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非公式の訪問---いわゆる、お忍びである。
ユリウスはアルが用意した珈琲を口に運びながら言った。
「私は、一刻も早く帰国して頂きたいのですが」
「いいだろう。息抜きも必要だ」
「貴方の場合はいつも息抜きじゃないですか……」
はぁ、とため息をつきながら、アルは手際よくエリスとアインに紅茶を淹れた。
一応、匂いを確かめてから口に含み、味にも異常がないことを確信してから嚥下する。
「どうだ?」と視線で訊ねてくるアインに頷きを返すと、アインはようやくカップに唇を寄せた。
「お二人は仲がよろしいようですね」
羨ましそうにアルは言った。
驚いて視線を上げると柔らかい微笑のアルと目が合った。
薄蒼の瞳に吸い寄せられそうだ。
「毒味役を任せるほどの間柄なのでしょう?殿下とは違って、羨ましいです」
「おい、俺はおまえに毒味なんかさせないのは万が一のためだぞ」
「はいはい、わかりましたから」
「な、なぜ……?」
上擦ったみっともない声が出た。
ほんの些細な、一瞬の行動を的確にアルは言い当てた。
隣を見れば、アインも険しい顔をしている。
「はい?なんでしょう、お嬢様」
「なぜ、私が毒味していると、わかったんですか?」
「あぁ、エリス嬢、それはこいつが---」
ガツンッ!!
「っっつっつ!!!!」
ユリウスが掠れた悲鳴を上げ、頭を抱えてうずくまった。
「ユリウス!?」
「ユリウス殿下!?」
「あら失礼。殿下の頭にゴミが」
「〜〜〜っ!!おまえ絶対確信犯だろ!?」
涙目のユリウスを歯牙にもかけないアルにアインと揃って驚愕する。
アルは今、ユリウスの頭を殴った。そう、いい音が出るくらいの力で。
主に対してこんな行動をすれば、クビどころではない。
加えて、ユリウスは次期王。万が一があれば命も危うい。
「アルさんは、何者なんですか?」
思わず、訊ねてしまった。
主に遠慮がないと思えば、ちゃんと距離を取っている。
そして、洞察力。
ただの人間ではない----。
「私は、殿下付きのメイドです」
アルは笑っていた。けれど、目が笑っていない。
ぞくりと悪寒が駆け抜け、エリスは身を竦ませた。
(彼女は普通の人じゃない。絶対に、裏がある……)
「おいアル、脅すな」
「……、別に脅してなんていません。事実を言ったまでです」
「おまえなぁ、猫被るならちゃんと被ってろよ」
「別に被ってるつもりはありません」
何事もなかったかのように軽口を叩き合うユリウスとアルにエリスの身体から力が抜けた。
まだ温かい紅茶を口に運び、ほぅと息を吐いた。
「ユリウス。気にはなっていたんだが……おまえの国は、どうなっている?」
「そうだな、今のところは…とりあえず、平和だ。ただ、いつまた崩壊するかは正直わからない」
アインとユリウスの会話に、エリスは記憶を辿った。
ユリウスとアルが暮らす国、クロムウェル王国は一年程前、国民によって革命が起こった。
現王--ユリウスの実父である--は重税を強いて国民を苦しめた。
加え、気に入らぬ王臣を闇に送るという典型的な愚王だったらしい。
(その王の子にはどうも思えないが……)
エリスはユリウスをさりげなく見つめながら思った。
近寄りがたい雰囲気がありながらも、冷たさはない。
傲慢そうながら、他人を気遣うこともできる。
良い臣下もいるようだから、隣国も安定するのは時間の問題だろう。
「……失礼ながら、お先に退席してもよろしいでしょうか。仕事が残っておりますので」
ここは怖い。
力持つメイドに、隣国次期王、我が国王太子。
公爵令嬢とはいえ、エリスには精神的に辛いものがあった。
もっとも、エリスだからこそ、ここまで耐えることができたのだ。
「わかった。今は席が外せないが、気をつけて」
「はい。ありがとうございます」
「再度言うが、案内、感謝する。また会えることができたら、よろしく」
「滅相もありません。それでは」
柔らかく声をかけるアインとユリウスに笑みを返した。そのまま淑女らしく優雅に席を立ち、礼をする。
ここを抜け出せる、と息をつこうとした瞬間、ユリウスが思わぬことを口にした。
「アル。エリス嬢を先ほどのところまで送れ」
「御意」
「淑女一人じゃ、危険だろう。たとえ王宮でも、な」
爽やかに笑う美しい顔が憎々しい。
加えてアインすらも「そうしてもらえ」と言い出すのだから、断れない。
「……そ、れでは、お言葉に甘えて」
エリスは頬が引き攣るのを堪えながら頷いた。
----その時には、考えつかなかった。
エリスとそこまで体格も年齢も変わらないアルにどうしてユリウスは護衛役を頼んだのか。
アルに対して、少し探りを入れておいた方が良かったということを。
エリスは意外とビビりだった←




