第二幕間四話
午後、夕暮れ。大西たちは王都に戻り、冒険者向けの食堂で早めの夕食を取っていた。周囲は一仕事終え、酒盛りを始めている冒険者たちでごった返している。
「今日は仕事があっさり終わって良かったですね。今まで、ああいった妖魔の相手には苦労していたのですが……」
香草のサラダを食べながら、ヌイが言う。今の一行が受けられる仕事としては最も難易度が高い依頼だったのだが、実際は危なげがないどころか完全なワンサイドゲームだった。もちろんこれは、優れた魔法使いであるスフレと対空戦に精通した戦士であるガンダルフの協力が大きい。
そのガンダルフといえば、既にあのエルトワール人たちが済んでいる館……王室守護屯所に帰っていた。何やら用事があるらしい。あくまで先の依頼で大西たちが飛行型妖魔に大苦戦したという話を聞いたフランキスカが、その効果的な対処法をレクチャーするために寄越してくれた人材だ。別れ際もあっさりしたものだった。
「まったく、パーティーの実力とランクが釣り合っていないにもほどがある」
ため息交じりでそんなことを言うヌイ。冒険者の等級といえば、いわば実力を示すステータスだ。ヌイ自身は銀。スフレも同様だ。銀といえば中の上、中堅どころでもかなり実力の高い冒険者に与えられる。しかし大西とオルトリーヴァは最低ランクの錫だ。本来、飛竜の群れの討伐など、このランクのパーティーがこなせる仕事ではない。
「ランクか……上がると特典とかあるの?」
「割のいい仕事は回してもらえますね。もちろん危険度は上がりますが」
「これ以上危険度上がったら死んじゃいそうだけど、僕」
大西は肩をすくめた。トロルとの戦いでは一歩間違えれば死んでいただろうし、オルトリーヴァもなぜ生きているのかわからないくらいの激戦だった。いくら死が身近な職業とはいえ、ここまで頻繁に死にかけているのは異常だろう。
「いや、あれは事故みたいなもので……本来はもっと安全な仕事だったはずなのですが」
一度ならずも二度までも予期せぬトラブルが発生している。結果的に報酬が危険に見合わない安いものになってしまっているため、まったく踏んだり蹴ったりもいいところだ。
「要するに、ランクとやらが上がれば強い敵と戦えるようになるんだな」
オルトリーヴァが眠すぎてテーブルに倒れかけているスフレの身体を抑えながら、聞いてきた。簡単に言えばその通りなので、ヌイは頷く。
「そうか、そうやって弱いヤツが死なないようにしているのか。考えているな……」
弱いまま強敵に挑む無謀さを理解できないオルトリーヴァではない。若さと世間知らずから知識こそ少ないものの、案外頭は回るのがこのドラゴンだ。
「とはいえ確実ではありません。あな……ブラック・ドラゴンと遭遇したのも想定外の事故です」
当然オルトリーヴァの正体は秘密だ。大西たちははぐれの若いブラック・ドラゴンと遭遇し、現地で出会った龍人であるオルトリーヴァと共にこれを撃退したということになっている。
「サイコロの出目が悪かったんだろう。運の問題だよ」
「運? オオニシは、オルトリーヴァと会ったのは不運なのか……?」
「出会いは不運ではないけど、けがをしたのは不運なんじゃないかな」
「うっ、す、すまない。反省している」
見た目絶世の美女にこんなことを言われて、真顔で返せる大西もだいぶ大物ではないかと、ヌイは目を細めた。彼女としては、ヘンに情が湧いてかばわれたりするよりはやりやすい。だったら連れてくるなという話だが。
「僕に関しては、怪我をすること自体はそんなに苦ではないんだ。不便だけど。だから気に病む必要はない」
大西はオルトリーヴァにむかって、ゆっくりと微笑みかける。いつもと変わらない、穏やかな笑みだ。
「不運と言うのは、あくまであそこでしばらく足止めを食らったことだよ。物資の運搬のために、ヌイたちには何度も村とキャンプを往復してもらったし。だから、ヌイとスフレにはしっかり謝罪と感謝を伝えておいてね」
「わかった。ヌイ、それとスフレ。ありがとう、ごめんなさい」
「……ええ、でも今後ああいったことは無いようお願いします」
ここまで素直ないい子がなぜあんなことをしでかしたのだろう。ヌイはため息をついた。スフレから多少の説明は受けているが、いまいち納得ができるものではない。まったく、妖魔とは不思議な生き物だ。
そして謝罪を受けたはずのもう一方、スフレといえば完全に眠っていた。にもかかわらず、時折手を動かして料理をマスクの下にねじ込んでいる。寝ながら食事をとっているのだ。
「器用だな……」
さしものオルトリーヴァもこれにはあきれ顔だった。とはいえスフレとて好きでこんな特技を身に着けたわけではないだろうが。
「スフレには、起きてからがいいか」
「でしょうね。…それはさておき、助っ人があると聞いて今回はこの依頼にしましたが、正直特殊すぎてあまりリハビリにはなりませんでした。明日は、もっと普通の仕事を受けようかと考えているのですが」
苦笑を浮かべつつ、ヌイが言った。正直今回の依頼は不完全燃焼気味なのだ。大半をスフレが叩き落とし、のこりもガンダルフと大西が例のハープーンとやらで対処した。二匹でも仕留められたのは良かったが、正直あまり戦ったという気にはなれない。
もちろん、これは向き不向きの問題だろう。飛行型には魔法で対抗するのが鉄則だし、ガンダルフも手馴れている。大西に関しては、もう今更考えるのはやめた。こいつはこういう奴なのだ。いちいち驚いていたら身が持たない。
「普通というと」
「ゴブリン、マッドドッグ、ジャイアント・アントあたりですね。繁殖力が強く、いつでも討伐依頼が出ています」
「強いのか?」
「いえ、初心者冒険者の相手です」
ヌイの返答に、ちらりとオルトリーヴァは大西の方を見た。彼はヌイたちの話を聞きながら、自然な様子で食事をとっている。どこかを痛めているとは思えない自然な動きと表情だ。とはいえ、スフレの話ではまだ完治しているというわけではないらしい。無理は禁物だろう。
「そうか、都合がいいな。オルトリーヴァは賛成だ」
「人型じゃない相手がいいな」
当の大西は、心配されていることなど理解していないような能天気顔だ。
「大きい相手は厳しいけど、ある程度は対処を覚えておきたい」
「なら、マッドドッグかジャイアント・アントですね。でも、どちらも姿勢が低い相手です。殴りにくい相手では?」
「杖なり棒なりを使おうかと。安いし使い勝手もいい」
「なんです、それ」
聞きなれない言葉に、ヌイは眉を上げた。どちらも日本や中国の武術では定番の武器だが、こちらではあまりなじみがないらしい。剣、槍、あるいはメイスなどの武器に比べると、どうしても攻撃力が低いからだろう。人間相手ならともかく、妖魔を相手にするにはたしかに心細いだろう。
「そのままだよ。木とか鉄でできた棒。雑貨屋でそれらしいの売ってたし」
「十フィート棒ですか、もしかして。あれで戦う気なんですか……」
「大丈夫、強度も長さも十分だ。ちょっと長いけど、野外ならむしろそれでいい」
罠の有無などを確認する長い棒が十フィート棒だ。確かに丈夫で握りやすいが、そんなもので戦っている人などヌイは見たことが無かった。
とはいえ、大西が出来ると言っている以上できるのだろう。できないことはハッキリ言うタイプなのは知っている。とはいえ、ヌイとしては苦笑を浮かべるしかない。
「弱くて大きくない相手なら、それで十分さ」
「わかりました。では、明日はマッドドッグかジャイアント・アント討伐の依頼を受けるということで。ですがあくまで肩慣らし、リハビリですからね。そのことをしっかり頭に入れておいてください」
「心配性だなあ」
「あなたのことですから」
ヌイは澄ました顔でそう言い切り、少しだけ頬を染めて笑った。
「じゃあ、堅苦しい話はここまで。明日に備えて、しっかり羽を伸ばしましょう」
彼女はそう言って、エールがたんまり入ったジョッキを掲げて見せるのだった。




