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第三章十七話

 今のところ、状況は順調に進んでいる。大西は、両手に剣を構えるウォーカーを見ながらそう思った。彼の構えは堂に入った隙のないものだ。前評判通り、なかなかの使い手であるのは間違いないだろう。

 

「ケースA!」


 よく通る大きな声で叫びつつ、大西は自らも拳を構えた。オルトリーヴァにウォーカーとの会敵を知らせたのだ。直ぐ近くでどたばたと暴れる音が聞こえてきているから、彼女との距離はさして離れてはいないだろう。声は十分届いたはずだ。

 

「ふん、仲間ね。竜人だったか。龍殺し(ドラゴンスレイヤー)に竜人をぶつけるとはお前も面白いことを考える」


 皮肉げに笑うウォーカー。軽口をたたきつつも、じりじりとゆっくりと距離を詰めてくる。油断をしてとびかかってきてくれれば楽なものなのだが、むこうもそれなりの警戒をしているらしい。大西が投獄されたその日に脱走したことは彼とて知っているのだから、仕方のない事だろう。

 

「特にしゃれたことを考えていたわけでは」


 大西は曖昧な笑みを返し、握っていた左手を開いた。直後、破裂音にも似た壮絶な音と共に、一気にウォーカーとの距離を詰める。

 

「ほぉ」


 その常人離れした速度に感嘆の声を上げつつも、ウォーカーの対処は冷静だった。突進と同時に投げつけられたナイフを回避しつつ、右の剣を鋭く突きだして大西を迎撃した。そのまま突っ込めば串刺しだ。

 

「……」


 当然、そう簡単にやられる大西ではない。刺突を右手甲をぶつけるようにして逸らす。鉄同士がぶつかり合い、激しい火花が散った。大西の左手が蛇のように動いた。

 

「おおっと!」


 猛スピードのジャブ! しかしそれはフェイントだ。本命は脚へのショートキック。突進の余韻を残した疾風のようなその蹴りを、ウォーカーは短いサイドステップで回避して見せた。素晴らしい反射速度だった。

 

「怖ぇ怖ぇ。誰だよ、一般人なんて言ったのは」


「一般人?」


「お前さんのことだよ」


 軽口をたたきつつ、左の剣を袈裟懸けに一閃した。大西はそれを腰から抜いたナイフで弾こうとするも、鉄製のそれをウォーカーの剣はまるで紙のように簡単に切り裂いて見せた。軌道が若干逸れたためにぎりぎり直撃は免れたが、髪の毛が数本切り飛ばされて宙を舞う。文字通りの間一髪だった。迎撃と同時に回避行動をとっていなければ、真っ二つになっていただろう。

 

「一般人ですよ、僕は」


「一般人は俺様の剣閃を避けたりしねえよ」


 剣を振った余韻で流れる身体を右の剣の刺突で牽制することで守りつつ、ウォーカーは言い返す。今の一撃はそれこそ、単なる一般人では見切るどころか切られたことすら気づかずに死ぬほどのものだ。

 

「はあ、そうなんですか」


「そうだ」


「なるほど」


 中身のない会話をしつつ、放たれた逆袈裟の剣をバックステップで回避した。剣の刃渡りは双方九十センチほど。片手長剣としては標準的なサイズだが、素手の大西からすればそのリーチの長さは致命的だ。

 普通ならこんなものを二本も自在に振り回すのはなかなか難しいだろうが、彼はまるで自らの腕の延長のように二本の剣を自在に操って見せている。隙があれば強引にねじ込んでストレートをブチ込んでやろうと言うのが大西の作戦だったが、今のところそれの実現は不可能そうに見える。下手に突っ込めばなます切りだ。

 

「やはり基本に戻るべきか」


 とはいえがむしゃらに攻め立てるような戦い方は、大西本来の戦法ではない。狙うべきはカウンター。それこそ彼のもっとも得意とする技だ。

 

「おお、まったく冷静だね。面倒な手合いだよ、ほんと」


 その小さなつぶやきを聞き、ウォーカーは小さくため息をついた。この男を一般人などと評した数日前の自分を殴りたいくらいだ。体捌きといい、恐怖や興奮に惑わされず正確な判断ができる点といい、明らかに手練れだ。

 そう、この目の前の相手は、明白な強敵だ。状況を考えればそうとしか判断できない。にもかかわらず、彼の研ぎ澄まされているはずの勘は、いまだにこの男にたいし微塵も脅威を感じていなかった。押せば即座に殺せる相手だと、彼の勘は訴えていた。しかし現実はそうはならない。本気の剣閃を放ったところで、大西はするりと流れるように回避して見せ、あまつさえ反撃すらしてくる。こんな相手と相対するのは、ウォーカーも初めてだった。

 

「マジで何者だよ、畜生め」


 本来戦闘ではもっとも頼りになるはずの勘、本能が明らかに判断を誤っている。その事実に、ウォーカーは戦慄していた。

 

「何者と言われても……今は冒険者をしていますが」


「嘘つけェ、絶対暗殺者か何かの手合いだろうが」


「そう言うわけでは」


 暗殺を生業にしたことなど無い。大西は即座に否定して見せた。トロルの件のように、それがどうしても必要ならば暗殺染みたことをすることはやぶさかではないが、だからと言って積極的に人を殺めるつもりは微塵もなかった。

 

「はん、まあ手前が何者だろうが俺様はどうでもいいがね」


 吐き捨てつつ、ウォーカーは飛燕のように剣を薙いだ。大西はバックステップで回避。ウォーカーが踏み込む。目にもとまらぬ刺突が大西の顔面に向かって突き出された。彼はそれを辛くも回避するが、頬の皮膚が浅く切られ、血が流れる。

 

「ちょこまかと! よくもまあやるもんだよ」


「ええ、まあ━━」


 傷を拭うこともせず、大西は手甲で二の太刀を弾く。

 

「師父がいいもので」


「そうかい!」


 ウォーカーが一歩下がり、聖銀(ミスリル)製の脚甲に包まれた足で近くにあった椅子を蹴り飛ばした。破壊的な音と共に椅子が大西の顔面に襲い掛かる。彼はそれをすんでのところで回避したが、あくまでそれは目つぶし。本命の横薙ぎが襲いくる。

 

「おおっと」


 大西はそれを、高く跳躍することで回避だ。空中でくるりと体勢を入れ替え、天井をキック。着地したのはウォーカーの背後だった。

 

「気色ワリィ動きしやがって!」


 さしものウォーカーもこんな回避の仕方をされるとは思ってはいなかった。無防備な背後に大西の拳が迫る。しかし相手も歴戦の冒険者。そうやすやすとやられたりはしない。即座に体を翻し、剣の鍔についている大ぶりなナックルガードで拳打を防いだ。

 

「ぐっ」


 腕の伸び切っていない不十分な体勢の打撃とはいえ、その衝撃は尋常なものではない。柄を握る手がびりびりと痺れ、剣を取り落しそうになるウォーカー。それをなんとか堪えつつ、喉を狙って放たれた貫手をサイドステップで回避。お返しとばかりにウォーカーは大西の足に向かって蹴りを繰り出した。彼はそれに対し、ウォーカーの脚が地面を離れるのとほぼ同時に蹴りを返すことで対処した。鉄と聖銀(ミスリル)がぶつかり合う甲高い音が響く。

 動き始めたのはウォーカーの方が早いのに、なぜか大西の方が早くキックを成功させると言う奇妙な技だった。カウンターはきれいに決まった。しかしウォーカーは顔をしかめつつも、ナックルガードと手甲を使って大西の追撃の拳打を防いで見せた。

「あらま」


 思った以上に向こうの動きが良く、大西は感嘆の声を上げた。タフネスとパワーはさておき、技量は完全にオルトリーヴァを上回っていると考えて良いだろう。ドラゴン相手に勝利したと言う話も十分に現実味がある。一筋縄ではいかない相手だ。攻め方を間違えれば死は免れないだろう。何より、リーチが違いすぎて今のような曲芸染みた方法を取らねば拳が届かないと言うのが、あまりにも不利すぎる。

 

「ふむ」


 折角詰めた距離も、ウォーカーの切り払いつつのバックステップで再び伸びる。既に彼は体勢を立て直しており、この剣を回避して再度肉薄してももう片方の剣で迎撃されるだけだろう。二刀流の厄介な点だ。

 

「参ったな」


 一筋縄ではいかない相手だ。大西は構えを解かないまま一歩下がり、小さくつぶやいた。

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