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第一章十五話

 レッドロットと呼ばれるこの村は、断崖絶壁染みた峻嶮すぎる山肌に寄り添うように佇んでいた。近郊に広がる広い畑で採れる小麦や野菜で糊口をしのぐ、典型的な貧しい農村である。

 木造の簡素な家が軒を連ねる中、村の中心部にある比較的大きな一軒家で、大西たちの一行は歓待を受けていた。

 

「遠路はるばる御足労いただき、ありがとうございます」


 筋肉質な壮年の男が、白いものが多分に混じった頭を深々と下げた。彼がこの村の村長である。一行は、村長宅の居間に居た。居間と言っても、土の地面がむき出しになった床に、大きな木製のテーブルとイスを並べただけの、簡素な部屋だ。部屋の端には、大黒柱と思わしき太く大きな柱が立っている。開放された窓から入る光が、淡く室内を照らしている。

 

「いえ、仕事ですので」


 若造ばかりのパーティーに向けるには、村長の対応はいささか丁寧過ぎるほどだったが、しかし一行を代表して返事をしたシャルロッテの言葉は至極あっさりしたものだった。これが冒険者の一般的な態度なのだろうかとヌイを窺うと、彼女もさも当然という顔をしている。

 

「それで、状況を教えて頂いても」


「ええ」


 村長は頷きつつ、並べられた椅子を指差した。すわれ、ということらしい。一行がそれに従うと、村長自身も丸椅子に腰かけつつ、口を開いた。

 

「状況は、あまりよくありません。毎日のように、畑や野原でオークが目撃されています。死傷者も数人」


「村自体に被害は?」


「今のところは。しかし、いつまでも村の中が安全とは限りません。一応、男手を集めて訓練の真似事はしていますが、本職の冒険者の方々と比べればお粗末なもので……」


 目を閉じながらゆっくりと首を左右に振る村長。その顔は、妙に老けて見えた。目の下には隈があり、顔色も悪い。事態への対応のために、無理をしているのかもしれない。


「なるほど、賢明ですね。目撃頻度の割に被害が少ないのは、おそらくオーク側が偵察をしているからでしょう」


 腕組みをしたヌイが、静かに言った。シャルロッテが軽く頷きながら、兜を脱いで露わになった顎を撫でている。


「獣型の妖魔と違って、亜人のオークには知恵があります。おそらくこちら側の地形や戦力の情報を集め、まとまった集団で一気に襲う算段でしょう」


「まるで人間の兵隊みたいなやり口だ。厄介な……」


 村長が渋い顔をしながら唸った。前にシャルロッテが言ったように、このあたりに出現する妖魔は低級のものばかりだ。ゴブリンは多少頭は回るものの、それでも獣よりはマシ程度である。それらの妖魔と違い、オークはしっかりとした戦術を使いこなすし、個々の能力も高い上に連携もこなす。極めて厄介な妖魔なのだ。

 

「思った以上に、状況は悪いようね」


 腰に佩いた長剣の柄を撫でながら、シャルロッテが苦い顔をした。

 

「明らかに、オーク側には統率者がいてこの村をマークしている。一方で、私たちはこの村に来たばかりで地の利は皆無」


「むこうが攻めてくるようであれば、村民の手で迎撃すると言う手もありますが」


「無茶だねえ」


 村長の提案を即座に否定したのは、いまだに大西の背中に張り付いているスフレだった。彼女は寝ぼけたような声で言いながら、不気味なマスクに包まれた顔をゆっくりと上げる。

 

「オークを相手するなら、最低限しっかり戦闘訓練を受けた兵士が必要だ。にわか作りの民兵なんて、束でかかっても蹴散らされるのがオチだと思うよ……」


「その通りです。下手に抵抗する位なら、村人総出で疎開した方がまだマシかと」


「まさか」


 首を激しく横に振りながら、村長が絞り出すような声を出した。

 

「先祖が少しずつ開墾した大切な土地です。ここを棄てるなんて、とてもできません。第一、逃げ出したところで、避難する場所のアテもありませんし」


 この辺りは辺境で、近くに村もない。そして、村民の中には年寄りも子供もいるのだ。集団で逃げ出せば、当然その歩みは遅くなる。どこかに逃げ延びる前に、妖魔に襲われて全滅するのがオチだと、村長は考えていた。実際、その考えは間違いと言うわけでもなく、シャルロッテたちも文句は言いにくい。

 

「とりあえず、ギルドに増援の募集をかけてもらった方がいいでしょう。もしくは、領主に騎士団なりだしてもらうか。まだ相手の戦力は確認していませんが、おそらく私たちだけでの対処は難しいのでは?」


 途中からシャルロッテへと視線を向けつつ、ヌイが問う。

 

「でしょうね。……最悪の事態を想定して動かなければ、下手をすれば村ごと全滅しかねないわ」


「いえ……まだ、あくまで推論の段階です。領主様はこんな辺境の村など相手にしないでしょうし、大勢の冒険者を雇えるほどの蓄えもありません。……とにかく、敵の情報が欲しい。せめて規模くらいは」


 すがるような目つきをしながら村長が言う。とはいえ、当初から偵察を目的とした依頼を受けて、一行もここにやってきたのである。断るつもりなどあるはずがない。シャルロッテがヌイや大西を一瞥し、それから静かに頷く。

 村長の言うとおり、今まで語ったことはあくまで最悪の事態を想定した推論であり、大山鳴動してネズミ一匹、などということも十分あり得る。まずは、状況を見極めるのが先決だろう。

 

「無論です。旅の疲れを癒したいところでしたが……すぐに出たほうがよさげですね。構わないかしら、みんな」


 ゆっくり休んでいる暇など無い。一刻も早く村の周囲の探索に移るべきだというのが、シャルロッテの主張だった。ゆっくりと立ち上がりながら、問いかけるように聞く。


「ええ、もとよりそのつもりです。オオニシは、大丈夫ですか? ムリは禁物ですし、あなたとスフレは村で待機という選択肢もありますが」


 疲労が原因でヘマをされても困る、ということだ。ただでさえ、大西はスフレという文字通りのお荷物を抱えているのだ。冒険者としての勉強にはならないが、場合によっては待機もありだと、ヌイは考えていた。一回の探索で敵の全容がつかめるわけでもなし、大西はゆっくり体を休めてから探索に参加するれば良いだけだ。

 

「いや、疲れはないよ。この間まで毎日こんな感じだったし、慣れてる。なんとかついていけるんじゃないかな」


「本当ですか?」


「本当だよ」


 ヌイはしばらく考えていたが、やがて静かに頷いた。大西の表情からは、確かに疲労らしきものはうかがえない。いたって元気そうだ。樹海の時もそうだったが、見た目に反してかなり体力はある方なのかもしれない。

 

「わかりました。では、全員で行きましょう。良いですね?」


「ええ、もちろん」


 頷きあうヌイとシャルロッテ。哀れにも、スフレの意見は求められることすらなかった。ヌイもシャルロッテも、彼女のことは完全にお荷物としてしか見ていないようだ。当の本人は、言いたいことだけいってまた穏やかな寝息を立てているので、この会話は聞いていないようだったが。

 

「でも、食事くらいはしておきたいわ。身体を動かすわけだから、満腹になるわけにはいかないけれど」


 ちょうど、お昼時であった。当然移動中に満足な食事ができるはずもなく、朝食はビスケットや干し肉などの簡単なもので済ませたから、皆腹が減っている。

 

「村の広場に、食堂があります。そこで昼食をとってから、探索に行かれては?」


「そうですね、それがいいでしょう」


 村長の提案にシャルロッテが頷きながら、立ち上がった。鎧が擦れ合い、金属質な音を立てる。

 

「それでは。報告も必要ですし、日没までにはまた戻ります」


「ええ、お願いします」


 深々と頭を下げる村長をしり目に、シャルロッテたちは一礼してから村長の家を出た。

 ドアを開くと、埃っぽいさびれた村が目に入ってくる。舗装されず土がむき出しの道。家はどれも最低限の大きさで、掘立小屋めいた粗雑なものだ。道を行く人々も疲れ切った表情をしている者が多く、数も少ない。王都のにぎわいと比べれば、天と地ほども差がある。

 

「変わった立地だね、この村」


 小さな声で、大西がヌイに囁いた。彼の言うように、この村はずいぶんと変わった場所に有った。見たところ主要な産業は農業だろうに、農地に適した平地ではなく山岳に寄り添うように立っている。山は恐ろしいほどに峻厳で、山と言うよりは巨大な岩と言った方が正しく見えるくらいだ。ロープやハーケンなしでの登攀は難しいだろう。。とくに、村の奥は山の峰を人工的に切り拓いたと思わしき切り通しになっており、道が奥に続いている。見るからに、住みにくい村だった。


「防備の為ですよ。あれほどの急峻ならば、妖魔とて登るのは難儀しますから、城壁としては十分です。もしかしたら、長い時間をかけて工事をして、あのような地形にしたのかもしれませんね。人手も資金も足りないこういった村では、王都のような立派な防備を整えるのは無理ですから……」


 なるほど、と大西が頷く。現代的な日本の街とは、前提が全く異なるのだ。この世界の集落は、常に戦火に備えなければならない。そういえば、ヨーロッパの古い街もそうだったと、ふと思い出す大西。

 

「そうか……」


 ぼんやりとした目つきで周囲を見渡す。農作物を運ぶための武骨な荷馬車や、ずんぐりむっくりした小柄な馬。基礎をしっかり打っているとは思えない、簡便きわまりない家々。村長の家のすぐ近くには、小ぶりながらもしっかりした造りの尖塔が立った見慣れない建物……おそらくこの世界固有の宗教施設である鐘堂とやらや、遠くには水車なども建っている。

 どれもこれも、現代の地球ではなかなかお目にかかれない景色だ。無論ここは意図的に昔の暮らしを続けている保護区などではなく、ごく普通の人がごく普通に暮らしている、生きている集落だ。こういった見たことのない異郷の暮らしを見るのが、大西は好きだった。

 

「あそこね。行きましょう」


 だが、シャルロッテは大西がそんな感傷に浸っているなどと考えもしないものだから、ひとりずんずんと早足で歩いて行ってしまった。残念だと大西は笑い、そのメタリックな背中についていくのだった。

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