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第一幕間五話

「……おいおい、冗談きついな。どういう手品だい、こりゃ」


 若干引き攣った声を出しながら、スフレは切断されて地面に転がる丸太を見る。その切断面は、きわめて滑らかで自然なものだ。刃のない訓練用の剣でこんなことをしでかすのは、はっきり言って魔法よりよほど非現実的な技だった。

 

「簡単なことだ、魔術師。ヤツは余のやったことをそのまま繰り返した。同じ速度で、同じ力で、同じ角度で、だ。なれば、こうなることは自明であろう?」


 にやと、明朗快活な彼女には珍しく底意地の悪そうな笑みを浮かべてフランが答える。当代無双の大剣豪と呼ばれるほどの力量を持つ彼女には、大西が何をやったのかなど簡単に理解できることだった。つまりは、技のコピーだ。

 

「技術を盗むのが得意だなどと前に行っていたが、なるほどそういうことであったか。このような芸当ができるのならば、貴様の妙な多才ぶりにも納得がいく」


 鞘に収まった模擬剣を塀に立てかけ、フランキスカが腕を組む。豊満な胸がたゆんと揺れた。

 

「武芸であろうがなんであろうが、見たものをそのまま自分で実行できる。そういうカラクリなのであろう?」


「ええ。僕一番の特技です」


 オオニシはことさら誇るわけでもなく、さりとて謙遜するわけでもなく簡潔にそう答えた。この特技のお陰で、大西はどんな仕事に就こうが数日で一人前の技量を得ることができた。もっとも、速すぎる習熟速度が軋轢を生み、結局離職するのも早くなるというデメリットもあったが。

 

「やはりな。ふふ、素晴らしいではないか。真似事が得意な輩は何人も知っているが、ここまでの傑物はさすがの余も始めてよ。くくく、これは広いものだ。━━なあ、オオニシよ」


 笑みを深めつつ、フランはゆっくりとした足取りで大西に近づいた。ふいと長身をかがめ、顔を近づける。頬に吐息がかかるほどの至近距離。

 

「余の物にならぬか? その力、余ならばどこまでも伸ばしてやれるが」


 囁くようなその声には、異様なまでの色気があった。耐性のないモノならば、腰が抜けていたかもしれない。少し離れた場所に居たスフレすら、小さくつばを飲み込んだ。しかし


「ヘッドハントですか。お給金と休日はどういう感じなんでしょう?」


「うっ」


 大西はあくまでマイペースであった。転職慣れしている彼は、即座に現実的な質問を投げてよこす。そしてそれは、万年金欠大公にはあまりに厳しい問いであった。

 

「給金、給金な。うむ、うむ……」


 本国から定期的に送られてくる予算は、大半が王都の一等地に立ったこの屋敷の維持費と税金に消えていく。そして主君たるエスタル国王からは、嫌がらせのような俸禄の現物支給しかない。結果、フランキスカに自由にできるような金は、ほとんどなかった。今の彼女よりは、そこらの商家のボンボンの方がよほどお金を持っているだろう。

 

「が、岩塩ではだめか?」


「塩なんて貰ってもこの辺りでは二束三文なのですが」


 王都の近くには、大規模な岩塩鉱山があった。この周辺では、きわめて安く塩を購入することができる。少々の量を売ったところで大した額にはならないだろう。国王がわざわざ塩を寄越したのも、そういった事情があった。完全な嫌がらせ目的である。

 

「そうではあるが……うむむ……うむぅ……」


 先ほどとは一転、端正な顔が哀しそうに歪む。まるで叱られた子供のような表情だった。しかし、折角の逸材だ、ここで逃すのはあまりにも惜しい。いろいろと技を教え込めば、この男は素晴らしい戦士に成長するだろう。武力くらいしか特色のないエルトワールのことだ、使える人材はぜひとも手元に置いておきたい。

 

「……そうだ、騎士だ。余の騎士に叙任すれば、本国から給金も出る。具体的には金貨三枚ほど。これなら余の懐は痛まぬし、貴様は仕事があろうがなかろうが自動的に収入を得ることができる。素晴らしいウィンウィンの関係ではないか?」


 騎士は貴族階級だ。世襲こそない一代限りの地位だが、主君から俸給も出るし特権も多少ある。まったく悪い話ではなかった。それどころか、破格の条件だろう。当然普通ならこのようなことはありえない。

 その実、大西が部下になれば刀の手入れをタダで丸投げできるのではないかという実に狡からい考えもあって、フランはこのような条件を出してきたのだ。それに、何か問題が起ころうが腕力で解決すればよいだけだ。どれほど妙な特技があろうが、フランは大西相手に負ける気はさっぱりしなかった。

 

「不労所得! 不労所得がもらえるんですか!」


「えっ、きみトロルと遭遇した時よりびっくりしてない?」


 その大西の異様な食いつきように、思わずスフレがドン引きしたように言う。おもわず仮面の額に手を当てる彼女だったが、大西は気にする様子もない。

 

「う、うむ。基本的に騎士は必要な時だけ召集されるのが普通だ。こやつらも騎士だが……」


 フランが目を向けた先に居たのは、先客の男女だ。思い思いの方法でトレーニングを続ける彼・彼女らは、明らかにこちらに警戒したような目を向けている。

 

「用事が無いときは好き勝手過ごしておる。というかたまに招集しても来ない」


「それじゃあ、冒険者しつつ騎士になっても?」


「ああ、構わぬよ。そも、王都でくすぶっているよりも冒険者として実戦経験を積んでもらう方が、余としても有難い。やはり実戦に勝る訓練など無いのだからな」


「なるほど」


 頷きながら、大西が自分の顎を撫でた。決して悪い話ではない。それに、不味いことになったらさっさと逃げればよいのである。大西は大西で、フランと同じくそのような不埒なことを考えていた。正面から勝てずとも、逃げ足ならばそうそう負けない自信があった。

 

「業務としては、どういった内容なんでしょう?」


「簡単なことよ。平時は鍛錬をし、有事には主君……つまりは余の元へ駆けつけ、力となる。それが騎士のありようよ」


「一応正規兵みたいな扱いなんですね。公務員かぁ……いいなあ」


 楽観的に過ぎる発言だが、彼は紛争地帯も徒歩でウロウロしていたような人間である。職業として戦うことがどういうことなのかというのは、理解していた。ただ、彼は恐怖心が極端に薄い人間なので、これほど能天気な発言が出てくるのである。

 

「でも人殺しはできれば避けたいのですが。一応仏教徒なので殺人はあんまり。手遅れかもしれないけど……。不殺の騎士とかアリなんでしょうか?」


「ブッキョウト? まあ、よくわからんが基本的に我らの敵は妖魔であってヒトではない。安心せよ」


「おぉ、それはいいな……実に良いな……」


 ふんふんと大変に機嫌よく頷きながら、弾んだ声を出す大西。そんな彼を、スフレは仮面の下で渋い表情を浮かべつつも黙って見ていた。口を挟みたいが、タイミングがつかめないのだ。時折フランキスカの方をちらちら見つつ、口を開きかけるが結局途中でやめた。

 

「休日とかはどうですか?」


「鍛錬さえ絶やさなければ、普段はどう過ごそうが構わん。遠出をする場合は一声かけてほしいが」


「すごい」


 もはや子供のような感想しか出てこない大西。様々な仕事を転々としてきた彼だったが、これほどの好条件は見たことが無かった。

 

「騎士には主君が剣を贈るのがならわしだ。武器の問題も解決できるぞ?」


「やります、やらせてください」


 駄目押しの言葉に、彼は一瞬にして折れた。思わずスフレが仮面の額の部分に両手をあてて首を左右に振る。勘弁してくれ、と言わんばかりの態度だ。

 

「おい、そんなに簡単に答えるんじゃあない。もうちょっと考えたまえよ」


 さすがにこらえきれなくなって言うスフレ。大西が何か言いかけたが、それよりはやくフランが口を開いた。

 

「確かにその通りであるな。よい、しばし考えてみるが良い」


 騎士のしての責務は、決して軽いものではない。軽い言葉で大西を誘ったフランだったが、それでもそのことはよくわかっていた。流石に話を急ぎ過ぎたかという、若干の後悔もあった。

 

「とりあえずひと月ふた月ほど、この屋敷に通うがいい。王都に常駐するエルトワール騎士は、本国でも指折りの猛者ばかり。奴らと剣を交え、言葉を交えれば、騎士がどういうモノなのかは理解できるだろう。結論を出すのはそれからでも遅くはないだろう」


 こちらにも準備が必要であるし、とフランキスカは続けた。実際、騎士を増やすとなれば本国へ連絡と手続きの依頼も必要であるし、決して今日明日で出来るようなことではないのだ。

 

「そうですね。そうさせてもらいます」


 大西としても、拒否する理由は少ない。おとなしく頷いて見せる。その横で、ひそかにスフレが安どのため息をつくのだった。


以前活動報告に書かせていただきました通り、二章の準備のため一週間ほどお休みさせていただきます。次回の投稿は9月12日を予定しております。

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