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第一章十一話

 冒険者ギルドとは冒険者の組合である。収入の安定しない危険な稼業である冒険者を支援するための互助組織であり、依頼をあっせんする元締めでもある。

 基本荒くればかりの冒険者たちだったが、ギルドの内部は案外こぎれいだった。床は石壁は煉瓦が基本のこの国では珍しく木張りの床と壁をしており、昼間でありながらともされているオイルランプやロウソクが屋内を煌々と照らしていた。部屋は広く、長いカウンターやらソファやらが設けられた、まるで役所か銀行のような内装である。

 

「よし、これで登録は終わりだ」


 血判の押された羊皮紙を見せながら、禿げた中年男がそう言った。その男とカウンターをはさんだ対面に立っている大西は逸れに頷きながら、羊皮紙をじっと見ている。紙面には様々な文字らしき記号が書かれているが、残念ながらそれらを判読することはできない。言葉は自動翻訳されるというのに、文字は読めないというのは不思議なことだ。そう思いながら、頬を掻く。

 だいたい、内容も読まずに契約書らしきものに血判を押すなど、ウカツが過ぎる。一応ヌイに通訳を頼んだものの、彼女が本当のことを言っている確証もないため、絶対大丈夫とは言い難い。大西の額には、若干だが冷や汗が浮かんでいた。

 

「これでお前さんは冒険者と言うわけだ。もちろん新人にでかい仕事は回せないが……」


 ギルド内の信用度に合わせて、冒険者にはランクが付与されるとこの男は先ほど説明していた。ランクは下から順に(ティン)真鍮(ブラス)(アイアン)青銅(ブロンズ)(シルバー)(ゴールド)聖銀(ミスリル)神鋼(オリハルコン)の八つだ。無論新人である大西は、(ティン)からのスタートとなる。登録と同時に渡された認識票の金属プレートも錫製だった。

 

「とはいえ、(シルバー)ランクのヌイと一緒なんだ。多少は便宜が聞く。……無理は禁物だがな」


「もちろん身の程はわきまえます。死んだら元も子もないですから」


「結構。だがまだ若いんだ、少しはハングリーなところを見せてくれよ」


「機会があれば」


 曖昧な大西の答えに受付禿は苦笑し、書類を引っ込めた。そして今度は、わら半紙めいた茶色い粗悪な紙をひっぱり出して大西の隣に立っていたヌイに手渡す。

 

「そういえば、ちょうどいい仕事があるんだ。新米の教習にはぴったりだと思うが」


「オークの集落の調査、ですか」


 紙に目を通しながらヌイが唸った。その表情は、渋いものだ。口をへの字にしながら読み終わったプリントをカウンターの上に放り、顔をしかめたまま男に目をやる。

 

「辺境の村からの依頼さ。最近、オークの目撃場情報が増えてて不安だ。集落でも作ってんじゃないのかってな」


「素人相手にオークをぶつけますか? 精々ゴブリンとか、マッドドッグあたりがいいのでは」


「ま、二人ならそうだろうな」


 ヌイの非難めいた目つきを受け流しながら、中年男は卑屈な笑みを浮かべた。そしてカウンターに乗せていた腕を立てて軽く振りながら続ける。

 

「だがな、この仕事はすでに別の冒険者二人にも話を通してある。そいつらも素性のよくわからん連中でな? ここは、信用のあるお前に任せたいのさ。お前たち二人だけなら厳しいかもしれんが、四人ならなんとかなるだろ」


「また、そういうことを……」


 眉根の皺を更に深くしながら、ヌイが唸る。

 

「即席パーティーは冒険者の常とはいえ、オオニシは初仕事ですよ? 懸念事項を増やされては困ります」


「なあに、別にオークどもを皆殺しにして来いなんて依頼じゃないんだ。あくまで仕事は偵察さ。相手の戦力が多そうなら、さっさと引けばいい。そのときはこっちから増援を送るから、お前たちはさっさと帰ればいい」


「そんなことを言われても……オオニシ、どうします」


 困ったような顔でヌイが大西を見た。自分が入れる話題じゃないと思い余所を見ていた大西は慌ててヌイの方へ顔を戻し、首を振る。

 

「どうしますって」


 大西はそのまま、ギルド職員の方を見た。いつもと変わらない微笑を浮かべたままの顔でだ。

 

「どうしましょう?」


「それはお前が決めることだ、ルーキー。だが、受けてくれると俺は嬉しいが」


「ううーん」


 うなりながら、大西はポケットに手を突っ込む。マニ車の硬質な木目の手触り。そのまましばし考え、そして再びヌイの方向に目をやった。

 

「僕は受けてもいいと思います。不味そうならさっさと逃げるという手もありますし」


「いや、依頼不達成はさけたいところですが……まあ、仕方ありませんね」


 今にもため息を吐きそうな表情でヌイが肩をすくめる。そしてカウンターに乗ったままの紙をギルド職員の方へと寄せ、腕組みをする。大西の方を見て、いかにもしょうがないなあといった風な笑みを浮かべた。

 

「私の指示には、すべて従ってください。勝手な行動もしないように。いいですね」


「……もちろん」


 一瞬間の空いた答えに苦笑を深めながら、ヌイが頷いた。そのままギルド職員の方に顔を向け、笑みを消す。

 

「分かりました、受けましょう」


「ありがたい」


 受付禿は満面の笑みを浮かべ、深く頷いた。カウンターの上に出していた手をひっこめ、何かを取り出す。布製の粗末な小さい袋だった。それをヌイに投げてよこす。彼女はそれを軽々とキャッチした。チャリンと金属の擦れる音が聞こえる。

 

「……」


 同じ物を、大西にも投げつける受付禿。その速度はヌイに対するものより幾分早く、そして狙いは顔面一直線だった。その重そうな袋は大西の顔面に衝突する寸前、疾風のような速度で動いた彼自身の左手により受け止められた。まったく危なげのない動きだった。

 

「ほほう、悪くない反応だ」


「目だけは自身があるもので」


 落ち着き払った大西の態度に、中年は愉快そうな笑い声をあげた。そしてカウンターの上で頬杖を突きながら、言う。

 

「前金さ、しょっぱい額だがな。さっき言ったメンツは前の春秋亭に居る。さっさと顔合わせに行ってくれ」


 そう言ったきり、受付禿はひらひらと手を振った。話は終わり、ということらしい。大西とヌイは顔を見合わせ、頷いた。とりあえず、当面の仕事は決まった。とりあえず今は、禿げの言うとおり春秋亭とやらに向かうべきだろう。

 

「……」


「……」


 春秋亭は大衆食堂だ。冒険者ギルドのすぐ前という好立地であり、その広さと席数は先日フランキスカと酒盛りをしていた酒場とは比べ物にならないほどである。とはいえ、今は朝とも昼とも言いがたい微妙な時間であり、客はほとんどいない。

 そんな春秋亭の端のテーブルを、重苦しい沈黙が緞帳のように覆っていた。席に座っているのは四人。そのうちの二人は、大西とヌイである。そしてもう二人と言えば、異様な格好をした連中であった。

 

「……」

 

 一人は古めかしい全身鎧をまとった騎士。古びているがよく手入れされた鎧の表面は窓から入ってくる太陽の光を反射してぴかぴかと鉄色に輝き、凄まじいまでの威圧感を放っている。細い縦のスリットが無数に入ったバイザーのついた鉄兜を被っているため、顔を確認することはできなかった。しかし兜の後ろから金色の美しく長い髪が飛び出し、背中を覆っているため、中身は女性の可能性が高いだろう。

 

「……」


 もう一人は、白衣めいた奇妙な服をまとった小柄な人物だ。気味の悪いアルビノのカラスのようなマスクをかぶっており、こちらも顔を見ることはできない。オマケに、首にはこれまた真っ白なスカーフをつけており、一切肌をさらさないという強い意志を感じさせた。妖しいとか不気味とか、そういうレベルではなく、最早恐怖すら感じるような奇怪な服装である。

 

「……」


 そしてヌイはヌイで例によってフードを目深にかぶっているため、相手からは顔を見ることができないだろう。不審者が集会をしているとして通報されても文句を言えないような集団だった。

 

「美味しい」


 そんな中唯一まともな格好をしている大西と言えば、嬉しそうにお茶を飲んでいた。紅茶とも緑茶ともちがう、大西の呑んだことのないお茶だった。ご満悦そうな様子であり、この胃の痛くなりそうな沈黙を一切苦には思っていないようだった。こいつは心臓に毛でも生えているのかという表情で、ヌイがちらちらと彼の様子を窺っている。

 

「貴方たちがパーティーメンバー?」


 騎士が、重苦しい声音でそう言った。兜のせいでくぐもっているが、若い女の声だった。大西たちが席について、初めての発言である。その、とても友好的とはおもえない険のある声に、ヌイの頬がひくりとした。

 

「そうでしょうね。信じがたくはありますが」


 こちらもまた非友好的な声でヌイが答えた。一体なんだこいつらは、という不信感が、その声からは読み取れた。冒険者は武装しているのが普通の職業だ。だから、こうしてフルフェイスのヘルメットをかぶっている人物もたまにいるが、マスクマンの異様さに引っ張られて彼女の第一印象まで悪化しているのである。

 

「はぁ……」


 深々としたため息を吐く騎士。彼女もこの奇怪なメンツに嫌気がさしているのかもしれない。分厚い鉄板が取り付けられたミトンタイプの籠手に包まれた手で兜を脱ぎ、テーブルの上に置いた。

 兜の下から現れたのは、西洋人形を思わせる精緻で怜悧な美貌を持った美少女の顔だった。純金めいた輝きを持った金髪は騎士としては珍しい長さであり、人形めいた雰囲気に拍車をかけている。その端正な顔は、今は眉間にしわを寄せた不機嫌さがありありと見て取れる表情をしている。

 

「わたしはシャルロッテ・フォン・リヒトホーフェン。見ての通り騎士です」


「む」


 不機嫌ながらも、筋は通すらしい。しっかりとした挨拶に、ヌイの動きが止まる。これに対してつっけんどんな返事をすれば、礼儀知らずのそしりを受けるのは避けられないだろう。渋々、フードを脱いだ。ネコミミが元気にぴょこんと立ち上がる。

 その頬に走った痛々しい傷跡を見て、シャルロッテの眉が跳ね上がった。


「ごめんなさい、そういう事情だとは思わなくて」


「いえ」


 心底すまなさそうな声に、ヌイが一礼してフードを戻した。どうやら、見た目ほど気難しい相手ではないらしい。ひそかに安堵のため息を吐く。

 

「私はヌイです。こちらはオオニシ」


「どうも」


 大西は茶を飲む手を止め、深々とお辞儀した。その声は、妙に機嫌がよさげなものだった。

 

「オオニシです。初仕事の新米ですが、足を引っ張らないよう努力いたします。どうぞよろしく」


 柔らかい笑みを浮かべたまま深く頭を下げる。発言は弱気だったが、決して卑屈には聞こえない不思議な響きがあった。シャルロッテも機嫌を損ねた様子はなく、「ええ」と静かに頷く。

 これで三人の自己紹介が終わった。自然、皆の視線は最後の一人であるペストマスク染みた奇怪な面の人物に向かう。彼、あるいは彼女は、四人がそろってから一度も口を開いてはいなかった。それどころか、微動だにしていない。

 

「あなた」


 再び眉根に皺を寄せたシャルロッテが静かに声をかけたが、やはり反応が無い。聞いているのかと更に問い詰めようとした彼女だったが、それよりはやく大西が動いていた。

 丁度マスクマンの前に座っていた彼は、ふいと自然な動作でマスクの嘴のすぐ前に右腕を突きだした。指は開き、パーの状態だ。ひらひらとマスクマンの前で手を振る。だが、まったくの無反応。

 続けて手を閉じ、指をぱちんと鳴らす。すると、瞬間移動してきたように彼の指の間に小さなピンク色の花が現れた。

 そしてそのまま指をもぞもぞさせてから、左手の指を握ったままの右手の中に突っ込む。すぐさま引き出された左手の指には、細い糸がつままれていた。糸は右手の中に続いており、それを引っ張るとぴろぴろと小さな万国旗が引き出されていく。

 

「寝てるか意識不明の重体っぽいですね」


 唐突に始まったマジック・ショーにも、マスクマンは微動だにしなかった。そんな渋い対応をまったく気にすることなく、大西は至極落ち着いた声でそう言う。花と万国旗をポケットの中に突っ込んでから、「どうします?」と気持ち小さな声で皆に聞いた。

 

「……」


 シャルロッテがあきれた表情をしながらじろりと大西を見る。何をやってるんだこいつはと言う困惑が隠せていない態度だった。意識の有無を試すにしても、予想外にもほどがある行動だった。

 

「とりあえず、起こしてもらえるかしら」


「はい」


 素直に頷く大西。そのまま椅子から立ち上がり、テーブルに身を乗り出してマスクマンの肩に手を置き、優しく揺すった。マスクマンの身体がふらりと揺れ、そのままテーブル側に倒れ込みかける。大西の横に座っていたヌイが慌ててマスクマンを受け止めようと手を伸ばしたが、それより早く大西は両手でその真っ黒い長衣につつまれた体を止めていた。

 

「ほぇ」


 そこまでやって、やっと意識が覚醒したようだ。マスクの奥から聞こえてきたのは、男とも女ともつかない中世的な、幼い声だった。

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