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第二章一話

 晩春は、いつの間にか初夏へと変わっていた。澄んだ日差しが、みずみずしい緑色の野原を鮮やかに照らしている。半袖を着ていても汗ばむくらいの陽気だった。

 

「なあオオニシィ、本気であの話受けるつもりなのかい」


 そのような気候であっても、相変わらずスフレは例の重装備で、なおかつ大西の背中にべったりとくっついた状態だった。暑いとは思わないのだろうか?

 今、大西とスフレ、そしてヌイは草原にあるさびれた街道を歩いていた。王都から北へ徒歩十日ほどの場所である。既にフランキスカの誘いから、一か月以上の時間が経過していた。三人は、久方ぶりの遠方の依頼を受け、移動している最中だった。

 

「いやだって不労所得……」


「相手はあのエルトワールだぞ。一切合財皆殺しのエルトワール、オークの方がまだ文化的なエルトワールだ! ああいう連中と付き合うとろくなことが無いぞ」


 先日からずっと繰り返されている話題だった。スフレはどうにかして、大西をエルトワールから遠ざけたいらしい。

 彼女の発言はなかなか刺激的だが、しかしこれは単なる妄言の類ではない。血の気が多いエルトワールの人々は王都ではすこぶる評判が悪く、大きな軋轢が生まれているのだ。王からの冷遇も、民衆や部下からの『エルトワール人の集団を王都に常駐させないでくれ』という突き上げが原因だった。

 

「さっきから、何の話をしているのです? 仲間内で内緒話と言うのは、あまり感心しませんが」


 あからさまにむすっとした顔で、ヌイが口をはさむ。珍しくフードをかぶっていない彼女は、耳をぴこぴことさせて不満を表明していた。


「僕が」


「いやぁなんでもない! 大したことじゃないさ」


 大西がしゃべろうとしたのを強引に止め、スフレがそう言った。

 

「エルトワールがどうとか聞こえましたが? まさか妙な連中と付き合っているのでは……」


「気のせい気のせい! 妙なことはなにもないからね、安心してくれたまえよ」


 慌てた様子で両手をブンブンと振るスフレにヌイは不審感の塊のような目を向けたが、しかしそれ以上追及することはしなかった。問い詰めても、この怪しい人物はなにも肝心なことは話さないだろう。短い付き合いだが、それくらいのことは彼女も理解していた。

 

「……まあ、いいでしょう。ですが、ヘンな話に夢中になって、今回の依頼の内容を忘れたりはしていませんよね? 決して、気楽にこなせる仕事ではありませんが」


「勿論だとも」


 ジト目でそう続ける彼女に、ほっと安堵のため息をつきつつ答えた。そして白衣を大西の背中で無駄にはためかしつつ続けた。

 

「謎の飛行型竜種の調査、そうだろう? 安心するといい、対空魔法は豊富に取り揃えている。飛竜(ワイバーン)じゃなくて(ドラゴン)がきたって、低級なら簡単に撃退できるさ」


 気楽な口調でそんなことを言うスフレ。空を飛ぶ妖魔は非常に厄介な存在だが、それゆえに対策も数多く考案されている。彼女の口にした対空魔法というのは、そのなかでも最も標準的かつ効果の高い方法だった。要するに、火球(ファイア・ボール)やらの射出魔法に誘導能力をつけたものだと思えばいい。現代兵器で言う所の対空ミサイルだ。

 

「それは、あなたほどの魔法の使い手ならばそうでしょうが。しかし、油断は禁物です」


 もちろん、ヌイとてオークとの戦いを見ているからスフレの魔法技術は知っているが、さりとてこのようなだらけきった状態では安心できない。思わず、小さなため息をついてしまうヌイ。

 

「わかっているとも」


 不気味なマスクの嘴を誇らしげに上下させながら、スフレはそう言い切った。一方大西と言えば、ほとんどわれ関せずといった様子で黙々と足を進めている。歩いているだけなのに、妙に楽しげだった。

 

「ま、今回も目標は調査だ。前回と違って、護衛対象もない。不味くなったら逃げればいいのさ」


 そう、前回に続き今回も依頼の内容は調査だった。北方で謎の飛行型妖魔が目撃されたから、調べてきてくれというのだ。ギルドの受付からこの話を聞かされた時、当然のごとくヌイは受託を渋った。前回もそんな依頼を受けて大事になったのだ。

 しかし、結局はこうして依頼を受けて北方に向けて徒歩旅を続けているのは、大西がヌイに頼み込んだからだ。遠くへ行くと言うのは、彼にとってはそれだけで楽しいものらしい。仕事と言うよりは物見遊山が目的なのだろう。旅ができる上に金までもらえるなんて一石二鳥じゃないか、というのが大西の主張であった。

 ちなみに、当然だがシャルロッテは同行していない。彼女とはあの依頼限りのパーティーだったのだ。ソロやコンビで活動している冒険者が、臨時パーティーを組むのはよくある話だ。強引に大西宅に押し掛け、そのまま当然のような顔をしてパーティーに入り込んでいるスフレがヘンなのだ。

 

「逃げる、と言ってもそうそう楽ではないでしょうが」


 肩を竦めつつ、ヌイは外套の懐に手を突っ込み、中から古びた紙切れを取り出した。王国の街道や主要な街が記載された地図だ。まともに測量されたわけでもないめちゃくちゃな縮尺の雑な地図だったが、それでも大まかなことはわかる。

 大西たちが今いるのは、王国の北方……山脈地帯のすぐそばだ。顔を前に向ければ、遠くにうっすらと白みがかった壁のように峻嶮な山々が見える。このあたりは王国でも最も人の手が入っていない場所で、街どころか村もほとんどないような有様だ。

 

「ま、ワイバーンに限らず空を飛ぶ妖魔連中の一番の持ち味が機動性だからね。追い掛け回されたらなかなか厄介だ。概ね耐久能力が低いから、むしろ正面から戦った方が賢明かもしれないな」


「ずいぶんと好戦的ですね」


「合理的に考えた結果さ。ただたんに空を飛べるだけなら、面倒であっても厄介な相手じゃあない。ボクみたいな優秀な魔法使いにとってはね」


 とはいえ、それほどの魔法使いはそうそう居ないため、飛行種は嫌われているのだが。数のいる中堅未満の冒険者では対処できない相手だからこそ、こうして不確かな目撃情報でも調査依頼が出てくるのだ。ワイバーン程度の低級種であっても、防備の弱い村落でもつつきまわされたら被害は甚大なものになる。

 

「とはいえ、空は広いよ。きちんと警戒しないと、奇襲されかねない」


「ええ、厄介な話です。太陽を背にして一気に強襲してくる、頭のまわる相手も稀にですが存在します。四方八方に注意するべきかと」


 大西の言葉にこくこくと頷くヌイ。近接攻撃しかできない大西はもとより、ヌイ自身も過去に飛行妖魔に苦労した経験から、危機感は非常に高かった。

 弓のお陰で空を飛ぶ相手に攻撃ができないわけではないが、上に向けて矢を放てば当然威力は凄まじく減衰する。それに猛スピードで三次元的に動き回る相手を狙い撃つのは、それだけで名人芸といえるほどの技量を要求されるのだ。

 

「一応、まだ目撃された場所からは離れていますが……空を飛べる相手ならば、行動範囲は広いでしょうし」


 地図に目をやりつつヌイはそう続けた。正体不明の飛行型妖魔が目撃されたのは、王国の集落としては最北端にある小さな山村だった。遠くの空を見たこともないような妖魔が飛んでいた、というのだ。

 おそらくは竜種……爬虫類の親玉のようなタイプの妖魔の中でも比較的ポピュラーな低級種、ワイバーンの類ではないかという意見が冒険者ギルドの中でも大半ではあったが、万が一にでも竜種とは隔絶した力を持つ上級種の妖魔……ドラゴンであれば大事だ。大事を取って、調査依頼を出したのである。

 

「そうだね。まったく、面倒な話だ。見つけたらすぐさまボクに知らせるんだよ。なんたってこの手の相手への対処はスピード勝負だからね」


 紐を使って背中に背負った長杖の位置を直しつつ、スフレはそう言う。装飾過多のこの魔法の杖は背負うには少々重いし取り回しも悪いが、大西に背負われて移動する都合上こうするほかない。旅路の大半を、彼女は寝て過ごしていた。こうして起きて話をする時間は、決して長いものではない。

 

「……今更文句は言いませんが、寝ていたとしても起きたら即座に対応できるようにしておいてくださいね」


 付き合いも一か月を超えると、ヌイとしてもスフレのこの睡眠癖がどうしようもないことは理解できてくる。幸い寝起きは異常なレベルでいいので、今のところ実害はないのであまり文句も言いにくい。

 

「無論だとも。任せておけ」


 胸を張ってそう言い放つスフレだったが、話すべきことが終わるとまたすやすやと穏やかな寝息を立てはじめる。起きるのも一瞬なら、寝るのも一瞬だ。この落差は、ヌイもまだ慣れることができない。

 スフレが眠れば、一気にあたりは静かに鳴る。靴底が地面を踏みしめる音と風が草葉を撫でる音。遠くで鳥が鳴く声。聞こえるものはそれだけだ。雄大な山脈に向かって伸びるとぎれとぎれの街道が、眼前には広がっていた。

 

「オオニシ」


「うん?」


 もくもくと足を動かす大西を見やり、ヌイが口を開いた。

 

「……いえ、なんでも」


「そっか」

 

 振り向いたその顔は、いつもと同じ穏やかな表情だった。なのにそれが妙に楽しそうで、思わずヌイは口をつぐんでしまった。危険度が高く、なおかつかなりの距離を移動しなければならないこの依頼に不満が無いわけではないが、旅を心底楽しんでいる風の彼には文句を言うことはヌイには不可能だった。思わず、口元を緩め

 

「仕方ないなあ」


 などと小さくいってしまうヌイだった。

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