序
2021/07/01、きしかわ せひろ様より、マイノール・タイスンのイラストをいただきました。
ページの最後に飾らせていただきます。
支給されたばかりの紺のお仕着せと長靴を身に着け、俺は進む。
住み慣れた睡蓮宮の回廊だが、今日はいつもとは違って見えた。
空が高くなり、北東にそびえる神山ラクレイがくっきりと見える。
首に当たる真新しい襟の感触が、痛いようなくすぐったいような感じだ。目の端にちらちら見え隠れする銀の襟章がやはり誇らしい。
『銀の襟章』を付けられる武官は王宮武官の中でも一握りだ。
俺みたいな青二才であっても、それなりに敬意が払われる。
しかし、さすがに腕や肩は動きやすいように作られているが、こんなビシッとした服を着て毎日仕事をするのかと思うと内心ちょっとうんざりした。
睡蓮宮の主の居間。
ちょうど午後のお茶の時間だ。
長椅子でくつろいでいる黒髪の少年の前へ行き、俺は、ぎくしゃくと片膝を突いて頭を下げる。
こちらは正装なのにあちらは普段通りの部屋着なのが、慣習とはいえやや悔しい。
こちらは武官であちらは王子、身分がまったく違うということくらい百も承知だが。
「アイオール・デュ・ラクレイノ殿下」
頭を下げたまま俺は口上を述べる。
「私マイノール・タイスンは王命により、あなたの護衛官を務めさせていただくこととなりました。以後私はあなたに従い、陽に影にあなたをお守りすることをここに誓います」
「お立ちなさい」
なんだか笑いをかみ殺したようなゆらぎが声にあるが、俺は努めて気にしないことにした。
「その誓いを忘れず、務めに精進するように」
紋切りの返事に、俺は静かに立ち上がる。
目が合った瞬間、こらえきれなくなったように王子様は、あははと大笑いする。
やたら整った怜悧な顔だからか、こいつに腹の底から笑われると妙に傷付く。俺はこれでも真面目にやってんだよっ。
「マーノったら、なんなんだよそれは。まるで下手な役者の芝居みたいに白々しいぞ」
俺は口をひん曲げるが、それについては何も言わない。
下手な役者の芝居みたいなのは自分でもわかっている。
大体、この王子様が生まれてすぐからそばにいるのだ、俺は。今更こんなしゃちこばったことを言わなくても、今まで通りちゃんとお務めいたしますってもんだ。
しかしこれも浮き世の決め事。王族やそれに準じる貴人に仕えよという辞令をもらった新任の官吏は、己れの主人へ『就任の誓いの挨拶』と呼ばれる一種の儀式をするのがこの国の古くからの慣習だ。
「まあいいや。お前がこういうのが苦手なことくらい、長い付き合いだ、私だってわかっているし。今日のところはそれくらいで『護衛官』の仕事は終わってくれてもかまわないよ」
「そんな訳にいくか」
俺はむっつりと答えた。
「最低でもアイオール殿下がおやすみになられるまで、俺は仕事なんだよ」
ここしばらくの研修で、嫌というほどその辺は叩き込まれた。
仕える限りは友でなく従者、主たる方の影であれかし、と。
王子や王女の乳兄弟が成人後も仕える場合どうしてもその辺が甘くなりやすいから、と、あの講師役の文官はやたらと俺をちらちら見ながら噛んで含めるように言いやがった。
俺が、よっぽど態度がでかくて不敬な男に見えたのかもしれない。まあ……否定はし切れないが。
アイオールは面白そうににやっとする。濃い菫色の瞳が、いたずら好きな子供のように輝いた。
「へえ。思っていたより真面目なんだね、お前」
見直したよ、などと失礼なことを言う年下の主人を、俺は軽くにらむ。
アイオールは座り直した。やっぱり面白そうに瞳が輝いている。
「じゃあタイスン護衛官。お茶の続きをしようと思うけど、きみも付き合ってくれないか?職務上問題があるのなら、私からの命令ということにしよう」
俺もにやっとして、軽く頭を下げる。
「御心のままに、アイオール殿下」