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第三章八話

「とはいってもね、実際のところ……大して複雑な話でもないのよ」


 ハリエットは立ち上がって腰についた土埃を掃いながら苦笑した。軽い言葉で流してしまうには、あまりにも複雑な感情の籠った声音だった。

 

「いわゆるお家騒動、というやつ。わたくしはこれでも結構な高位貴族である、エーカー家の人間よ。それも次期当主であるスイフトの長女」


「ほう」


 よくわかっていない様子の大西。ぼんやりした表情で頷き、無言で先を促した。

 

「とはいっても、なかなか複雑な立場なのだけれど。それは今は置いておいて、問題は先の当主であるオーエンが死んだことよ。順当にいけば、父が後を継ぐはずだった」


「順当にいかなかったから、こうなっているわけですね」


「そういうこと」


 肩をすくめるハリエット。視線を、群青に染まりつつある東の空に向けた。白い鳥が数匹、呑気そうに美しいグラデーションを成した空を泳いでいる。四方を堅牢な石造りの建物に囲まれたこの狭い中庭は、喧騒に包まれた王都の中にぽっかりとあいた空洞のようだった。

 

「コトを起こしたのはわたくしの妹よ。祖父の子飼いだったグリフィン騎士団と共謀し、父を幽閉して実権を握ろうとした。そのついでに、邪魔なわたくしも消そうと言うわけ」


「なるほど、クーデターですか」


「ええ。まさかまだ十に満たない幼子に反逆されるとは思ってもみなかったんでしょう。あっけなく父は捕まってしまったわ」


「はー、やり手ですね」


「もうちょっとびっくりして?」


 淡泊極まりない反応にハリエットは頬を膨らませた。僅か九歳の女児がクーデターを起こし、あまつさえ成功一歩手前まで成し遂げると言うのはなかなかない事態だ。面白がれる状況ではもちろんないが、もうちょっと色よい反応をしても良いのではないだろうか。

 

「びっくりって言われても……」


 大西は顔を逸らして頬を掻いた。年齢など、実際のところ大西からすれば重要な話ではない。問題は相手の戦力と内部状況だ。

 

「とりあえず、あらましはわかりました。それで、そのグリフィン騎士団と言うのはどういう相手ですか?」


「そうね……わたくしも決して詳しいわけではないの。正直な話、連中を顔を合わせたのも今回が初めてだし……」


 視線を大西に戻し、ハリエットはその白い手で自らの顎を撫でた。


「ただ、聖銀級(ミスリル・クラス)冒険者のリチャード・ウォーカーとその一党をそのまま騎士団として召し抱えたという話だから、数はともかく個々の練度は決して高くないはず」


「確かに、今まで相手にした連中はあまり功夫を積んでいた感じではありませんでしたね。あの程度ばかりなら、話は簡単なのですが」


「ずいぶん強気ね。ま、貴方が強いと言うのは、わたくしとしても認めるのはやぶさかではないわ」


 兵士たちを片付けた鮮やかな手際は記憶に新しい。むしろ、弱い者いじめではないかと思ってしまうほど一方的な戦いばかりだった。

 

「とはいえ、団長であるウォーカーの腕はホンモノよ。双剣使い、疾雷のウォーカー。龍の単独討伐経験もある、きわめて優秀な冒険者だったわ」


「詳しいですね」


 大西は軽く笑って、続けた。

 

「しかし、ドラゴンですか。ドラゴンといっても、いろいろあるらしいですが……」


 大西の知っているドラゴンといえば、オルトリーヴァとその御母堂だけだ。スフレによれば、ドラゴンと言ってもピンからキリまで様々と言う話だが……。

 

「どなたを討伐されたのです、彼は」


 オルトリーヴァの母のような強大なドラゴンを単独で倒したとなれば、とても大西の敵う相手ではない。交戦は全力で回避すべきだ。

 

「ブリザード・ドラゴンの一種と言う話よ。記憶が確かならね」


「なるほど」


 果たしてブリザード・ドラゴンというのがどういった手合いなのか、大西にはさっぱりわからなかった。妖魔に関する知識が決定的に不足している。これは参ったと、彼は腕を組んだ。この事件が終わったら、ヌイやスフレにそちら方面の詳しいレクチャーをしてもらう必要があるだろう。

 

「正面切って戦うのは、流石のあなたでも無謀なのではなくて?」


「そうですね」


 敵の戦力を甘く見積もるのは危険だ。大西はとりあえず、ウォーカー某を自分より強い相手だと仮定することにした。で、あるならば正面から殴りこむプランは捨てねばならない。黒幕をシバキ倒し、場合によっては山に捨てて(・・・・・)問題を解決するというプランはいったん封印するべきだろう。

 

「絡め手か。ううん、苦手だな……そういうのは」


「ほらみなさい、八方ふさがりじゃないの。早く王都から脱出する算段を考えたほうが、よほど建設的ではないかしら?」


「まだサレンダーには早いですよ。しっかり考えていきましょう。グリフィン騎士団以外に、妹さんは戦力を持っておられるのでしょうか」


「まあったく……どれだけあきらめが悪いの……。ええ、妹……シェリルの手駒ね。屋敷の警備や自身の警護を担当する兵士はそこそこ居たはずよ。騎士団の元冒険者たちとは違う、しっかりとした正規の兵士教育をうけた連中がね。これも一筋縄ではいかない相手でしょう」


「周りは精鋭で固めていると、ふむ」


「無理よ、シェリルを直接どうこうしようなんて。馬鹿なことを考えるべきではないわ」


「ですかね」


「ですわよ」


 ううん、と大西は考え込んだ。彼女の言うように、たしかに勝ち目は薄そうに見える。実際問題、結局失敗するならわざわざ戦いを挑むつもりは彼としてもサラサラなかった。とはいえ、本当に勝ち筋が無いかと言えば、まだそうと断言できるだけの情報もそろってはいない。故に、彼は珍しく迷っていた。

 

「とりあえず、状況を整理しましょう。僕の最低勝利条件は、ヌイたちの生存です。次点にデート。最後にこの状況を引き起こした相手から慰謝料をふんだくること」


「あなた、神経が太いにもほどっていうものがあるでしょう」


 とんでもない怖いもの知らずか、あるいはただの馬鹿か。まったく、とハリエットは口をへの字に結んだ。

 

「それで、ハリエットさんの勝利条件はなんです? ある利害が一致するなら、協力しやすいと思うのですが。そちらの方針がわかれば、僕としても動きやすいですし」


「そーね」


 どうやってこのばかを説得しよう、という顔のハリエット。

 

「余計な人死にを出さないことよ。わたくし、自分の地位なんかに興味はないもの。国外逃亡でもなんでもして、生き残りたいのよ。もちろん貴方たちも死なせたくないし」


「なるほど」


 大西は頷きつつ、衣装箱から一着の服を取り出した。地味な色合いの麻のシャツだ。それをリンゴの木の枝に引っかけて、今着ている服を脱ぎ始める。

 

「突然脱ぎ始めるのはよしてくださる!?」


「すいません。見苦しいのならば申し訳ありませんが、余所を向いていていただけると」


「……もうっ!」


 深い深いため息をつくハリエット。そして彼の体中の傷を目にして、顔をしかめた。あまりにも平気そうなので忘れていたが、彼はけが人だった。

 

「ちょっと待ちなさい。服を着るのは」


 そう言いながら彼女は小走りで鐘堂の中へ入って行った。どたどたと騒がしい音が聞こえる。半裸のまま放置された大西は、何を考えているのかわかりにくい表情で天を仰いだ。

 

「ふうむ……」


 それから十分ほどたって、ほこりまみれのハリエットが飛び出してきた。手には黒ずんだ銀製らしきハンドベルが握られていた。

 

「鐘堂なら、一つくらい残っていると思ったわ。あまりほめられた行為ではないけれど……緊急時だもの。神様だって許してくれるわ」


 と、荒い息をつきつつハリエットは小さく笑った。

 

「じっとしてなさい。ちょっとキツイのが来るから」


「はあ」


 いまいち状況が呑み込めていない様子の大西を強引に地面に座らせ、ハリエットはハンドベルを静かに揺らした。澄んだ音が周囲に響く。一度ではない。何度も鳴らす。そのたびに音が強まり、そしてベル自体に淡い光が宿りはじめる。

 

治癒(ヒール)


 小さな、しかしなぜかよく聞こえる不思議な声。それと同時にベルに宿った光が弾け、大西の身体を包んだ。

 

「おお」


 光が消えると同時に、大西の身体の傷は全て消え失せていた。まさに奇跡の所業だ。最新の再生治療でも、一瞬で傷を全て直すような真似は不可能だろう。

 しかしその対価として、大西の身体を凄まじい倦怠感が襲った。絶食五日目、という風な感覚。突如として動きが鈍くなった自らの肉体に、彼は眉を顰めた。

 

「魔法で怪我を治すと、自然に治すのより何倍も体力を使うのよ。少なくとも、今日中は安静にするべきね」


「あらまあ……ありがとうございます」


 治療のついでに行動を封じられたことに気付いた大西は、静かに笑って一礼した。確かにこの様子では戦闘はままならない。ずいぶんと鈍い彼の感覚ですらそう思えるのだから、随分と酷い状態なのだろう。


「明日になればだいぶマシになってるわ。あなたの針と同じようにね」


 悪戯っぽく笑うハリエット。大西は苦笑することしかできなかった。

 

「明日になったら、貴方のお仲間と合流しましょう。あの人たちも完全に巻き込んでしまった。無事かどうか確かめて……とりあえず無事そうなら、きちんと全員で話し合うべきね」


 仲間なら、この難物の説得もできるだろう。彼女はそう考えていた。

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