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第四章三話

「しかし、なかなか厄介なことになりましたね」


 その日の夜、大西のテントでヌイがそう言った。愛用の折りたたみ椅子に背中を預けた彼女は、物憂げな表情で外を見ている。

 

「話を聞くに、なかなか強そうだよねえ。あんまり戦いたくない感じ」


「それは勿論。冒険者や騎士の中でも、人外の領域に到達した者のみしか挑みえない相手ですよ」


「直接戦うわけじゃないとはいえ、十分に注意しなきゃね」


 魔神との決戦はフランが行う手筈になっている。大西たちはその後方でフランの邪魔をする雑魚を抑えるのが仕事だ。とはいえフランが敗れれば魔神はそのまま大西たちを襲うだろうし、そうでなくとも何かの拍子に戦いに巻き込まれてしまう可能性は十分にある。気楽にこなせる仕事ではないだろう。

 

「そうそう、準備はしっかりとしておくべきだ。やりすぎるくらいが丁度いいんだよ、魔神なんて奴らと戦うときはさ」


 珍しく真剣な声でスフレが言った。彼女は自分のカバンの中身を全て地面にぶちまけ、なにやら整理している。全身に大量の細かい文字が刻まれた木人形やら琥珀色の液体の入った小瓶やら、見るからに怪しいアイテムばかりよりだして白衣の下にしまい込み、古びた本の埃を叩いて落とす。

 

「……こういうことを、仲間に対して聞きたくはないのですが」


「なんだい?」


「妖魔の貴女が、魔神と戦うというのは妙な話ではありませんか? 親のような物でしょう、魔神は」


 震えの混ざったヌイの声に、スフレは振り向く。くぐもった笑い声とともに、肩をすくめる。

 

「ま、当然聞かれると思ってたよ」


「すいません」


 実際、仲間に対してはあまりに失礼な質問だろう。出会ってから今まで、スフレという人物は一貫して大西やヌイたちの味方としてふるまってきた。怪しい点など無いし、ヌイ自身まさかスフレが裏切るだなどと言う可能性は考えたくもないくらいには彼女を信頼している。

 

「いやいや、いいさ。そうやって真正面から着てもらった方が、ボクとしてもありがたいからね」


 そう言いながら、スフレはマスクを脱いだ。ヌイがテントの出入り口に布を垂らし、外からの視線を遮断する。その自然な動きにスフレの口元がほころんだ。

 

「や、ありがとう。……最初に一つ言っておくとだ、ボクは自分を妖魔だとは思っていないんだよ。ヒトなんだよ、少なくともボクの中ではね」


「ヒト、ですか」


 妖魔とヒトは相容れぬ存在であることは、この世界の常識だ。たとえ人型をしていても、妖魔は妖魔であって人間ではない。ゴブリンやオーク相手に慈悲をあたえることなどありえない。

 とはいえ、今この場で躊躇なくスフレを殺めることができるかと言えば、ヌイにはとてもできないだろう。改めてその事実に思い至り、ネコミミをひしゃげさせながら顔をしかめるヌイ。

 

「難しい……話ですね」


「二足歩行して言葉を話すなら人間でいいのでは」


「悪いがキミの意見は聞いてない」


 大西の言葉をバッサリ切るスフレ。彼は異世界人だし、そもそも感性も価値観も独特過ぎる。それに助けられたり癒されたりすることもあるが、今はヌイと話しているのだ。

 

「ボクの両親はさ、エルフなんだ。ダークエルフじゃあない」


「えっ……?」


 その予想外の言葉に、ヌイは言葉にならない声を上げた。その視線を真正面から受け止めつつ、スフレが続ける。

 

「それこそ、魔神のせいなんだよ。ボクの母が魔神討伐に参加した時、瘴気の影響を受けたのさ。自覚が無いとはいえ、身重だったらしいから」


「そんなことが……?」


「あくまで仮説……というか状況証拠からの想像だけどね。ま、因果関係はどうあれだ。ボクは両親ともにエルフだったというのに、ダークエルフとして生を受けてしまった。非常に残念なことに」


 感情の読みにくい、平坦な声だった。ヌイが口をへの字に結び、大西が小さく「なるほど」と頷く。

 

「当然、母も父もボクを持て余した。結局早いうちから両親と離れて━━いや、それはどうでもいい話だ。とにかく、ボクはヒト族の子供として生まれて、ヒトに混ざって生きてきた。妖魔に同族意識なんか持っちゃいないんだよ」


 何人か妖魔の知り合いは居るがね。そう続けてから、スフレは言葉を切った。ヌイが口を開き、そして言葉が出てこないままそれを閉じる。街の方から聞こえてくる遠い喧騒が、いやに耳にまとわりついていた。

 

「……そんなのだからさ、魔神に対してはむしろ敵意をもっているくらいだ。蒼の森なんて近所に居られたら迷惑だ。容赦をする気は微塵もないよ」


「ええ、ええ。わかりました。私のあまりにも礼を失した発言を謝罪します。ほんとうに申し訳ありません」


 ここまで踏み込んだ事情を聞いて、なおスフレに疑いを向ける気はヌイにはさらさらなかった。もちろん嘘八百を言っている可能性だってあるだろう。しかしそれでも彼女を信じる気になったのは、短いながらも濃いここ半年ほどの期間を共に過ごした信頼あってのことだ。

 

「いやいや、そこまでしなくともいい。大丈夫だ、ホラ。全然気にしてないからさあ」


 立ち上がって深々と頭を下げるヌイにスフレは慌てて駆け寄り、力づくで頭を上げさせる。

 

「笑え笑え! ボカぁ湿っぽいのは嫌いなんだ」


 そういって強引に頬を引っ張ると、ヌイはそのあまりにも無理やりなやり方に思わず吹き出してしまった。張りつめていた空気が、一気に緩む。

 

「……とはいえ、懸念事項が一つある」


 ヌイから一歩離れ、スフレが表情を引き締めつつ言った。ヌイも真顔に戻り、先を促す。

 

「魔神には特殊な能力がある。配下の妖魔に強制的な命令を与えることができるんだ。本人が望んでいないような内容でもな」


「操ることができる、ということ?」


「そうそう。なにせ魔神……というか、源魔にとって妖魔は自分の身体の一部みたいなものだからね。これの命令には、強烈な拘束力がある」


 その真剣な声音に、大西の目が細くなった。

 

「フランキスカの話を聞くに、蒼の森に居るのは人祖シヴィラから分離した魔神だ。ゴブリンやオーク、それにダークエルフなんかを生み出した奴だ。当然、ボクも操られる可能性がある」


「え……それ、不味のでは?」


 ヌイが口元をひきつらせた。戦闘中に背後からファイヤーボールでも撃ち込まれた日には無事で済む自身は無い。ましてスフレは大魔法使いだ。ファイヤーボールどころか、とんでもない規模の魔法が飛んでくる可能性だってある。

 

「対策はしてる。効果も実戦でちゃんと試してあるから、安心していい」


 そう言いながら、スフレが懐から先ほど鞄から出していた奇妙な人形をひっぱり出した。よく見れば、その表面に刻まれている文字はまるで無視か何かのようにうぞうぞと動き回っていた。気色悪い事この上ない。

 

「耳なし芳一さん?」


「だれだそれは……。こいつは身代わり人形の一種だ。命令がくだったとしても、それはこいつが代わりに受け取る。ボクの自由意志は阻害されない」


 人形を懐に戻してから、スフレがにこりと笑った。そして大西のほうをじっと見つめて、続ける。

 

「とはいえ、万が一という可能性もある。申し訳ないが、その時は介錯してくれ」


「わかった。死なないように制圧するのは得意だから、どうか任せてほしい」


「相変わらずだな、キミは。ああ任せたとも」


 まったく迷いのない返答に、思わず苦笑してしまうスフレ。必要があることなら普通の人ならば嫌がるようなことでも微塵も躊躇しないのが大西という男だ。

 

「とはいえ、それはあくまでも万が一のケースだ。そんな事態にはならないはずだよ」


 へらへらと軽薄に笑うスフレに、小さくため息をつくヌイだった。


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