第三章十四話
現在仕事が繁忙期に入り、執筆の時間がなかなか取れない状況ですのでしばらく投稿をお休みさせていただきます。
一週間をめどに戻ってくるつもりですが、状況次第で更に遅れるかもしれません。申し訳ないです。
「手順を確認しよう」
まだ人気の少ない早朝の通りを、大西とオルトリーヴァが歩いていた。暑苦しい戦闘用黒コートに身を包んだオルトリーヴァが軽い口調で言う。
「何か、勘違いがあったらダメだからな」
「そうだね」
こちらもいつもの革鎧をまとった大西が答える。
「正面から突っ込んで大暴れ。間違いないか」
「間違いないよ。でも可能な限り殺さないように」
「わかっている」
オルトリーヴァは神妙な顔で頷いた。昨夜の作戦会議で耳にタコができるほど念押しされた言葉だ。幼体とはいえドラゴン、その膂力が全力で振るわれればそこらの雑兵など一撃でネギトロだ。今後も王都で安穏とした生活を送りたいなら、それは避けねばならない。相手は賞金のかかった盗賊などではないのだ。
「とはいえ、自分の身が危ないときは躊躇せずに殺してほしい」
「それもわかっている。大丈夫だ、そうはならないよう、油断はしない」
朝から物騒な話をしている二人組だが、幸い周囲にはそれを聞き咎めそうな人は居ない。人のいない場所を選んで通っているのだから、当然と言えば当然か。
「うん、そう言ってくれると心強い。たぶんなかなかの激戦になるだろうから」
実際、このミッションは危険極まりないものだ。わずか二人で、数十人は居るであろう屋敷の警備を相手にすることになる。しかも敵には、ドラゴンスレイヤーである疾雷ウォーカーがいる。決して楽に勝てる相手ではなく、それどころか普通に考えれば勝ち目のない戦いだろう。
予定では、ウォーカーと遭遇した場合は大西が対応する手筈になっている。これは大西の方が対人戦経験が豊富だからだ。オルトリーヴァは非常に強力な戦力だが、経験が薄いため百戦錬磨の相手には裏をかかれる可能性も十分にある。彼女自身も、それはよく理解していた。少なくとも、普段のオルトリーヴァはそう言う事実を平然と受け止められる程度には冷静な人物(龍)だ。
「激戦か。うん、がんばるぞ」
それきり、会話は途切れた。二人は早足で進んでいく。すでにヌイたちは別ルートでエーカー邸へと向かっている。予定時間までに到着する必要があった。
「ふああ……」
それからしばらくして、エーカー邸の正門。並んでいる二人の門番のうちの一人が、呑気に欠伸をした。もう一人が、鉄製のヘルメットの位置を直しながら咎める。
「おい」
「すみません」
「まったく。グリフィンの連中は相当ピリピリ来てるんだ、たるんだ姿を見せたりしたらまた嫌みを━━」
そこまでいった瞬間、朝もやを切り裂いて飛来した人の拳ほどの石が彼の胸甲にめり込んだ。ハンマーで殴られたような衝撃に、彼は悲鳴を上げて地面に転がる。
「そらっ!」
もう一人がそれに驚いて声を上げる前に、オルトリーヴァのとび蹴りが炸裂した。門番は吹っ飛び、屋敷の塀に衝突して力なく石畳に墜ちた。
「ようし」
オルトリーヴァが静かに頷き、鉄製の頑丈な正門に蹴りを加えた。蝶番が一瞬にして弾け飛び、凄まじい破壊音と共に板切れのように飛んでいく。
「敵だ! 敵襲だ!」
巡回中の衛兵が叫んだ。この屋敷はエルトワール邸と比べてもかなり広く、正門から玄関までかなりの距離がある。オルトリーヴァと、そしてそれに追いついてきた大西は一目散に玄関に向かって走った。
「止まれ!」
短槍を持った鎖帷子姿の衛兵が大西の前に立ちふさがる。突き出された穂先を籠手の装甲で弾き飛ばし、同時に渾身の右ストレートを顔面に叩きつけた。一瞬にして衛兵は昏倒した。
「来た」
大西が腰のベルトから小さなナイフを抜くのとほぼ同時に、屋敷の三階の窓から矢が放たれた。襲撃に備えて事前に弩兵あたりを配置していたのだろう。素晴らしい手際だ。
とはいえ、そんなことは予測済みだ。手の中のナイフを腕をスイングさせて投擲、これを迎撃した。正確に大西に向かって飛翔していた矢にナイフが当たり、軌道が大きくずれた。
「嘘だろ、なんだアイツ」
その非現実的な光景を目にした衛兵の一人が呆然と呟く。全力疾走しながらナイフを投げて矢に命中させるなど、とても人間業ではない。
そうこうしているうちに、大西たちは玄関まで到達していた。魔力で強化した脚力をもってすれば、多少の距離などあっという間だ。
「いくぞっ!」
大西の前に出たオルトリーヴァが、正門と同じように玄関のドアへ蹴りを入れた。飴色の重厚な木製扉は呆気なく破砕する。問答無用で邸内へと侵入。
荘厳なエントランス・ホールが大西たちを迎えた。磨き抜かれた白黒チェック柄のタイル床やヴィンテージ品と思わしき豪奢な調度品を、大きなステンドグラスから差し込む朝日が照らしている。
「何者だ!」
警備に当たっていた衛兵が腰からショートソードを抜き放ちつつ厳しい顔で叫んだ。その手際は滑らかなものであり、十二分に訓練を積んだ熟練兵であることがうかがわれる。
「賊です」
簡潔に応えつつ大西は手首をスナップさせ、自らも構える。右手の拳を頬の近くに、左手を握らずに前へ。それとほぼ同時に衛兵が大西へと飛びかかった。鋭い切先が決断的な速度で大西の喉めがけて突き出される。
大西はそれを、短いサイドステップで回避した。相手の方も回避されるのは予測済みだったようで、素早く剣を引く。その隙に大西はショートステップで接近、鋭いジャブを出したが、それは衛兵の左手に取り付けられた小盾で弾かれる。反撃とばかりに衛兵は丈夫そうなレッグガードのついた脚で蹴りを出そうとしたが、それより早く大西の蹴りが地面から離れたばかりの足へと突き刺さる。金属装甲同士がぶつかり合う重い音がした。
「ぐっ」
レッグガードのお陰でダメージこそないが、片足状態で打撃を食らったため衛兵の体勢が崩れた。大西の左足が地面を踏みしめる。それと同時に、渾身の右ストレートが衛兵の胸へと炸裂。丸みを帯びた鉄板で出来た鎧がハンマーでたたかれたようにひしゃげ、衛兵の身体はボールめいて吹っ飛んだ。
「手筈通りに行こう」
「わかった」
至極冷静な声でオルトリーヴァに言う大西。彼女は静かに頷き、一歩下がって大西の後方についた。大西が先頭で戦い、その後ろをオルトリーヴァが守る……そういう戦法だった。
邸内は広く、武器を振り回すだけの余地は十分ある。オルトリーヴァは背負い紐で背中に固定していた鉄棒を掴んだ。これは大西が先日使用していた十フィート棒を切り、二メートルほどの扱いやすいサイズに直したものだ。ハルバードなど持ち込めば死者が出てしまう。しかし武器は持ち込みたいと考えていたオルトリーヴァは、大西に頼んでこれを貸してもらうことにしたのだ。
「どっちへいく?」
「とりあえず、前に前に進もう。この家がどういう構造しているのかわからないし」
さすがに屋敷内部の地図など持っていない。どちらへ進めばいいかなど、さっぱりわからなかった。しかし二人の目的はあくまで陽動、大暴れしていれば仕事は果たせる。細かいことは一切考えず、二人は衛兵を蹴散らしつつ屋敷の奥へと進んでいくことにした。




