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第一章二十話

「さて、まともに防衛方針も組み上がっていない状態での襲撃なわけだけど、どうする?」


 懐から陶器製の小瓶を取り出しながら、スフレが聞いた。目線は、敵のオーク集団がこちらいる方角を向いている。敵はいまだ、彼女の視力では目視するには辛い距離だ。しかし文字通り遠くまで見通すことができる魔法、遠見(クレヤボヤンス)の効果は続いている。彼女の目には、半鐘の音を聞いてわっと隊列を散開させながらこちらに猛進してくるオークたちの群れが写っていた。

 

「早くヌイたちと合流するべきだろうね。ただ、接敵前に打撃を与えられる手段があるならそれをやっておいてから移動したい」


「派手な奴かい。ま、手段はいくらでもある。距離から見て一発撃てれば精々だが……うっ」


 意気揚々と語っていたスフレだったが、小瓶にストローをさしてマスクの下から中身を吸うと、とんでもなく嫌そうな声を出した。何らかのポーションなのかもしれないが、雰囲気からしてかなり不味い代物らしい。マスクの上からでも、彼女の渋い表情がありありと想像できるような声だった。

 

「ぐええっ……うっぷ……ね、眠気覚ましの薬だ、気にするな。それで……遠距離魔法だな。火炎系のでっかいやつでもブチかませば、威嚇にもなって両得だろう。一発、派手にやるかい?」


「出鼻をくじきたい。それにはタイミングはちょっと遅いけれど……できるだけ目立つ攻撃がいいね」


「待ってくださいよ! まだ畑は収穫前なんだ、延焼なんかした日には俺たちゃ食い詰めますよ!」


 顔色を真っ青にした衛兵がスフレの肩を揺すった。オークたちは畑の方向に居る。大きな火柱でも発生した日には、あっという間に麦畑は炎の海になるだろう。

 

「まいったな、周辺には被害を出すなってわけかい」


「議論をしてる暇はないし、雇い主の利益を損ねて後から面倒なことになっても嫌だねえ……適当な感じでなんとかならないかな?」


「適当、ねえ。わかった、やってみよう」


 ため息交じりに、スフレが小瓶を足元に捨てた。そして、杖を両手でぐっと握る。

 

術式読込(ローディング)


 あの電子音声めいた声がまた聞こえてくる。いま、宝珠に灯っている光は遠見(クレヤボヤンス)の時の比ではない。下手なオイルランプより明るいくらいだった。固唾をのみながらそれを見つめる衛兵。大西も、興味深そうにじっと見ている。

 無言のまま、時は過ぎていく。十秒、二十秒、三十秒。時間と共に、宝珠の光は増していった。やがて、スフレが軽やかに杖を振り上げた。

 

準備完了ロック・アンド・ロード


雹嵐(アイスストーム)!」


撃発(リリース)


 歌うようなスフレの声に、杖の無機質な声が続く。轟と、晩春の穏やかな夜にふさわしくない暴風の音がした。気圧でも下がったのが、耳に違和感を感じる大西。それと同時に、夜空と地平線のはざまで異変が起こる。

 竜巻染みた、強烈な風が吹き荒れる。風には、鋭利なナイフのような氷礫が無数に混ざっていた。氷の嵐の中心にいたのは十匹ほどのオークの集団だった。オークは全身を氷の刃に切り裂かれ、鮮血を噴き出しながら風によって吹き飛ばされる。その様子は、まるで無数のガラス片と一緒にミキサーにかけられた生肉のようだった。月光で照らされてキラキラと幻想的に輝いていた氷の嵐は、あっという間に赤黒いおどろおどろしい鮮血の嵐に変貌していく。ごうごうと言う風の音には、肉も骨もいっしょくたにすり潰される悍ましい音が混ざっていた。

 身長二メートルの巨躯を持った怪物十匹が、原型すら残らずに粉々になるまで十秒もかからない。自然現象とは一線を画した、異様極まりない光景。

 

「……なるほど、わからない」


 スフレから視線を外し、その人間離れした視力でオーク集団の一部が塵芥に帰した姿を確認しつつ、大西がつぶやく。一体どういう原理でこの現象が起こったのか、その因果関係がさっぱり理解できなかったのだ。とはいえ、現実としてスフレの声に呼応して殺戮の風が吹き、人間サイズの生き物が大量にミンチになったのだ。魔法と言う技術のもつ力をまざまざと見せつけられた形になる。


「お仕事終了! どうだい、あれなら余計な被害は出ないはずだが」


「……」


 ふふんと胸を逸らしながらスフレは衛兵に向かって言う。だが、衛兵は青い顔をしたままだった。確かに余計な被害は出なかった。だが、彼の知る魔法と言えば、せいぜい火球を敵に向かって飛ばす簡単なものだけだ。このような大規模な術を扱う魔法使いなど、想像の埒外の存在だった。故に彼は声を振るわせ、「あ、ありがとうございます」と礼を言うのがせいぜいであった。

 

「すみません、俺、仲間のとこに行かないと……」


 そのまま、そそくさと逃げ出すように梯子を下りていく衛兵。スフレは彼に物言いたげな様子で一瞥をくれたが、軽くため息を吐きながら大西の方を見た。

 大西はといえば、曖昧な笑みを浮かべたまま、遠くを見ている。雹嵐(アイスストーム)の術は既に効力を失い、生暖かい大気は既に穏やかさを取り戻していた。風の音に代わり、悲鳴とも鬨の声とも取れる大声が遠くから聞こえてきはじめた。それも一つではなく、沢山。まるでオーケストラの重奏だ。仲間を殺された怒りを戦意に変換しながら、無数のオークが凄まじい速度で村に向かって進軍している。数えきれないほどの量だ。

 

「ありがとう、すばらしい威力だ。それで、もう一発行ける?」


「百発は行けるぞ、余裕でね。でも敵は散開しちゃったから、効果が薄いぞ。あれは破壊力は高いんだが、面制圧能力は低いんだ」


「わかった。なら大人しくヌイたちと合流した方がよさそうだね」


 いたって冷静で穏やかな様子の大西に、スフレは安どのため息をひそかに吐いた。せっかくできた友人だ、くだらない理由で失いたくはない。

 

「それがいいだろう。悪いけど、また肩を貸してくれ。ボクが自分の足で歩くより、君の背中にくっついておいたほうが早そうだから」


「わかった、急ごう」


 しゃがみ込んだ大西の背中に、杖を紐で背負いなおしたスフレがおぶさった。彼女は普段のように全身の力を抜いて体重を預けるようなことはせず、腕と足に力を入れてしっかりと背中にくっつく。それを確認した大西が立ち上がり、ちらと柵の方を見る。

 

「大人しく梯子を使ってくれよ」


「もちろん」


 駆け足で梯子にむかい、手際よく降りていく。オークの声がだんだんと近づいてきていた。そして村自体も、先ほどの静寂が嘘のように喧騒に包まれている。武器になりそうな農具をもった男たちが、大通りに集まっているのだ。

 足が地面につくと同時に、全力で走りはじめる大西。乾いた土を蹴りあげ、あっという間にトップスピードへ。道路は先ほどまでとは打って変わって家から出てきた人々でお祭りめいた人口密度になっていたが、彼は速度を緩めず、それでいて誰かとぶつかることもなく上手くすいすいと進んでいった。

 

「オオニシ! 敵ですか」


 狭い村だ、走れば、目的地である食堂まですぐにたどりつくことができる。ちょうど店の前に飛び出してきていたヌイとシャルロッテが、大西のもとに駆け寄る。その表情は平静を装っていたが、しかし緊張のせいかどこかぎこちないものだ。

 広場は防衛に向かうべく集まってきた男たちでいっぱいだったが、そのどれもが小汚い粗末な服装にフォークや鋤といった農具をもった戦力なのか足手まといなのかわからない連中だ。まともな戦力は自分たちだけ、という状況で更にはまともな防衛方針すら決まっていないのである。

 

「うん、魔法でいくらか削れたけど、まだ百は居たと思う。数分以内に村にたどり着きそう」


「そうですか」


 ちらりとスフレに目をやるヌイ。耳の良い彼女は、さきほどの魔法の暴風の音をしっかりと聞いていた。ただの足手まといではなかったのだという安堵を感じつつ、軽く頭を下げる。

 

「助かります」


「いいよ。それより、早いとこ門へ行こう」


 後ろの方を指差すスフレの声は、ごく穏やかなものだ。戦闘前の恐怖や高揚など、微塵も感じさせない。

 

「そうね、村に入れる前に可能な限り減らしておかないと……」


 兜を被り、左手には阪神が隠れるような大きな盾をもったフル装備状態のシャルロッテが、バイザーで隠された目を正門の方に向けた。その口調は、水際防衛を完全にあきらめたものだ。冷静に考えて、この戦力で村を無傷で守りきるのは不可能だ。騎士は、戦争のプロフェッショナルとしてどんな状況でも最善の行動をとらねばらない。甘い理想は切り捨てる必要がある。

 

「行きましょう」


 今だ鞘に収まったままの剣の柄をぐっと握りしめながら、シャルロッテは足を前に出した。戦争は、地獄は、目と鼻の先まで来ている。足を止めている暇など無いのだ。

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