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第一章十六話

「おお、あれがオーク」


 草むらに隠れた大西が、ごく小さな声で呟いた。ここは小麦畑のはずれにある、小さな森だ。食堂で昼食をとった一行は、そのまま村の郊外へ出て探索を開始した。村人がマキや山菜取りなどに利用しているこの森は、大西がこの世界にやってきて初めて見た蒼の森などに比べれば若く貧相な緑の茂りようだったが、それでも視界が悪いことには変わりない。

 

「そうだよ。数からみて、よくある斥候隊だ。まあ、あの連中なら問題なく倒せるんじゃないの」


 大西の背中に張り付いたスフレが、これまた小さな声で答える。彼らの視線の先には緑色の肌を持った奇怪な偉丈夫が三人、森の中を歩いていた。毛皮の腰みのだけという貧相な服装で、手に持っているのは錆びだらけのナタや棍棒といった簡単な武器だけだが、しかしその身体は大西よりもかなり大きく、そして硬そうなはちきれんばかりの筋肉が全身についていた。これがオーク……人の形をした妖魔らしい。大西から見ると、肌の色以外は、ただのマッチョな人間だとしか思えなかった。

 それに対するは、大西たちとは別の茂みに潜んだヌイとシャルロッテの二人だ。双方、獲物であるサーベルと長剣……刀身の幅の広い、いわゆるブロードソードを構えている。臨戦態勢だ。オークの方は、まだこちらに気付いていない。奇襲の体勢である。

 

「行けッ!」


 シャルロッテの弾けるような声と共に、二人が駆け出す。大西とスフレは、動かない。怠けているのではなく、後ろで待機していろとヌイに言われたのだ。オークとやらは、容易い相手とは言い難いらしく、素人を守りながら戦う余裕はないらしい。

 

「過保護だねえ。楽観しすぎもよくは無いけど」


 呆れたような声音で、スフレが言う。茂みの向こうでは、ヌイがその鋭い刀身をまっすぐオークの心臓につきたてていた。聞くに堪えない悲鳴を上げながら、刺されたオークが倒れる。一方、一瞬遅れて別のオークに切りかかったシャルロッテのほうは、一撃とはいかなかった。ブロードソードはオークのたくましい肩にめり込んでいるものの、骨に阻まれてかそれ以上は進まない。

 しかしそれは予想の範囲内だったか、即座に剣を翻し、反撃とばかりに怒声と共に振り回されたナタの攻撃を上手く分厚い盾でいなす。


「一撃が随分と重い。今のは、もっと鋭い剣だったら腕が落ちてたな」


 ぼそりと大西がつぶやいた。全身鎧という、動きにくくやたらと重いモノを全身に付けているというのに、シャルロッテの動きはいやに軽やかだった。そして、剣を振るう腕の方も、正確でなおかつ凄まじいチカラも込められている。相当の筋力が無ければ、あんな動きはできないだろう。

 確かにヌイの方が素早くオークを仕留めたが、それは装備の違いが大きい。ヌイは動きやすい軽装姿で、なおかつ武器は極めて鋭利なサーベルである。無骨で重い装備でそれに追従するシャルロッテも、尋常ではない。

 

筋力増幅(ブースト)という魔術を使っているんだ。名前でわかるだろうけど、筋力を一時的に強化する魔術さ。この世界の戦士の必須スキルだね」


「なるほど、女性でも剣だの槍だの持ってる人が多いのは、そういうことか」


 フランキスカを始め、女性の戦闘職らしき人は王都でもたびたび目にしていた。筋力面をサポートする技術があるからこそ、あえて男性のみが戦う理由は薄いのかもしれない。

 魔術などと言う非現実的な単語を耳にしたオオニシだが、彼自身あのシャルロッテの戦い方には何か種があると感じていたので、疑うことなくスフレの言葉を信じていた。

 

筋力増幅(ブースト)は元の筋力も多少は影響するけど、基本はつっこむ魔力の大小で出力は決まるからね。男女差は、あまり関係ないのさ」


「僕がそれを習得することはできる?」


「うん、太鼓判を押してもいい。ボクの見立てでは、君の魔力量はヒューマンとしてはかなり多い方さ。大丈夫」


 皮手袋に包まれた手で大西の頬をぺちぺちと叩きながら、スフレが得意げに言い切った。さすがにすぐそばで戦闘が起きているのに眠くなる、ということはないのか、その声は普段の眠そうなものではない。

 

「まあでも、四六時中こうやってくっついてるから、なんとなくわかるんだけど、きみはそういう小細工なしでも、結構やれるんじゃないの」


 頬を撫でていた手を肩から伸ばし、革鎧の隙間に突っ込んでその案外筋肉のついた胸板を触りつつ、スフレがマスクの下で底意地の悪そうな笑みを浮かべる。とんでもないセクハラ行為だったが、大西は顔色も変えずに首を振った。

 

「練習試合はよくやったけど、実戦は全然。まったく信頼性が足りない」


「慎重だなあ」


 苦笑するような声を出しながら、手を引っ込めるスフレ。そんな彼らをしり目に、戦闘は既に佳境に入っていた。

 

「はぁぁぁぁっ!」


 気迫のこもった声とともに、シャルロッテの剣が真上から振り下ろされる。肩を負傷したオークが慌てて左手の棍棒でそれを受け止めたが、単なる木材でできたソレは容易に弾き飛ばされ、オークの脳天に鋼の鈍い輝きを放つ刃が唐竹割の要領でぶち当たった。

 人間の物よりかなり分厚く硬いであろう頭蓋骨は、剣自体の重量と魔術によって強化された膂力によって容易くへし割れ、頭の中身を周囲にまき散らした。剣と言うよりは鈍器のような有様である。

 

「ふん……」


 そのすぐ近くで、微かに鼻を鳴らしながらヌイがサーベルを振りぬいていた。後方には、首の切り飛ばされたオークが佇んでいる。刀身に付着した赤い血を払うため剣を振るのと同時に、そのオークは静かに崩れ落ちた。

 そのオークに、首のほかに傷らしきものは無い。一太刀で勝負を決めたのだ。凄まじい技量である。スフレが感嘆の声を小さく上げた。

 

「やるねえ」


 そんな声に耳を貸さず、ヌイはダークグレイのフードを少しだけずらした。柔らかそうな飾り毛のついたネコミミが中から現れ、ピンと屹立する。しばらく周囲の音を聞いていたヌイだったが、そのうちフードを戻して大西たちの方を見た。

 

「近くにほかの敵はいないようです。出てきても大丈夫ですよ」


「ありがとう。すごいねえ、二人とも。タイプは違うけど、どっちもずいぶんと修練を積んだ動きだ」


 スフレを背負ったまま、大西が立ち上がる。たすき掛けした鞄の位置を直しつつ、二人に近寄る。シャルロッテがぼろきれで剣についた血や髄液を拭いながら、大西の方を見た。

 

「わたしは騎士だもの。武芸のできない騎士なんて、ただの笑いものよ。……でも、ヌイはわたしとしても予想外の腕前だったわ。まさか後れを取るなんて」


「慣れてるだけですよ」


 賞賛する口調のシャルロッテに対し、ヌイはばっさりと切り捨てるように言い切った。照れ隠しと言うわけではなく、本当に褒められても大して嬉しくないようだった。彼女の経歴を思えば、強くなっても意味はなかった……と考えているのかもしれない。

 

「そう? でも、一時的とはいえ背中を預ける相手が頼りになるのは、これ以上ない僥倖よ」


 そう言ってシャルロッテは兜のバイザーを開けて、ヌイに笑いかけた。冷たく見える容姿に見合わない、人懐っこい笑みだ。これには思わずヌイも頬が緩む。

 

「いえ……とはいえ、問題は何も解決していません。村長の話が事実なら、ほかにもまだオークの本隊が別にいる可能性が高い。村人へ危害を加える可能性を考慮して排除しましたが……」


 笑みを消しながら、視線をオークの死体へと向けるヌイ。脳、首、心臓……各々急所を潰されて絶命したオークたちは、血をまき散らしながら下草の生えた地面に転がっている。かなり凄惨な状況だ。

 

「この村に大した戦力が無いことは、オークたちもわかっているでしょうし、偵察隊が戻らなければ、私たち……つまり新手の敵が現れたことは、すぐに向こうも把握するでしょう」


「叩くなら、できるだけ早くやるべきだと?」


 大西が静かな声で聞いた。本格的な戦闘を行うなら、こちらの存在を気取られていないうちに行わなくてはならない。敵が防御態勢をとるまえに奇襲すれば、数の不利を跳ね除けることもできる。ちょうど、先ほどの戦闘のようにだ。

 

「いや……まだ相手の規模も把握していないのだから、その判断は早計だわ。わたしたちだけで対処できる敵であれば、それでいいのだけど。失敗すれば、村ひとつが滅びることを考えれば、慎重に動くべきじゃないかしら」


「なるほど」


 村民の命を背負っている以上、軽率に動くべきではないというのがシャルロッテの考えだ。無論時間をかければかけるほど自分たちのアドバンテージが減っていくことは、彼女とて理解はしている。とはいえ、拙速が常に正しいかと言えば、そうでもないのだ。

 

「では、当面はどうします。まだ、日没までだいぶ時間がありますが」


 空を見上げながらヌイが聞いた。枝の隙間から覗く太陽はいまだに高い位置にある。流石に土地勘のない場所で夜間の偵察などできないため、夜になる前に戻らねばならないが、これなら十分な時間的余裕があるだろう。

 

「探索を続けましょう。敵の野営地を見つけられれば御の字だし、それが無理でも偵察隊はいくつか潰しておきたいわ。威嚇も兼ねてね」


「強行偵察というわけですか。確かに、それなら時間を稼ぐことができる……」


 末端を潰し、村側に戦力があることを示して抑止力とする。大西の案とは正反対の案だ。相手が小規模なグループなら襲撃をあきらめるかもしれないし、そうでなくてもこちらの戦力がわかるまでは攻撃を控えるだろう。

 知能の低い獣型の妖魔には通用しない手だが、そこそこ賢いオークならば十分効果がある。やみくもに殲滅を図るよりは、現実的だろう。このパーティーでは対処ができそうにないなら、王都に増援を要請すればいいのだ。

 

「とにかく、敵数の確認が第一よ。少数なら話は簡単なのだけれど……なんだか、嫌な予感がするわね」


 シャルロッテが視線をオークの視線に移した。この連中とは、探索に入ってすぐに遭遇したのだ。もちろん偶然の可能性も高いが、それだけ大量のオークが周囲をうろうろしている、ということも十分考えられる。彼女の額には、冷や汗が浮かんでいた。彼女も素人ではない。冒険者としての経験が、警鐘を鳴らしていた。

 

「ところで、このご遺体はどうします? 土葬するなり荼毘に付すなりしておいたほうがいいのでは」


 そんなシャルロッテとは対照的に、大西と言えばいつものお気楽顔のままオークの死体を見ていた。

 

「放置するわ。そのほうが威嚇になるもの」


「なるほど、合理的だ」


 カミソリのように鋭いシャルロッテの言葉に、大西は軽く首を縦に振った。ここは現代日本ではなく、妖魔と人類が生存闘争を行っている最中の異世界だ。たとえ人のような形をしていても、敵である以上モノとして利用する。それが冒険者にとっての常識だった。

 

「行きましょう。時間を無駄にしている暇はないわ」


 そういってシャルロッテは兜のバイザーをおろし、歩き始めた。

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