表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
薬爵の薬  作者: 三原すず
本編
13/20

13

「エリス様はどのようなお仕事をされているのですか?」

「薬師……ですね」

「女性であるのに人々を救うお仕事を…素晴らしいですね」


正直、息が苦しい。

アルはエリスのことを気遣いつつ、しっかりと元来た道を選んで歩いていく。何故隣国のメイドが一度だけ通った道を覚えているのだろう。

記憶力がいいだけだと信じたい。


「アルさん、私は一人でも結構ですので、お戻りになって頂いていいのですよ?」

「いいえ。か弱い淑女お一人になどさせません。ご遠慮なさらずに」

「………ハイ」


なんともカッコイイことを言ってくれる。

エリスよりもアルの方が小柄だ。王宮であるから平気だが万が一があってもアルでは正直、少々心許ない。

それでもユリウスが命じるのだから、多少は武術の覚えがあるのかもしれない。


「―――ここで、よろしかったでしょうか?」

「え?……あ、はい」


ぼんやりしながら辿り着いたのは薬室だった。

いつの間に、と思うがアルが「少し長かったですね」と言うからエリスが考え込んでいただけだろう。


「エリス〜〜っ!手が、手がぁっ!!」


…………。

沈黙が起こる。アルの方を見れば薄蒼の目をまんまるに見開いていた。


(レイヴン…だな。こんな時に……)


エリスは覚悟した。

驚愕しているアルににっこりと微笑んで、強い口調で口にする。


「アルさん。少し、お待ちしていただいてもよろしいですか?お礼にこの国の茶葉をお渡しします」

「…あ……は…い」

「では本当に少しですから」


呆然としたままのアルを放り、薬室の扉を開いた。

薬室に入って、すぐさま扉を閉め奥の作業台まで直行する。


「あ!!エリス〜〜〜っ!」

「馬鹿が!どうせさっきのネバネバを適当に処分したんだろう!」

「焦っちゃったんですぅぅぅ!」


真っ赤にパンパンに腫れたレイヴンの手を見て、エリスはすぐに薬品類の棚に向かった。

塗り薬と湿布を取り、レイヴンの元に戻る。


「ふぅ……。ついでに教えておく。さっきのネバネバ、あれは一般的には薬になるが扱い方によって毒になる。例えば、こんな風に炎症を出す」

「う……」

「で、炎症を起こした時は《ツィレイ》を使う。これはネバネバ…《ケフセン》というが、《ケフセン》とか《トトミィ》とかの毒、皮膚の薬用だ」

「……《トトミィ》っていうとあの不気味な茶色の……?」

「あぁ。《トトミィ》は飲んだら毒、肌からじわじわといく。覚えとけ」


処置を施したレイヴンの両手を強めに叩いてエリスはアルのいる入り口の方を向いた。

まさか扉が開かれているとは思わず、瞠目した。


「……アルさん」

「エリス様。私、とても驚きました」

「…でしょうね」


今まで淑やかな淑女だった女性が荒々しくなったら、それはそれは驚くだろう。

アルは静かにエリスに歩み寄り、そっと手を握った。

エリスよりもよっぽど荒れた手だった。


「迅速な治療に感動しました!こんなに多くの薬についてご存知ですし、同じ女性が行っていると驚きました!」

「は……?」

「…心配して来たら、なにやってるんだ、アル」


興奮するアルに割って入ったのはユリウスだった。隣には困ったように笑うアインがいる。

状況を理解したエリスははぁっと大きめのため息をつき、


「外面、もっと極めないとな…」


と、なんともどうでもいいことを呟いた。


♢♢♢


その日は令嬢としてアインと会う約束があった。

どうやら本格的に王太子妃を娶るらしく公爵令嬢のエリスにも声がかかったようだ。

メイドが選んでくれた薄紫の可愛らしいドレスに身を包み、蒼の宮の庭園に向かう。


「本日はお招き頂き、誠にありがとうございます」

「あぁ、座ってくれ。人払いは済んである」

「………、ありがとう」


行儀悪くテーブルに肘をついて、頬杖をついた。

このまま眠ってしまおうか。人払いは済んであるとアインは言っていたし、今日は暖かくて眠気を誘う。


「……エリス?寝るなよ」

「っ!ね、寝ない!」

「どうせ寝ようかな、とか思ってただろ。誰もいないから」

「…………」


見透かされている。

エリスは小さく息をついて姿勢を正した。

そうだ。眠りにきたわけじゃない。呼ばれたから、来たのだ。


「貴方は、後宮に興味はないのか?」

「ぶっ!!!」


エリスの一言にアインは口に含んだ紅茶を吹き出しかけた。

ごほごほとむせながら、アインはエリスを睨み上げる。


「俺はおまえが好きだって言っただろ!」

「でも王太子の義務は…」

「俺はそんな不誠実なことをする男じゃない!」

「じゃあ、男しょ」

「違う!!」


アインが喚く。端正な顔が真っ赤になっている。


(別に私は……、?)


胸がもやもやする。

アインが後宮を作り、女性の元へ通っても、義務だと言われれば仕方のないことだ。

そのことにエリスが口を挟む権利はない。

けれど、考えてみると胸がもやもやするのだ。


「おやおや、お若い二人で仲睦まじいようですな」

「……セレッソ伯」


柔らかな声と共に老紳士が現れた。

アインが低く声を出す。警戒している時の声だ。


(セレッソ伯爵は………啓蒙思想家だったな)


専制君主を亡きものとし、新しい国を作る。

目の前の老紳士セレッソ伯爵はそんな思想の持ち主だ。

勿論、彼が公言しているわけではなく、エリス独自の情報網から掴んである。


「こちらは、ツァリアス公爵令嬢。いえ、薬爵とお呼びした方がよろしいでしょうか?」

「……いいえ、お好きにどうぞ。ごきげんよう、セレッソ伯爵様」


椅子から立ち上がり、淑女の礼をする。

一見優しげな視線だが、卑しさが垣間見える。


「セレッソ伯、ここは私の私的な庭ですが、何用ですか?」

「失礼いたしました、殿下。我が領地よりワインを納めに来た道です」

「……試飲か」

「いえ、ただ納めに参ったのみで」


セレッソ伯は困ったように微笑む。

アインはそれすらも面倒だとばかりに眉を顰めた。


「………、セレッソ伯。わたくし、そのワインを飲んでみたいですわ」

「え…?」

「喉が渇いてしまったのですけど、紅茶が切れてしまっていて…。それに、わたくしも爵位のある身、ワインの一杯も飲めないだなんて恥ですわ」


苦しい言い分だということは十二分にわかっているが、アインがそこまで警戒している相手だ。その相手のワインなど危険すぎる。

幸い、と言っていいのか、エリスは毒に慣れた身体をしている。

大抵の(・・・)毒は平気だった。


「……申し訳ないですが、ワインは馬車に積んでありますので手持ちはございません」

「そう………ですか、残念です」

「ですが、メイドを連れていますので、紅茶を淹れさせて来ましょう」

「…ありがとうございます」


愛想笑いを続けて礼を言った。

目的が見えてこない。それが気がかりだ。

エリスから視線を外し、伯爵はアインへ口を開いた。


「少しお時間を頂けませんでしょうか?」

「……いいだろう。エリス嬢はここで待っていてくれ。すぐに戻る」


アインの言葉にエリスが頷くと席を立った。


♢♢♢





すぐに戻ると言っていたアインを待っていたエリスはその後、庭園から姿を消していた。







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ