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1 誓い ②

 その日、アイオールは学友たちと剣の鍛錬をしていた。


 一通りの基礎の型をさらった後、練習試合をすることになった。

 そこまでは別にどうということもなかった。

 教官の指導のもと、少年たちは剣をまじえた。


 俺は学友の少年たちの側付き同様、隅で控えていた。

 もうすぐ十六になる俺は最近、アイオール付きの護衛官に準じる形であらゆる場所へ付き従っていた。

 これまでも側付きの一人として出歩くアイオールに付いていることはあったが、ただ付いているだけ、王子様のオマケみたいな感じでうろうろしていただけだ。

 しかし今は違う。


 俺の親父が国境警備の警備隊長を務めていた(そこでゴタゴタに巻き込まれ、死んじまった訳だが)ように、タイスンには昔から武官を務める者が多い。心身とも武官に向いている者が多い、そういう家だ。

 ご多分に漏れず俺もそうで、六歳ごろから遊び半分にレーンの方とアイオールの護衛官を務めている方から剣の手ほどきを受けると、面白いくらいめきめき上達した。

 十一、二歳ごろから若手の武官に交じって訓練を受けるようにもなった。

 その頃、俺は普通の体格の大人の肩くらいしか身長がなかったが、そこいらの新人武官に負ける気はしなかったし実際負けなかった。

 自惚れも入っているかもしれないが、すでに十分給金をもらえる腕前だったと自負している。将来、アイオールの護衛官になりたいと明確に思い始めたのはその頃だ。



 そしてこの春から俺は、見習い護衛官として正式にアイオールに付くようになった。

 これは護衛官になる為の一種の試験でもあった。

 ここできちんと務められれば、俺は晴れて正式に護衛官だ。


 お坊ちゃま方の試合を、俺はあくびをかみ殺す気分で見ていた。

 なんともはや……いやそれで当然なのだが、へなちょこ剣、だ。

 さすがに皆、基本の動きは身体に入っているが、俺の感覚で言うのなら、剣術というより剣を持ったガキの手踊り、だ。

 そりゃあ、見習いとはいえ護衛官の俺よりお坊ちゃま方の方が剣技が上だとすれば、俺は恥じて死ぬべきだろう。


 試合はいつも体格別に行われる。ほぼ同世代とはいえ、上は十五、下は十二の少年たちは体格に差がある。

 母君に似たのか、アイオールは小柄で華奢だった。

 だからいつも年下の者と組まされる。

 ヤツの剣の腕前自体はそう悪くないから、いつも物足りなさそうな顔をしている。

 が、一応王子様のヤツと体格のいい者とを組ませて万が一怪我でもさせてしまったら大変だ。教官も相手の少年も責任問題に発展する。

 その辺の慮りもあることをアイオールだって知っているので何も言わない。そもそもヤツは王子様なんだから、剣は嗜みで十分だ。


 他のお坊ちゃまたちも基本は同じだ。

 将来上級の武官になる者も少なくなかろうが、実際に剣を手に現場を駆け回る者はこの中にはまずいない。

 とりあえず嗜んでおく。

 出来ないよりはいい、だ。

 だからガキの手踊りみたいなへなちょこの、牧歌的な鍛錬・牧歌的な試合で当然だ。


 しかしこういう場でもむきになる輩というのはいるものだ。

 そう……例のクレイールがそうだ。


 ヤツはリュクサレイノ家の者に多い立派な体格をしていた。

 そして決して、剣が下手ではなかった。

 学問はいまひとつだったが、おそらく剣技はこの中で一番だろう。

 あのお坊ちゃまはそこに過ぎた自負を持っていた。

 だからこういう試合で負けたりすると、異常に機嫌が悪くなるのだ。


 皆それを知っているので、誰もクレイールとは組みたがらない。

 この少年たちの中では一番家格が高いリュクサレイノのボンボンだから、にらまれると後々まで厄介だ。

 負けてやらなければならないが、あからさまに手を抜いたと知られるとこの男は余計機嫌を悪くする。

 全力で戦いましたがクレイール・デュ・リュクサレイノには敵いませんでした、という風に演出しなくてはならない。非常に面倒臭い。

 相手は大抵、クレイールと同い年のロクサーノ子爵家の嫡男・グラノールが務める。

 年齢だけでなく体格も剣の腕もそこそこ近いので、クレイールをあやす役を振られてしまうのだ。


 しかしグラノールだってそういつもいつも、上手く演出出来ない。今回はうっかり勝ちそうになってしまった。

 劣勢を覚ったクレイールは瞬間的に逆上したのか、前へ踏み込む時に近付き過ぎ、グラノールのつま先を踏んだ。

 グラノールは(たい)を崩し、その隙にクレイールは一本を取った。


 もちろんわざとやったかどうかは微妙だ。

 しかしクレイールの実力から考えれば、どうも不自然だった。この男は決して、間合いを見誤るような初級の腕前ではない。


 やがて鍛錬が終わり、教官は帰った。

 皆が帰り支度を始めた時に、それとなくアイオールはクレイールをたしなめた様子だった。

 俺の位置からはきちんと聞き取れなかったが、騎士道がどうとかこうとか言っていたのがちらりと耳に入った。


 クレイールは色を成した。

 図星をさされて恥ずかしかったのが半分、自分より年下の『頭の黒い王子』に訳知り顔にたしなめられて腹が立ったのが半分、というところだろう。

 彼は顔を真っ赤にした後、青ざめた。

 きびすを返して帰り支度をし始めたアイオールの背へ、吐き捨てるように


「なんだ、偉そうに。所詮レーンの踊り子の息子のくせに!」


 と、つぶやきにしては大きな声で言った。

 アイオールは硬直した。


 クレイールがどういうつもりでアイオールに聞こえるように罵ったのか、あるいは声をひそめる気遣いすら出来ないほど逆上していたのか、それはわからない。

 だがあの男はアイオールの逆鱗に触れてしまった。

 普段、ややトロいのではと思わせるくらいおっとりとした王子様が、血の気をなくした冷ややかな顔でクレイールを振り返る。

 なまじ顔立ちが整っているからか、本気の怒りの表情には恐ろしいほどの迫力があった。

 俺は思わず生唾を呑む。

 こんな形相のアイオールは、長い付き合いの俺ですら見たことがない。


「クレイール・デュ・リュクサレイノ。今、なんと言った?」


 異常に静かな声でアイオールは問いただした。

 王子の全身から立ち上る、殺気以外の何物でもない昏い気配に、クレイールだけでなくそばにいた学友たちも声をなくした。


「答えよ。なんと言った?」


 もはや『学友』への問いかけではない。王族が臣下の者へ問う問いかけだった。

 さすがにクレイールも危機感を覚えたようだが、すでに取り返しはつかない。やけくそのように彼は叫ぶ。


「レーンの踊り子の息子って言ったんだよっ。お前は、貴いラクレイド王家の血を南洋の蛮族の血で汚して生まれてきたんだ。お前を王子として扱うのなんか、本当は真っ平なんだよ!」



 稽古場の空気が凍りつく。

 決して言ってはならない言葉をクレイールは言ってしまった。

 正直な話、この場にいるお坊ちゃま方の(いや、お坊ちゃま方の従者たちも含め)誰もが多かれ少なかれ思っている本音だからこそ、余計に言ってはならない言葉だ。


 レーンの方は決して踊り子ではない。

 レーンで最も権威のある大神殿で、第三位の神官である『レライラ』を務めていらっしゃった方だ。

 俺のような見習い武官であってもそのくらいのことは、睡蓮宮以外でもあちこちから漏れ聞く。このお坊ちゃんたちがその事実を知らない筈はない。


 が、『南洋の蛮族の女』であるレーンの方を卑しい者だととらえる空気が、ラクレイドの宮廷にあることは残念ながら否定出来ない。

 しかしそれを口に出して言ってはいけないだろう、それも彼女の血を引く唯一の息子の前で。

 彼女の血を引く唯一の息子が、王の息子でもあるのだから尚更。


 アイオールはしばらく無表情のまま絶句していた。が、だしぬけに、ふっ……と、鼻息だけで笑った。


「なるほど。よくぞ言った」


 ぞっとするほど冷ややかなその声は、静かな稽古場によく通った。


「これほどの暴言、それ相応の覚悟があって言ったと見做す。お前は私のみならず、私の母上までも事実無根の暴言で辱めた。この屈辱、到底許せはしない」


 静かに淡々と紡がれる言葉がかえって恐ろしい。

 クレイールの目が泳ぐ。


「そちらがそのつもりであるのなら、こちらもそれ相応の覚悟で言おう。クレイール・デュ・リュクサレイノ。汝に決闘を申し込む」


 ざわり、と空気が揺れた。クレイールの薄茶の瞳がおびえたように揺らいだ。


「辞退は認めぬ。……剣を持て、クレイール!」


 吠えるようにアイオールは叫んだ。



 打ち合いが始まった。

 最初は及び腰だったクレイールも、殺気をみなぎらせて打ちかかってくる小柄で華奢な王子が予想外に『出来る』のに驚き、本気になってきた。

 上段、下段と剣を合わせ、力任せにはじき返したのに王子は体を崩さない。

 むしろ、剣を振り切った形になったクレイールの僅かな隙を突くように素早く攻撃を返してくる。


 金属の打ち合う音がえんえんと響く。

 誰も身じろぎひとつせず、打ち合う二人をただ見ていた。


 しかし、長引けば体格と技術で勝るクレイールの方が有利だ。

 アイオールの息が乱れてきた。

 殺気は衰えないが、打ち下ろす剣から重みがなくなってきたのが外から見ていてもわかる。


 クレイールの剣が横なぎに切り上げる。支えきれず、初めてアイオールの体が揺らいだ。

 切っ先がアイオールの顔をかすめる。初心者が使う練習用のなまくら剣だから切れはしないが、頬にうっすら赤い筋が付く。


「……殿下」


 さすがにクレイールの息も乱れていた。


「殿下、もうよしましょう。これ以上続けるとお怪我を……」


「やかましい」


 袖口で顔の汗をぬぐい、アイオールはぼそっと言い捨てる。

 上目遣いにクレイールを見上げる菫色の瞳は、闇夜を思わせる昏さだ。


「これは試合じゃない。決闘なんだよ、クレイール」



 クレイールは泣きそうに顔を歪める。

 大人しくてひとがいい筈の王子の、思いがけないほど深い、狂気じみた怒り。彼は本気で怯え始めた。


 再び打ち合いが始まる。

 しかしクレイールの動きには精彩が欠けた。

 明らかに腰が引けている。


 たたみかけるように打ち下ろされるアイオールの剣を、とりあえず必死に返してはいるが、すでにクレイールに戦意はなかった。

 引けた腰や乱れた足元からは、逃げたい意思しか読み取れない。


 俺は腰の剣の鯉口を切った。


 耳障りな音を立て、クレイールの剣がはじき飛ばされる。

 勢いあまって彼は無様にしりもちをついた。

 アイオールが大きく振りかぶる。


 俺は軽く床を蹴った。


 鋭い金属音。

 剣をはじかれてしびれる右腕を押さえ、アイオールがこちらをにらみつけた。

 俺は自分の剣を鞘へ納め、アイオールのそばに膝を突いて軽く目を伏せた。


「差し出がましいのは承知の上です、殿下。ですが勝負はありました。これ以上は無意味です」


 怒りで目をぎらぎらさせていたが、アイオールは何も言わなかった。

 目を上げ、肩で息をしているクレイールへ向かって俺は言う。


「リュクサレイノの若君。アイオール殿下へ負けをお認めになって下さいませ」


 クレイールの瞳に、様々な感情がないまぜになった複雑な光が揺れた。が、何度か息を呑んだ後に彼は


「私の負けです。……お許し下さい」


 と、震える唇で言った。



 苛立たしそうに歯噛みした後、アイオールはきびすを返す。

 足音も荒々しく稽古場を後にし、外に繋いでいた愛馬に乗って駆け始めた。


 当然俺も後を追う。

 王宮の中を滅茶苦茶に駆け、やがてアイオールは門へ向かう。


「門を開けよー!」


 遠くから絶叫する剣術の稽古着姿の王子に、門番たちが慌てている様が見て取れた。

 疾風(はやて)のように門を駆け抜ける王子とそれを追う俺の姿を、彼らが啞然と見送っているのが背に感じられた。


 神山ラクレイへ向かう道を、アイオールは滅茶苦茶に駆け続ける。


「アイオール!アイオール!」


 馬上から俺は叫ぶ。敬称がすっ飛んでるが、公の場以外では俺たちは兄弟みたいに過ごしてきた。

 普段は敬称を付けないし、その方がいいとヤツも言っている。


「いい加減にしろ、アイオール!ユキシロを殺す気か!」


 俺の絶叫がようやく届いたのか、アイオールは歩をゆるめた。



 結局アイオールが馬を止まらせたのは、神山ラクレイのふもとの王家の森だ。

 昔から散歩代わりに王子たちが遊びに行くので、四阿や馬の休憩場も作られている。


 四阿の前で愛馬を乗り捨てると、設えられた木の長椅子に王子様はひっくり返った。


 俺は、自分が乗ってきた馬とアイオールが乗ってきたユキシロの手綱を引き、水飲み場へ連れて行く。

 そろそろ老馬に近いユキシロは可哀相なくらい身体を汗で濡らし、苦しそうに息をしながら目をむいていた。

 ごぶごぶと水を飲む馬たちの身体を、俺は丁寧に拭いてやった。


 馬たちの手入れを一通り済ませ、四阿へ王子様の様子を見に行く。

 長椅子でひっくり返っている王子様は、じろりと俺を見た。


「マーノ」


 不機嫌な王子様は不機嫌な声で俺の名を呼ぶ。


「クレイールはリュクサレイノの若君で、私は呼び捨てなのか?」


(は?)

 一瞬、言われた意味がわからなかった。


「クレイールはリュクサレイノの若君で、私は呼び捨てなのかと訊いてるんだ。答えよ。お前も私を愚弄しているのか?」


 俺はがっくりと脱力した。何を拗ねてるんだ、この王子様は。


「あのな」


 ため息をつき、ガシガシ頭をかく。


「あの場であの時、見習い護衛官風情のこの俺がまさか、クソ馬鹿リュクサレイノてめえの負けだ、さっさと認めやがれこのボケがって、言えるか?常識ってやつで考えろよな、アイオール殿下様よお」


「殿下に様を付けるな」


 むっつりとそう言った後、アイオールは身を起こす。

 ふいと目をそらしたが、やや極まりが悪そうに口許をゆがめた。


「よく……止めてくれた。礼を言う。あのままだと私は最悪、クレイールを殺していた」


 俺は苦笑いをすると、アイオールの頭を乱暴に撫でまわした。

 予想外だったのだろう、アイオールは目をむいて俺を見上げた。


「日が暮れますよ、殿下様。戻りましょう」


「だから殿下に様は……」


 もごもご言っているアイオールの背を軽くたたき、俺は笑った。



 森は、若葉のにおいに満ちていた。

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