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第一章十四話

 エスタル王国の中央部には、広大な平原が広がっている。乗合馬車に乗って王都から西進すること丸一日、一行は、小さな街道を歩いていた。

 無論街道と言っても王都周辺のようなきちんと整備されたものではなく、土がむき出しの簡素なものだ。舗装もまともにされていないばかりか、ところどころに草すら生えていた。相当通る人が少ない証だろう。

 

「出発するときにも気になりましたが、オオニシ……それは大丈夫なのですか?」


 半眼になりながら、ヌイが大西に向かって聞く。大西は、かなりの大荷物だった。肩にたすき掛けした大きな革製の鞄は中身がたっぷり入っていかにも重そうだし、腰にはもう一つ小さなポーチや大ぶりな短剣をつけている。革製とはいえ鎧の重量も馬鹿にならない。そしてなによりの問題が、背中に背負った大荷物(・・・)だった。

 

「大丈夫じゃない? たぶん」


 大西が背負っているモノ、それはスフレだった。太い縄で優しく固定され、完全に脱力してもずり落ちないようにされた彼女は、大西の背中で呑気に寝息を立てている。スフレが移動中でも容赦なく眠気を訴えた結果がこれだった。

 

「王都に置いてくるべきだったのでは」


「何かの役に立つかも。それに今更どうこういっても仕方ないし、出来るだけ迷惑はかけないように努力する」


 スフレの私物である杖を両手で持ちながら、大西が言った。杖はスフレの身長と同じくらいの大きさで、先端には藍色の宝珠といくつもの金色のリングがついている。いかにも魔法の杖と言った風情の物品だった。

 

「そ、そうですか。でも、緊急事態になれば容赦なく捨ててください。足手まといを連れてまともに戦闘できるのは、相当の手練れだけですから」


「自分の限界はある程度把握してる。無理はしないよ」


 ひどい言いようだったが、一理あるのは確かだった。反論せずに頷きながら、大西がヌイに向けていた視線を前に戻した。

 地平線の向こうまで続く、土色の道。左右に広がっているのは、果ての見えない広大な草原。空は透き通るような蒼色で、濃い白の雲がいくつか浮かんでいる。のどかで、穏やかな旅路。自然、足取りは軽くなり、多少の荷物など気にならない。

 

「いいなあ」


 丈夫なブーツの靴底で大地を踏みしめながら、大西が小さくつぶやく。とても機嫌がよさそうな声だった。

 

「なにが?」


 大西の肩に顎を乗せた状態のスフレが、小さな声で聞き返した。寝ぼけたような声だ。その表情は、例のペストマスク染みた覆面によって隠されているため、窺うことができない。

 

「歩くのが。好きなんだよ、旅」


「そっかぁ……」


 それだけ言うと、またスフレは穏やかに寝息を立てはじめた。その様子を、殿(しんがり)を歩くシャルロッテが、あきれたような顔をして見ている。

 彼女は相変わらず分厚いフルプレートアーマーを着込んでいるため、歩くたびにガシャガシャと物騒な音を立てていた。腰には長剣、背中には四角い大きな盾を背負っているため、その姿は恐ろしく物々しい。

 

「この辺りは、まともに妖魔の間引きも出来ていない地域なのよ。あまり気を抜かない方が、良いと思うのだけど」


「妖魔ですか。出てくるとしたら、どういった連中が想定されるのでしょう?」


 後ろを振り返りながら、大西が聞き返した。シャルロッテが、籠手に包まれた手で兜の顎に当たる部分を撫でる。

 

「魔の領域にはそう近くないし、出てくるとすればおそらくはマッドドッグやゴブリンあたりの下級の妖魔でしょうね。怖い相手ではないけれど、それでも奇襲を受ければタダでは済まないし、油断するべきではないわね」


「マッドドックにゴブリン……ええと、犬っぽいやつとか、餓鬼めいた妖精とかですね」


 大西の言う餓鬼とは、無論子供のことではなく、仏教における鬼の一種の方だ。

 

「ガキ……というのはよくわからないけど、要するに小鬼よ。子供くらいの背丈しかないし、非力だけど……それでも、戦を生業にしない人間には十分な脅威よ」


「なるほど。とても、勉強になります。ありがとうございますね」


「気にする必要はないわ。パーティーは一蓮托生、一人がミスすれば全員が迷惑を被るの。必要な知識を伝えるのは、一番手っ取り早くリスクを減らす方法だし、当然のことをしているまでよ」


「ミスは、しないようにしたいですねえ。命のやり取りで新米だから、なんて甘い言い訳は通り通りませんし」


 その言葉に、シャルロッテが頷いた。実際、一人の単純で軽微な失敗が原因でパーティー全滅など、冒険者稼業ではよくある話だ。新人だろうが何だろうが、ミスは極限まで減らさなくてはならない。大西のぽややんとした態度はシャルロッテにとっては不安に感じるし、彼の背中の謎の人物にはもっと大きな不安を感じている。

 そこで先頭を歩いていたヌイが速度を緩め、大西の隣まで下がってきた。相変わらずダークグレイのフードを目深にかぶった彼女は、フードの下のネコミミをぴくぴくさせつつ、口を開く。

 

「とはいえ、新人は新人です。カバーはしますから、緊張は出来るだけしないように。失敗を恐れるあまり行動が遅れれば、それはそれで死を招きますからね」


「そうね。冷静に、自分のできることを確実に積み重ねていく。それが最も安全で、なおかつ早く腕を上げられるやり方よ」


「ええ、もちろん」


 無理に前線に突っ込んでもいけないし、後ろで震えているわけにもいかない。なかなか難しい塩梅だが、しかしこれが上手くできない人間が、冒険者などという危険な職業に就くべきではないのだ。

 無論大西とてそれは理解しているので、異論をはさむことなく頷く。そして自分の隣に来たヌイをちらと伺い、そして首を傾げながら言う。

 

「そういえば、ポジションとか話し合ってなかったような。やっぱり武器によって前衛後衛を分けたほうがいいのでは?」


 ヌイは剣も持っているが、背中には取り回しのよさそうな短弓と矢筒も背負っている。あれがあれば、かなり遠くからでも敵に攻撃できるだろう。

 

「いえ、その必要はありません。実際のところ、あまり細かい部分を詰めても実戦でそれを生かせるかといえば、そうではないのです。ほとんど初対面の混成ですからね、連携を取れるほどお互いの手を知っていないわけで」


「そういうこと。お互いの迷惑にならない程度の気配りをするのがせいぜいで、連携なんてとても無理よ。各々が得意なレンジで好きなように戦う、これが即席パーティーの定跡なの」


 同じ武装、同じ訓練を施された兵士ならともかく、好き勝手な装備でまったく異なる練度の人間が組むことが多い冒険者が、連携など取れるはずもないのである。無論、長い期間ずっと一緒にいる熟練パーティーなどは、軍人が目を剥くような高いレベルのコンビネーションを見せる場合もあるが、数日前に出会ったばかりのこのパーティーでは無理だ。

 

「そういうことですか、納得しました」


「とはいえ、お互いの得意分野を把握しておくのは大切ね。(わたくし)は見ての通り、真正面から近接戦をすることしかできないわ」


 重装鎧に長剣と盾という武装である。小回りは聞かないし、機動性も低い。とはいえ、その防御力は尋常ではないだろう。たんなる移動中ですら相当の重量があるはずのあの鎧を脱がない当たり、体力も尋常ではないはずだ。戦闘では、かなり頼りになるのではないかと言うのが大西の見立てである。

 

「私は、剣も弓もそこそこ使えます。ただ、弓に関しては取り回しの良さを重視して騎馬弓を使っていますから、射程はあまり期待しないでください。狙撃のようなことはハッキリ言って苦手なのです」


「確かに、あまり見慣れない弓ね。異国のモノかしら」


「西の方で、よく使われている弓です。騎乗時に使うために、射程と精度を犠牲に小型化されていますが……そのぶん軽量なので、こうして剣も使って弓も使う、なんていう贅沢なことが出来るわけです」


 実際、普通によく使われている長弓は重く、そのうえデリケートであり、これを持ったまま近接戦闘をするのは至難の業だ。特殊な弓だからこそ、遠近双方で戦うことができるのである。

 

「……次は僕ですか? 拳法を齧ってますが、実戦はほとんどやったことが無いし、料理とか裁縫の方がお役にたてるかもしれませんね。メイクアップとかも、比較的得意です」


「全部戦闘に全く関係ない特技なのでは……申し訳ないのだけれど、冒険者は向いてないのでは?」


 兜の鉄仮面の上からでも渋い顔をしているのがありありとわかる声で、シャルロッテが言う。もちろん、悪意から出た言葉ではない。冒険者が戦闘職である以上、向き不向きは他の職種以上に激しいのである。向いていない人間にはやめるべきだとハッキリ言うのが、優しさというものなのだ。


「うーん、まあ、やってみないことには。無理はしません、引き際はいい方です」


 なにしろ既に二ケタを超える転職経験を持つ大西である。引き際は良すぎるくらいだ。とはいえ、そんなことは知らない二人は、大丈夫なのだろうかという雰囲気を放っている。


「ああ、アレ、村っぽいですね。目的の場所ですかね?」


 タイミングよく、良いものを見つけて大西が指差した。いつの間にか、景色はどこまでも広がる草原から、山岳地帯の境目に近づいていた。その峻嶮な山々のふもとに、小さな木造の家が立ち並んでいる。村の周囲を囲む粗末で低い土塁以外は、いかにものどかな村と言った風情だ。しかし、この村が近々戦火によって焼かれることを、一行はまだ知る由もなかった。

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