは、それを剣帯に戻しながら鞘の出所に目をやる。オルトリーヴァだ。
「凄まじいな。これほどの使い手がいるとは……オルトリーヴァは想像したこともなかった」
「余はスペシャルだからな。そうそう余人に真似のできることではあるまい」
鞘に刀を収めつつ、今度は得意げな笑みを浮かべるフラン。確かに、こうも鮮やかに上級妖魔を仕留められる戦士など、王都にもほとんど居ないだろう。
「とはいえだ。この程度のことで関心をしている暇はないぞ。おそらくこの先、サイクロプスレベルの妖魔は飽きるほど遭遇するはずだ」
「魔神が相手だからな。そりゃあ、取り巻きの顔ぶれも豪華なものさ。やんなるよなあ……」
大西の背中からあきれたような声を出すスフレ。
「もうだいぶお腹いっぱいなんだけど。もう帰っていいかしら」
ハリエットが蒼い顔で言った。ほんの先日はでは部屋から出る事すら稀な生活を送ってきた彼女が、いきなりこのようま怪獣大決戦めいたイクサを見せられれば、怖気づくのもいたしかたないだろう。
「悪いけど我慢してほしい。いざというときに治癒魔法があればリスクを大きく減らせるからな。キミはパーティーの命綱みたいなものさ」
「まあまあ。随分とわたくしを買ってくれているのね」
わざとらしく体を震わせるハリエット。初対面の時のイメージのせいか、彼女はスフレが厳しいことばかりを言うようなイメージがあった。
「事実だからねえ、そこのところは。キミにいなくなられちゃ本当に困る」
「……そ。わかったわ」
ここまでいわれたら、不承不承でも頷くしかない。とはいえ、恐怖を覚えるなというのも無理な話。そろりと大西の方に近づいた。
「とはいえ、実際問題交戦はできるだけ避けたいところですね。体力も魔力も有限ですから」
「そうだねえ」
ヌイの言葉に大西も頷いた。先ほどのサイクロプスも、やろうとおもえば大西たちのパーティーで対処できないことは無いだろう。大西とヌイが遠近から攪乱しつつ、オルトリーヴァが足止め。そしてスフレが遠距離から止めを刺す。なんだかんだとこのパーティーは質もバランスもいいのだ。
とはいえそれはあくまでサイクロプス一体に注力できる状況に限り、だ。あんなのが複数出現されたら対処は不可能に近いし、そうでなくとも何度も遭遇すれば戦闘リソースはあっというまに尽きるだろう。しかし戦闘は全てフランキスカに投げるというわけにもいかない。
「巨人ばかりでてこられたら、僕としてもだいぶ困るし」
「そればっかりは運だ。神様にでも祈りたまえ」
「仏様は来世利益専門だから……」
「ははは。そりゃ残念。代わりにボクが祈っておくよ」
肩をすくめるスフレ。
「コソコソ進むのは余の性に合っていないのだがなあ。まあ、致し方あるまいな」
フランキスカがため息を吐いた。これが王都の部下たち全員を投入可能な作戦であれば、彼女は間違いなく正面突破をしていただろう。それが出来なかったのは、上司である国王にゴネられたからだ。
エルトワールは疎まれてはいるものの、王室の強力な懐刀であることには違いない。全員が王都を離れるなどありえない、というのが王の言い文だった。下手な敵より、味方の方が厄介だと思わずにはいられないフランだった。
「ヌイの言うとおり、余の体力も無尽蔵ではない。魔神とやり合う前に消耗するわけにはいかん」
大西たちは強力な冒険者パーティーにはちがいないが、さすがに力押しでこの魔境を正面突破するほどの戦力は無い。慎重に前進する他ないだろう。
「あまり派手な動きはせんよう気を付けるて進むとしよう」
あまりゆっくりしているわけにもいかない。フランキスカは一向にそう語りかけ、脚を前に進め始めた。




