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第四章一話

 ハリエットがパーティーに加入して、しばらくの期間が経過した。盛夏は過ぎ去り、早朝や夕方には秋の気配を感じる、そんな時期。

 

「しかし、あなたが騎士なんてねえ……」


 半目になりながら、ハリエットが言った。その隣でスフレがうんうんと頷いている。

 一行は今、エルトワール邸の廊下を歩いていた。案内はついていないものの、大西にとっては勝手知ったる他人の家。その歩みに迷いはない。

 

「似合わない?」


「全然ね」


 肩をすくめるハリエット。そう、大西がとうとうエルトワールの騎士になることが制式に決定されたのだ。今日はその叙任式だった。通常の貴族であれば、自家で騎士を叙任するとなればなかなかに盛大な式典を開くのが習わしである。しかしエルトワールにその手の習慣は無いのか、邸内の雰囲気は普段通りのものだ。


「フランさんには随分お世話になっているからね。いい加減借りを返さないと」


 特に先のエーカー家の一件では、フランの力添えがなければどうすることもできなかった。力ずくでシェリルを排除したところで、外戚を始めとした彼女の協力者によって巻き返しを図られたしまう可能性も十分にあった。長期戦を戦う準備などしていなかったからだ。

 そうならなかったのは、エルトワール家の武力による威圧のお陰だ。狂犬として有名なエルトワールと直接コトを構えるのは、あまりにリスキーだ。正当な当主権をもつスイフトを奪還された以上、知らん顔をして無関係を決め込む判断を取らざるを得なかった。

 

「それを言われるとね」


 目を逸らすハリエット。そのあたりの事情は、パーティの中では彼女が最も詳しい。自分のせいでもあるから、文句はとても言えない。

 

「とはいえ、騎士となれば危険な任務に就かされることもあるでしょう。私はそれが心配です」


「危険なのは冒険者稼業も一緒だよ。ここ半年でびっくりするくらい何回も死にかけてるし、僕」


「それは、その通りですが」


 ヌイが深いため息をついた。その背中をスフレがぽんぽんと叩いて頷く。状況が状況だけに仕方ないとはいえ、見ている方としては胃が痛くなる思いだ。

 

「なに、大丈夫だ。オルトリーヴァとオオニシがいるんだ。大概何とかなる」


「確かに貴女もオオニシも随分と強いのは事実だけどね。世の中上には上がいるし」


 エーカー邸での攻防、そしてパーティ加入後にこなしたいくつかのクエストのお陰で、ハリエットもオルトリーヴァの人外染みた膂力は知っている。これに大西の武技が加われば、生半可な騎士団などよりよっぽど強力な事には間違いない。とはいえ、慢心した人間が生き残ることができるほど戦場と言うものは甘くは無いだろう。

 

「勝てそうにない相手からは逃げればいいよ。大丈夫大丈夫」


 軽く、そして穏やかな声で大西はそう言い、そしてやっとたどり着いた目的のドアをノックした。フランの執務室だ。

 

「入れ」


「お邪魔します、お待たせいたしました」


 扉を開く。一行を迎えたのは相変わらず書類が満載された執務机と、そして満面の笑みを浮かべたフランキスカだった。彼女は椅子からすっくと立ち上がると、軍服めいたコートの裾をはためかせながら一向に歩み寄る。

 

「いやいや、よく来たな。この日を迎えられたことを、余は嬉しく思う。さあさあ叙任だ。さっさと済ませるぞ」


 旗幟の叙任式と言えば、主君が騎士の肩に剣を当ててどうのこうの、というのが定番だろう。さて、何をやらされるのだろうと首をかしげる大西。そんな彼の手を取って執務机に導くと、フランはペンを大西に手渡した。

 

「サインをしてくれ。血判もだ。それで万事完了だ」


「実務的ぃ」


 ロマンもなにもあったものではない。そういうのもアリかと大西が笑い、そして差し出された羊皮紙に目を通す。

 契約書らしきそれには、大きく乱暴な筆致でいくつかの文が描かれている。当然日本語や英語ではないが、幸い大西はスフレやヌイからこちらの文字を習っているから、翻訳してもらわずとも自力で読むことができる。

 

「なるほど」


 その内容といえば、ごくごく普通の雇用契約書だった。俸給の額を始めとした、真面目で面白味のない内容がずらずらと羅列されている。もちろん戦闘職であるから多少は物騒な部分こそあれ、ごくごく妥当な内容といえるだろう。

 小さな文字で妙なことが書かれてあったり、透かしで変な文章が浮かび上がってこないかじっくり念入りに確認したのち、大西は恭しくそれに署名する。そのまま手持ちのナイフで手を薄く切り、血判を推した。

 

「よろしい。改めてよろしく、といっておこうか。ン?」


 ニヤリと笑うフランが差し出してきた手をぐっと握りしめる。念願の公務員だ。大西の表情もいつも以上に明るい。

 

「治すわ。手、出して」


 そんな彼の背中をハリエットが叩く。もう片手には、銀製のベルが握られている。ベルとはいっても、前回廃鐘堂で拝借したものではなく彼女自身の私物だ。

 

「ありがとうございます」


「はいはい。治癒(ヒール)


 投げやりな口調でそう言ってベルを鳴らす。淡い光が弾け、手のひらに刻まれた小さな傷が消えた。体力の消耗の激しい治癒魔法だが、この程度の軽傷ならばたいした影響はない。

 

「治癒術士か。うむ、良いものだな。我らエルトワールには常に不足している職種なわけだが……」


 悪戯っぽい笑みを浮かべて、フランがハリエットの肩に手を置く。一行の中で最も背の高いオルトリーヴァよりさらに頭一つ分以上高い凄まじい長身の女傑にそんなことをされたものだから、ハリエットはその小さな体を更に縮こまらせた。

 

「どうだ貴様も。騎士は良いぞ、なんといっても安定しているからな……」


「け、結構ですわ」


 大西にくっついている以上危険な仕事に同行しなければならないのは一緒だろうが、この危なげな人物に上司面でいろいろと支持されるのは勘弁願いたい。ハリエットは高速で首を左右に振った。

 

「ハハハ、冗談だ。そう硬くならずとも良い」


 その小動物めいたしぐさが気に入ったのか、フランは肩に置いていた手を放して頭を乱暴に撫で、大笑した。手が離れると同時に、ぼさぼさになってしまった美しい銀髪を直すハリエット。

 

「いやはや、しかしだ。やはりいいものだな、仲間が増えると言うのは。特に大西はどこかの馬鹿どもと違って言うことも聞いてくれる……」


 部下のフリーダム具合にいつも悩まされているフランであるから、その言葉には妙な重みがあった。ヌイは苦笑を浮かべ、ハリエットが肩をすくめる。

 

「まあ、それはさておきだ。騎士になってくれたのだからな、約束の物を渡そう」


 そう言ってハリエットは部屋の片隅にある棚に近寄り、長剣と左手用の籠手をひっぱり出す。もともと、騎士云々の話は武器を用意すると言う話から出たものだ。ある意味、大西にとってはこれが本命の目的だろう。

 

「まずは剣だ。余の刀と同じ刀工が鍛えたものである。銘を伊予三光という」


「ありがとうございます」


 革製の鞘に収まったそれを恭しく受け取る大西。ずいぶんと和風な銘であるが、日本人が打ったのならばそれも当然だろう。彼女の刀は大西と同じ日本人の刀鍛冶の作だというのは、以前にも聞いていたので驚きはない。

 とはいえ、造り自体は両刃の長剣であり、日本刀とはかけ離れたものだ。フランの許可を得て抜刀すると、薄く刃紋の浮かんだ鋼色の刀身が陽光を受けてギラリと輝く。

 

「一応、魔剣の類だ。折れにくくする効果と、あとは血脂避け程度の簡単なエンチャントだが……必要十分、というやつだろう。優れた武芸者であれば、それ以上は余計ですらある」


「そうですね。血や脂に強いのは有難い」


 その分厚い刀身を見ながら大西は頷く。刃渡りは一メートルほどで、かなり重い。一応、片手で扱うための作りになってはいるが、柄は両手で握ることができる長めのもの。所謂片手半剣、バスタードソードというやつだろう。大型の妖魔を想定した武装だから、ある程度重いほうがむしろ使い勝手がいい。

 検分を終え、大西は満足げに剣を鞘に戻し腰のベルトに装着していた剣帯に下げた。

 

「それと、もう一つ。実家の武具庫に良いものがあったから、ついでに持って来させたのだ」


 そういってフランは籠手を差し出した。丈夫そうな金属製のガンドレットだ。手の甲の部分に青い宝玉が埋め込まれており、その周りを奇妙な文字列が囲んでいる。あからさまにマジック・アイテムだった。

 

防盾シールド・プロテクションの魔法がかかったガンドレットだ。魔力を流し込めば、自動的に魔術シールドを展開してくれる。防盾シールド・プロテクション事態はそこな治療術士も使えるだろうが……」


 ハリエットを一瞥するフラン。実際、鐘堂の教えを受けたこの手の魔法使いは、治癒魔法の他に防御魔法なども覚えているのが普通だ。ハリエットも防盾シールド・プロテクションは覚えていたため、頷いて見せる。

 

「とはいえ、前衛と後衛の連携がいつもうまくいくとは限らぬ。自分の判断でシールドを張ることができれば、安全性は飛躍的に高まる」


「なるほど、助かります。こんな貴重なものを……ありがとうございます」


「良い良い。やすやすと死なれては困るからな、先行投資というやつだ」


「ぶ、物騒ですね。死ぬだなんて」


 頬を掻きつつ、ヌイが引き攣った笑みを浮かべた。

 

「なんといっても、騎士だからな……」


 肩をすくめ、フランは視線を窓の外に向けた。どこまでも青い空と、イワシの魚群のような雲……。

 

「実はな、さっそく仕事があるのだ」


 振り向いたフランキスカの顔からは、笑顔が消えていた。

 

「仕事?」


「ああ。貴様には、余の魔神討伐に同行してもらいたい」


 魔神。その言葉がもつ禍々しい響きに、部屋の空気が凍りついた。

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