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第二幕間六話

 名は体を表す。その言葉を体現したかのような妖魔がジャイアント・アントだ。文字通りの巨大な蟻。具体的に言えば、大型犬よりやや大きい程度か。北から南まで、さまざまな地方で見ることのできる極めてポピュラーな妖魔といえる。

 

「なるほど」


 そのジャイアント・アントをバカみたいに長い棒で突き転ばしながら、大西は頷いた。十フィート棒とよばれる、鉄でできた三メートルほどのまっすぐな棒だ。武器として売られている器具ではないが、丈夫に作られているため練達の功夫使いが用いれば十分すぎるほどの凶器と化す。

 ぶんと空気を裂く音。頭部を砕かれたジャイアント・アントが吹き飛ばされる。その甲殻はなまくら剣程度容易に弾き返す堅牢さを持っているはずだが、とてもそうは見えないやられっぷりだった。

 家云々の話から数時間。大西たちは予定通り、ジャイアント・アントの討伐依頼を受けた。街道近くの平原での、間引き任務だ。

 

「初心者向き、というには厄介な相手だ」


 背後に忍び寄っていた別のありを振り返りもせず棒の逆側を使って弾き飛ばしつつ、ひとりごちる。一対一ならば対処はできないでもないだろうが、集団で襲い掛かられれば駆け出し戦士などあっという間に餌にされてしまうだろう。事実、彼の周りには二桁に上るジャイアント・アントの姿があった。連中は集団行動を得意としているらしい。

 

「初心者が相手をするのはハグレさ。集団に突っ込めるのは中堅からだよ」


 大西の独り言に応えたのは、長杖から氷礫交じりの凍風を出しているスフレだった。殺虫スプレーか何かのようにその風を吹きかけると、蟻たちはあっというまに真っ白に凍って動きを止める。なかなかにエゲツない魔法だった。

 

「中堅か。逆に言えば、中堅以上なら普通に対処できると」


 もう何匹目になるかもわからない蟻を潰しながら、大西がぼやく。この敵に対して、原始的な装備のみで対処できる戦士がそこそこ以上いる、ということだ。全体的に、この世界の戦士はレベルが高い。大西としては、油断できるものではない。

 

「そうそう、ああいう風にね」


 スフレが口角を上げながら視線を送った先に居るのは、ヌイとオルトリーヴァだ。黒いコートの裾と鴉の濡れ羽色の髪を振り乱し、オルトリーヴァは舞うように戦っていた。。重厚なハルバードが振り回されるたび、ジャイアント・アントの集団が削り取られるかのように鏖殺されていく。斧槍といえばかなり重量級の武器だが、ドラゴンの怪力をもってすれば羽のように軽々と扱える。ちなみにこの武器は、冒険者として働くなら武器の一つでも持っておいた方がいいと言うヌイの助言から購入したものだ。

 そしてその背中を守るのがヌイだ。集団から離れ、的確に短弓で援護をする。脅威度の高い相手から順に、その速射性を生かして見事に一撃で仕留めていく。そして自分に接近してくる敵が居れば、手早くサーベルにスイッチしてこれを迎撃。手早く援護に戻る。オルトリーヴァは後ろを気にしていないため連携というには稚拙かもしれないが、しかしまったく危なげのない殺蟻サイクルが出来ていた。戦果自体は大西・スフレコンビより多いだろう。


「効率的だな。今の僕にはやはり打撃力が足りない」


 もちろん大西も、数で勝る相手に一歩も引かず十二分に戦えている。とはいえ、オルトリーヴァと比べるとやはり劣ってしまうのは事実だった。彼女だけではなく、ヌイの援護もすばらしい。まったく危なげもなく自衛しつつ援護もこなせるのは、ジャイアント・アントの動きを完全に見切っているからだ。大西ではこうはいかない。妖魔と戦った経験に大きな差があるからだ。

 

「この手の仕事は頻繁に受けるべきだな」


「とはいえ蟻とばっかり戦ってもね。ヒトと違って、妖魔にはいろいろな大きさ、形がある。対処法もそれぞれさ」


 蟻を数匹まとめて氷柱で串刺しにしつつスフレが言う。彼女は彼女で、話しながら戦えるほど余裕たっぷりだ。もちろん、前衛で大西が敵の攻撃を一手に引き受けているからこその余裕ではあるが。接近されると、あわてて大西に助けを求める羽目になる。一撃一撃は強力だが、ヌイほど器用には戦えない。


「こっちの人はよくそんなのに対応できるな」


「そうしなきゃ滅ぶからね」


「なるほど?」


 首都近郊ですら妖魔が絶えず現れる世界だ。一見平和でも、なかなかに人類にとってはハードな場所には違いないだろう。

 

「やはり功夫あるのみか」


 そう言いながら、大西はジャイアント・アントの頭部を蹴り飛ばした。

 

「お疲れ様です。みなさん、けがなどはありませんか?」


 それから一時間後。一行はすべての蟻を倒し終えていた。周囲には、大量のし甲斐が転がっている。爽やかなはずの草原の空気はすっかりギ酸の酸っぱい匂いに汚染されている。

 

「問題はないよ」


「へーき」


「大丈夫だ」


 数が多いと言っても所詮は格下。時間こそかかったが苦戦する要素は無かった。全員傷など一つも負っていない。

 

「それは良かった。オオニシ、調子はどうです?」


「いつも通りだ。少なくとも、戦う分にはもう大丈夫みたい」


「確かに、後ろから見ていても動きに違和感はありませんでしたね。早く治って本当によかった」


 ヌイが大西に歩み寄り、ぽんぽんと肩を叩く。身長は大西の方がある程度高いから、若干背伸びしながらの動きだった。

 

「無理はするなよ? 治りかけに無茶するのが一番ヤバいんだ」


「善処はする」


「その答えは駄目なヤツだなチクショー」


 大きなため息をつきながらスフレは肩をすくめる。彼女とて医術はあくまで齧っている程度の知識なので、対応できる怪我には限度がある。あまり無理はしてほしくないのだが……。

 

「ま、でも普通に戦う分には確かに問題なさそうだな」


「良い肩慣らしになったよ。でも、錆びてる部分もあった。鍛錬のメニューをまた考え直さないと……」


 木人でも作るかと、大西は腕を組む。とはいえ、木人で訓練できるのはあくまで対人戦であり、妖魔との戦い方を磨くには実戦を繰り返すほかない。

 

「勤勉だねえ」


「楽しいからね、趣味には全力を出すタイプなんだ」


「趣味、趣味と来たか」


 スフレからすれば、戦闘や鍛錬など全く楽しいものではない。必要だから仕方なくやっているだけだ。全く理解できない考え方に、苦笑する他なかった。

 

「ボカぁ戦うのは嫌いだな。怪我すれば痛いし、仲間が傷つけば哀しいし……万一死んだりすれば、辛いし」


「僕も戦うことそのものは好きじゃあないよ。嫌いでもないけれど……鍛錬が好きなだけだ。でも、確かに不要な戦闘は避けたほうがいい。安全第一だ」


「意外ですね。てっきり無茶が好きなのかと」


 揶揄するような口調で口をはさむヌイ。出会ってからこちら、彼は危険を冒してばかりだ。文句の一つも言いたくなって当然だろう。

 

「リスクを冒さなければ安全というわけでもないから……必要なコストを払っているだけだよ」


「なるほど?」


 交渉の余地などまるでないような確信めいた大西の言い方に、ヌイは口癖をまねて笑って見せた。

 

「それはいいとして、これからどうしますか? ちょうどいい時間ですし、帰ってお昼にでもします?」


「ああ、そうだね。せっかくだし昼食も僕が作ろうか」


 空を見上げながら言う大西。太陽は既に中天近くまで上がっている。気温も天井知らずで、ヌイなど汗まみれだ。これ以上外でウロウロしていると、熱中症の危険もある。そろそろ休むべきだろう。

 

「戦って、食べて……健康的だな。ヒトもドラゴンも、思っていたよりも違いは無いみたいだ」 


「まあ生き物には違いないからな、人間も妖魔も。問題は別のところにあるのさ、後輩」


 一人つぶやくオルトリーヴァに、スフレがため息交じりで首を左右に振った。「うん?」と首をかしげる彼女に、スフレは何も答えることなく歩き始めるのだった。

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