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第一章二十一話

おそらく二十五話あたりでストックが尽きるので、それからは週二投稿になります。

 武器と武器がぶつかり合う音。悲鳴、怒号、そして、大地と大気を揺らす足音。それらが混然一体となった戦場音楽が、大西の鼓膜を暴力的に揺さぶる。のどかだった農村は、今や血と肉にまみれた戦闘区域へと姿を変えていた。

 

風刃(ウィンド・スラッシュ)! 氷弾アイス・バレット! ほれもういっちょ風刃(ウィンド・スラッシュ)


 大西の耳元でうるさくがなり立てているのはスフレだ。彼女は大西に肩車された状態で土塁から頭と杖を突きだし、凄まじい速度で魔法を連射している。杖の先端に付いた宝珠は激しく明滅し、そのたびに目視不能の透明なカマイタチや鋭利な氷の刃が飛んだ。

 狙う先は当然、土塁の向こう側に居る無数のオークたちだ。数えるのも馬鹿らしくなるような量のオークが居る。そのどれもが、村の門に向かって殺到していた。

 

「通すとでもッ!」


 簡素な作りの門の真正面には、シャルロッテが仁王立ちで応戦していた。既に鎧と剣は血脂にまみれ、鬼神か阿修羅かといった状態になっている。

 一匹のオークが今、凄まじい速度で助走をつけながら、馬鹿でかいこん棒を大上段から振り下ろした。分厚い盾でそれを真正面から受け止めるシャルロッテ。両者の体格差は明白だ。押し負け、鋼鉄のプレートがつけられたブーツで土を削りながら身体が下がった。

 しかし、体勢は崩れない。フルフェイスの兜の奥でぐっとオークを睨みつけながら、右手に持った幅広の長剣をその緑色の厚い胸板につきたてた。耳障りな悲鳴を上げながら、オークが数歩後退する。

 

「……」


 物見やぐらの上でその様子を見ていたヌイがおもむろに矢筒から一本の矢を引き抜いた。二股に分かれた幅広の鏃のついた物だ。手早く短弓につがえ、呼吸を止める。一瞬で照準を定めて放った。弦が空気を弾く快音が響く。

 矢は、シャルロッテの攻撃の隙を狙って切りかかろうとしていた牛刀を持ったオークの首を一撃で半分切断し、オークは噴水のような血しぶきを上げながら倒れる。

 

「六匹」


 ひゅうと短く息を吐きながら、新しい矢を番える。今度は普通の鏃だ。呼吸を止め、また放つ。一匹のオークの胸板に矢が深々と刺さった。息を止めたまま、もう一度弓を引く。弓弦の音。二本目の矢を左眼球に受けたオークがケイレンしながら倒れる。

 

「七匹」


「おうおう、合戦合戦してんね」


 そんな様子を見て気楽な声を上げるスフレ。少しだけ、その声は弾んでいた。所謂、コンバット・ハイというやつだろう。

 

「ここからじゃ、どういう状況なのかいまいちわからないんだけど、どんな感じ?」


 対照的な至極落ち着いた声で聞く大西。革鎧は着れどもナイフ以外の武器を持たない彼は、まともに戦闘に参加することはできない。正面戦闘はシャルロッテに任せ、こうしてスフレと共に移動砲台めいた仕事をしてはいるのだが、土塁は大西の身長よりだいぶ高いので、外の様子は一切見ることができないのだ。

 

「じきに決壊しそうだね。今は正門に戦力が集中するけど、すぐに連中も正面から押しとおる必要が無いことに気付くだろうさ。この程度の壁、オークの身体能力ならすぐに……おっと風刃(ウィンド・スラッシュ)!」


 土塁の上にひょこりと頭を出したオークに魔法をぶちこむスフレ。妖刀めいた切れ味のカマイタチが、一瞬にしてオークの頭部と胴体を泣き別れにする。明後日の方向へ吹っ飛んでいく首と、血色の噴水と化した身体。血しぶきがスフレの白衣にかかり、赤黒く染めた。当然、その真下に居る大西も血まみれである。

 

「うーんサベージ……」


 生暖かくどろりとした鮮血を顔面に浴びた大西が鎧の下に入れていた手拭いで顔を拭く。手拭いも、鎧の下に着ている服も再利用は難しいだろう。血の汚れは洗濯をしてもとれないのだ。

 

「こう、白兵戦は感染症とか寄生虫が気になるよね……腹下しは困るよ」


「きみさぁ……」


 パニックを起こして暴れまわるよりは百倍マシだろうが、それにしてもひどい緊張感のなさである。マスクの下であきれ顔を浮かべるスフレ。

 

「あれま」


 そうこうしているうちにも戦況は刻一刻と変化していく。遠くで、土塁を乗り越えた一匹のオークが猛々しくこん棒を振り上げながら雄たけびを上げた。すぐに近くに居た農民がフォークを構えて迎撃に当たったが、ぶんぶんと振り回されるこん棒に怖気づいて接近することができないようだった。

 

「不味いねえ。さっさと引いて村の中で混戦したほうが良さげじゃない? 前ばっかり見て後ろから殴られたらコト(・・)だよ」


 土塁を乗り越えて村の中に入るオークは一匹だけではない。一匹、また一匹と突入してくる。立派な城壁があればこうはならないのだが……ゴブリンや獣型妖魔対策に作られたこの程度の土塁では、体格と膂力に優れるオークに対しては明らかに力不足だ。

 

「ごめんよ、よっと」


 彼の頭を軽くたたくと、スフレが股を開いてズルリと身体をずり落ちさせた。地面までは下りず、背中にくっつく。おんぶの姿勢だ。

 

「そうはいっても正面をガラ開きにはできないよ。とりあえず、村内の対応はボクらでやろう。足は任せたよ」


 スフレは徹底的に大西にくっついたまま戦うつもりのようだった。彼女は足が遅いし。身体強化の魔法は相性が悪く、見た目通りの身体能力しか発揮できないのだ。これでオークに肉薄されれば死ぬほかない。

 そして大西と言えば、身体能力は魔法を使っていない状態にしてはかなり高いが、大した武器を持っていないので攻撃力に欠ける。お互いの足りない部分を補う最適のフォーメーションがこの状態……というのが彼女の考えだった。見た目が間抜けなのが最大の欠点だろうが……。

 

「というわけで置き土産だ!」


術式読込中(ナウローディング)……術式読込中(ナウローディング)……』


「遅いぞ! 三秒で終らせろ!」


「無茶では」


準備完了ロック・アンド・ロード


「よし来た! 落氷(アイシクル・レイン)!」


撃発(リリース)


 地味な青年の背中に虫のように張り付くというと言う格好のつかない状態ではあるが、スフレは勇壮に杖を振りかざした。瞬間、空高くにいくつもの手槍ほどの大きさの氷柱が出現し、オークに向かって降り注いだ。土塁の内側にも巨大な氷の塊が砕ける破滅的な高音と地響きが問答無用で伝わってくる。思いもよらない攻撃を受けたオークたちの悲鳴もだ。

 むろん狙いなどつけていない適当な攻撃だ。しかし敵の数は多く、数匹が急所を貫かれて即死し、そのほかも複数がどこかしらに傷を負った。

 

「おーう、コスパが悪いなこの魔法は」


「……」


 一人ごちるスフレを気にせず、物見やぐらのヌイに小さく手を振る大西。戦場の異常の出所であるこちらに反射的に目を向けていたヌイは大西の意図に気付き、しっかりと首を縦に振ってから弓を構えなおした。

 

「さて、行こうか」


 地面を蹴る。モタモタしている時間的余裕はない。一瞬でトップスピードへ。先ほどのオークは、棍棒の一撃で村人の一人を枯れ枝の如くへし折っていた。骨の砕ける乾いた音と、水の入った袋を地面にたたきつけたような湿った音が同時に鳴る。血と肉片の付着したこん棒を振り上げながら、オークの目が大西を捉えた。血走り、興奮に濁った獣の目。

 

氷弾アイス・バレット!」


 力あるスフレの声。機械的に魔法の杖が撃発(リリース)と続き、無数の小さく鋭い氷の破片が空中に出現し、銃弾のような速度で射出された。回避しようと飛びかけたオークだったが、間に合わない。胸を中心に広範囲を撃ち抜かれ、血を噴き出しながら悶絶する。鼓膜どころか全身が震えるような凄まじい叫び声をあげるオーク。

 

「往生際が悪いッ!」


 だが、一撃で殺害するには至らない。致命傷ではっても、即死ではないのだ。怒りに燃えるオークはV型八気筒エンジンめいた凄まじい唸り声を出しながら大西に向かって突進してくる。

 

「降りて」


 静かな声で、スフレにそう告げる大西。魔法の再装填を待つ余裕はない。彼我の距離は十メートルも離れていないのだ。反射的にスフレは大西の肩から手を放し、ストンと地面に降りる。

 残りの距離、五メートル。地面を蹴る足音が、まるで地響きのようだ。恐ろしい憤怒の表情が良く見える。ごく慣れた様子で、大西が両手をスナップさせた。距離、三メートル。滑らかに適度に脱力した右腕を前に構える。両者が、ぶつかり合った。

 

「……」


 それは、衝突と言うにはあまりにも静かなものだった。人間一人を一瞬で殺しうる威力を持ったこん棒の振り下ろしはむなしく空を切り、代わりに大西の腕と足がオークに蛇のような動きで襲い掛かる。瞬間、オークは空を舞った。コメディ映画か何かのような、滑稽な一回転。そのままの勢いで額を地面に強打し、不気味なくらい軽い音を立てたかと思うとオークはそのまま動かなくなった。

 

「予想以上のハイパワー……」


 常と変らぬ声でそう呟く大西だったが、それを真横で見ていたスフレは呆気にとられた様子だった。百キロを余裕で超える巨体がおもちゃか何かのように吹っ飛んだ際の風圧と迫力は、マスクごしの彼女の肌をもびりびりと震わせていた。

 近くでその様子を見ていた村人たちが、わっと歓声を上げる。びくりとそちらの方をみやるスフレだったが、すぐ気を取り直して大西のほうへと向き直った。

 

「な、なんだ、今のは」


「東洋の神秘」


 驚きを隠せないスフレと、平常通りの大西。今のオークを容易に倒せたのはスフレによって既に大ダメージが与えられ、冷静さを描いていた状態だったからからだ。調子に乗れば即死は免れない。それをよく理解している大西は、何事もなかったかのようにしゃがみこんだ。乗れと言うことだ。

 

「……まったく、予想以上の逸材だな、きみは」


 マスクの下で微妙な顔をするスフレ。先に「結構やれるんじゃないの」などと言った彼女だったが、ここまでやるとは思ってもみなかったのだ。身長二メートルのゴリマッチョが全力で突進してくるのを楽々いなすなど達人の所業ではあるが、普段の彼ののんびりした所作からは、そのような凄味など一切感じないのだ。

 とはいえ、この有事に置いてはそれは嬉しい誤算のうちだ。気を取り直し、大西の背中に再び乗るスフレ。大西が立ち上がりながら、ちらりと死んだオークと村人の方へと目をやる。

 

「南無……」


 静かに合掌し、一礼。それっきり、大西はまた弾かれたように走りはじめた。鎮魂は後からいくらでもできる。今はやるべきことを優先するべきだ。

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