表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/98

第一章十二話

「ほぇ」


 倒れかけてやっと目を覚ました黒衣のマスクマン。間抜けな声を上げながら倒れかけた体を起こし、ぐっと伸びをする。シャルロッテは明らかに不審人物を見る目をしており、ヌイに至っては身体を硬くしてそっと腰に下げたナイフに手を当てている。

 

「ふへぇ」


 そんな彼女らを意に介することなくマスクマンは肩などをぐるぐると回し、ストレッチに余念がない。そうしてやっと落ち着き、カラスめいたマスクをつけた顔で周囲を見渡す。

 

「あれま、おそろいで」


「どうも、おはようございます」


「はいはい、ご丁寧に。おはよう」


 気の抜けたような声でそう言う大西に対し、マスクマンはその男女の判別のつかない中性的な不思議な声で言った。フレンドリーな言い方だったが、声音自体には一切の感情が含まれておらず、聞くものになぜか寒々しさを感じさせる。

 

「うーん、自己紹介の場と見た。そうだね? そうだろう」


 半ば凍り付いている場の空気はお構いなしにのたまうマスクマン。空気の読めなさでは大西に匹敵する逸材だった。そのまま黒い皮手袋に包まれた指をぴんと上に立て、くるくると回す。

 

「ボクはスフレ。魔法使いのスフレだ。……ふああ」


 クールに自己紹介をキメたかと思うと、あくびをひとつ。どうにも締まらないアイサツだった。

 

「オオニシです。こちらがヌイさんで、こちらがシャルロッテさん」


「おーけー、把握した。それじゃ申し訳ないが、もう少し眠らせてもらっていいかな?」


「いいわけがないでしょう」


 お気楽な話し方のスフレを、厳しい声のシャルロッテが止めた。彼女の傍若無人な様子には思うものがあったのか、額には青筋が浮かんでいる。なかなか短気なタチのようだ。大西がこっそりメモ帳を取出し、そこに何かを書きこんでいた。

 

「分かっているとは思うけど、初顔合わせで居眠りなんて、あまりほめられた態度ではないわ」


 自分たちに寄生して報酬だけ貰う腹積もりではないかという懸念から出た言葉だった。こういった即席パーティーでは、報酬は山分けするのが基本だ。だが、ただ寝ているだけで報酬を奪い取るような真似は、絶対に許すわけにはいかないのである。

 

「そうかもしれないな。ただね、少し面倒な体質なのさ、ボクは」


 気取った態度で人差し指を左右に振るスフレ。子供のような矮躯と声にもかかわらず、フル武装の騎士であるシャルロッテに威圧されている様子は一切ない。余裕綽々の態度だった。

 

「魔力が多い代わりにね、一日の大半を寝て過ごす……そういう人間(・・)なんだよ、ボクは。申し訳ないがね、百パーセントの力を発揮するには、こうしてコツコツ睡眠時間を稼いでおく必要があるわけだ」


「体質ならしょうがないな……」


 ぼそりと呟く大西だったが、シャルロッテの方はそうはいかない。静かに首を振り、小さくため息を吐く。

 

「……話にならないわ」


 籠手に包まれた手にぐっと力を籠め、戻し、また力を入れた。そのたびに、金属の擦れる微かな音がする。苛ついているのか、あるいはあきれているのか。なんにせよ、好意的な感情はさっぱり見えない動作だった。

 

「とはいえ、今すぐ出ていけというのも、あまりに早計ですよ。とりあえず、様子見をするべきでは」


「……そうね」


 ヌイの言葉にシャルロッテはゆっくり首を横に振った。実際、冒険者などと危険な職業に就く人間は、やはり変わり者が多いのだ。多少のことで目くじらを立てていては、進む話も進まなくなる。妥協も時には必要なのだ。

 

「とりあえず、話を詰めましょう。要望なんかを出す必要があるかもしれませんし、とりあえず起きておいたほうがいいのでは」


 シャルロッテが矛を収めた隙をつき、大西が言う。スフレは少し首をかしげた。

 

「そうかな?」


「そうかも」


「そっか……」


 多少考え込んだ様子だったが、しばらくしてスフレの首がこくこくと船をこぎ始めた。眠ってしまったようだ。眠たい、というのは本当のようだ。また大西が肩を揺すると「ごめんごめん」と頭を振る。

 

「うん、わかった。その方針で行こう……また眠ったら、起こしてくれたまえよ、きみ。ボクはこの眠気を制御できるとは言い難いんだ」


「わかりました」


 素直に頷く大西。ヌイがちょいちょいとその肩に触れ、耳に口元をよせて囁いた。

 

「とはいえ命を預ける相手になるかもしれませんからね。変なのは弾いた方がいい。そこは忘れないでくださいね」


「ええ、もちろん」


 耳に当たる吐息にくすぐったさを覚えつつも、これまた小さな声で答える大西。それに対しヌイは訳知り顔で頷いていた。これも冒険者としてのノウハウを教える一環のつもりなのだろう。

 

「ええと、それで、オークの集落の調査でしたね、今回の依頼は」


「……ええ」


 シャルロッテが小さく頷く。腕組みをしながらちらちらとスフレの方を窺っているものの、文句をつける様子はない。一応、完全に矛は治めてくれたのだろう。

 

「王都から徒歩で三日ほどの小さな農村からの依頼よ。近隣でオークの目撃情報が増えているから、出所を突き止めてくれ……珍しくは無い話ではあるけれど、十分火急の仕事と言えるわ」


「申し訳ありません、よろしければ、オークの特徴と脅威度を教えて頂いてもよろしいでしょうか?」


 ちらりと、シャルロッテの北海の水面めいた色の瞳が、大西の方にむいた。口をはさむなと文句を言われるのかと大西がメモ帳を持つ手を引っ込めようとしたが、しかしその口から出たのは案外と友好的な言葉だった。

 

「新米と言っていたわね、あなた。オークは亜人種の妖魔の中ではかなりポピュラーな部類であるし、この機会にいろいろと勉強しておくといいわ」


 そういって腕を組むと、ふんと息を吐いて続けた。

 

「体高百八十から二百センチ程度の、人型をした妖魔がオークよ。筋力は強いけれど、知能は低い。武器や女性を略奪するために、よく人間を襲う危険度の高い相手ではあるわね」


 ふんふんと頷きながら、大西はメモ帳に聞いたことをメモしていった。大西はわりと忘れっぽい方なのだが、こうして頻繁に記帳すれば忘れる心配は無いし、後々役に立つこともある。

 

「でも、戦うすべのある人間……つまりは、ある程度手練れの冒険者や兵士、騎士なんかであれば、複数を同時に相手しても勝てる相手よ。油断はしてはいけないけれど、過度に恐れる必要もない。肝に銘じておくべきね」


 ヌイがなんら口を挟まないことから、シャルロッテのオークに対する認識は冒険者の間では共通した物なのだろう。そう考えながら、大西が「ありがとうございます」と頭を下げた。

 

「いいわ。後進の育成も先達の務め。……いや、わたしもまだ冒険者になって日は浅いから、あまり偉そうなことは言えないけれど」


 苦笑しながら、シャルロッテが腕組みを解いて手を軽く振った。そしてふとまた顔を険しくして、自らの隣のスフレを指差す。

 

「……ところで、起こしてもらっても?」


 スフレはまた寝ていた。どうもシャルロッテは彼女にあまりかかわらないことに決めたようだ。対応の柔らかい大西にスフレの世話は全部投げる構えなのだろう。まあ、大西としてもそれには特に異論はないので、ぺちぺちと優しく肩を叩いて起こす。

 

「ん、おお……悪いね……」


「だいぶ辛そうですね。どうしても無理なら、後からまとめて僕が話しましょうか?」


「うん、そうしてもらうとうれしいよ……」


 そのまま、スフレはまた首を傾けて眠りはじめた。まったく、難儀な体質である。すまなさそうに大西がシャルロッテに向かって首を振ると、彼女は軽く肩をすくめて見せた。

 

「オークは一応、知性を持っているので集落をつくります。今回の依頼は、そういう集落が無いか村の周囲を探索することですね」


「そう。連中は、案外強固な防御設備も作ることができるし、繁殖力も強いから、人里の近くにそんなものを作られたら、厄介極まりない。出来るだけ早く発見して、排除すべきね」


 だからこそ、こういった依頼が出てきたのだろう。もっとも、相手の戦力がわからない以上、たった四人で挑むのは無謀かもしれない。話を聞く限り、オークとやらは下手なボクサーよりいい身体をしているわけで、そんな連中が複数あらわれたのなら少人数では対処のしようが無いだろう。騎士団とか、傭兵団とか、そういった連中の領分なのではないかと、大西は思った。

 

「とはいえ、規模によっては私たちだけでは対処できないでしょう。場合によってはそうそうに撤退して、増援を呼ぶべきかと」


「……無理をするべきではないというのは、わたしとしても賛成よ。そのあたりは、探索の結果次第で臨機応変に対処しましょう」


「それじゃあ、当面の目標としては、その村まで行って周囲を調べて……という感じになるわけですか」


 大西の問いにシャルロッテはこくりと頷いた。仕事としては単純な部類だ。偵察と割り切るなら、戦闘をする必要すらないかもしれない。あくまで、敵の殲滅は二の次なのだから。

 

「そうね。だが、現地がどういう状況なのかわからない。出来るだけ早く村へたどり着く必要があるわ」


「たしか、近隣まで乗合馬車が出ていたはず。徒歩よりは早く到着できると思いますが」


「必要経費は出ない仕事ではあるけれど、仕方がないわね。背に腹は代えられない」


 また馬車かと思いながら、大西がヌイの方をちらりと見る。彼女は、不承不承といった様子で頬を掻いている。王都に来るまでに同乗させてもらった馬車はゆっくりした歩みだったが、それでも乗り心地は最悪だった。これが急ぎの馬車ともなると、どれほどのものだろうか。

 そんなことを考えつつも、大西は特に不安には思っていなかった。多少の苦痛は我慢できるたちだし、それ以上に馬車と言う物珍しい乗り物をまた体験できるのは、楽しみですらあった。

 結局この日はそのようなことを話しあい、じき解散になった。明日の早朝、一の鐘が鳴るころに南門前に集合という約束である。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ