8話
まさかあんな降り方で山を降りる羽目になるとはな。
まあ我も悪いことをしたとは思ってはいるが……
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あれから何度目か分からぬ竜たちの息吹を流し終えた。
あの者たちがいなくなるとここら一帯は物音一つしない世界になってしまう。
だがこの静けさも悪くないな。
岩だらけの景色を見ていると、つい風に揺れ動く一房の花に目が移った。
この山にはこの種類の花しかない。
色は下界のような緑ではなく綺麗な群青色をしている。
……そもそも我は対象物をどのくらい口にしたらそれになれるのだろうか。
見つめているとふとそんな疑問が浮かんできた。
ついその花びらを一枚だけ千切り、口の中に入れてみてしまった。
あまり劇的な変化を感じられない。
一旦目を閉じ、もう一度目を見開くと高かったはずの視界が極端に低くなっていた。
これは……なったか!
確かに上手く体を動かせない。
だが花とは移動できないものだと思っていたが、無理をすれば移動は出来そうだ。
もう一度目を閉じ?、元の姿を思い浮かべると元に戻った。
まさかあれだけでも口にすれば変化出来るとはな。
しかも一部ではなく全体に変化可能なのか。
これならあの鳥の一部を貰えばわざわざ山から世界を見なくて済むかもしれん。
……いや、近くに空を飛ぶ者たちがいたな。
あの者らの表面は剥がせそうだしな。
だがアレでも代用出来るのだろうか?
アレを口にしたらあの者たちではなくそのままそれになりそうだしな。
まあ、疑問に思ったらまずは行動しようか。
どうせなら一番大きい奴のを貰うか。
あんなに多くを身に着けているのだ。
一枚ぐらい構わんだろう。
まさかあそこ迄激昂するとはな。
手元が狂って予定より多めに取ってしまったのが悪かったのだろうか?
簡単には取れず『剥ぐ』と言った方がいい方法を取ってしまったことが原因かもしれん。
どちらにしても悪いことをした。
ちょっと目から何かの液体も出しておったしな。
それは置いといて。
今我の手元には鱗が何枚もある。
一枚だけで十分だったがそれも置いておくこととして。
では食べてみよう。
ただ、食べるだけでは芸がない。
今迄は原型のまま食べ変化して来た。
せっかく何枚もあることだし今回は原型を変えて食べて見ても変化出来るか試してみることにしよう。
早速近場の岩で削ってみたものの鱗には傷ひとつない。
逆に岩が削れていく有様だ。
予想以上に頑丈なのだな、この鱗は。
ただ岩で削れないならば他に適したものはない。
他に硬いものが無い、というよりも岩しかないのだから仕方ない。
……そういえば竜たちと同様に我にも歯があったな。
口の中に手を入れ感触を確かめて見る。
尖っている何本もの歯しか無いがこれで削れるのだろうか?
試せるなら試して見るか。
早速歯を一本折り取り、鱗の表面を何回も引っ掻いてみた。
始めはどちらも削れないままだったが次第に鱗に傷が付き始めると途端に鱗が削れ出した。
まさか岩よりも頑丈なものが、我の歯だとは思わなかった。
いつも岩は飲み込んでいるので分からなかったが今度は歯を使ってみるか。
鱗は徐々に粉末状になっていく。
一枚が大きいのであまり削れた気はしないが、粉末は十分溜まっている。
半分も削れていないがもう十分だろう。
まずは一つまみ。
量はかなり少ないがどうだろうか?
早速口に入れ、目を閉じてみる。
再び目を開けると……
光さえ吸い込んでしまいそうなほどの黒々とした鱗。
今迄息吹を浴びせかけて来た者たちとは比べ物にならないほどの巨大な体。
あのわずかな量だけで竜になることができるのか。
やったな。これで食べるモノを消さずに済む。
せっかく竜になったのだ。彼らのように飛んでみたい。
のだが、『飛ぶ』という行為が出来ない。
どうすればあの者たちのように自由に空を舞えるのだろうか?
それに竜になると木や花のような解放感はなく、むしろ何らかの制限がかかっているように思えるほど体が重い。
この重みは動けるものと動けないものの違いなのだろうか?
とはいえ極端なほど重いわけでも無い。
このくらいなら慣れれば十分に動けるようになるだろう。
とりあえずこの状態で天空に息吹を吐いてみる。
口元から一閃の光が解き放たれる。
この姿になる前ですら他の竜たちが吐く息吹と遜色はなかったが、この姿になると遥かに強力なものが吹けてしまった。
どう言えばいいか分からんが、元の姿の息吹でも山の表面を大きく削ることが出来るだろう。
だが、この姿で吐く息吹なら山を貫通、余波を考えれば山そのものを吹き飛ばせるだろうな。
……これはいかん。
元々我に息吹が効くわけでも無いのにこんな力はいらんな。
今すぐ元の姿に戻ったほうが良いかもしれん。
しかし。
この姿なら竜たちに友好的になってもらえるかもしれんしなぁ。
それにまだ空を飛んですらいない。
……元に戻るのはいつでも出来るよな?
竜たちが来るまでにはまだ時間がある。
その間に空を飛ぶ方法でも習得しておこうか。
そして再びやって来たあ奴等に堂々たる我が姿を見せびらかしてやろう。
にしてもあの光は何なのだろうか?
この姿になってからしばらくしていきなり遠くに何やら光り輝く物体が現れ始めた。
普段はあの距離でも細部まで観察出来るが、光が強いせいか輪郭しか見えん。
若干竜たちに似ているが大きさが段違いだ。
……そうだな、今の我と同じかそれ以上か。
息吹を空に放つまではただ悠然と漂っていたが、放った後は何やら慌ただしさを感じる。
あれが生物なのかすら分からないが警戒だけはさせてしまったようだ。
……気にしなくてもいいか。
今はあれに近づくより飛ぶ方を優先しよう。
上手く行かんものだな。
竜になれたからといっても飛べるわけではないのか?
もしかしたらこの翼を使って飛んでいる訳でもないのかもしれない。
仕方ない。
一旦戻ってあの光にでも近づいてみるか。
元の姿に戻ると毟り取った鱗が気になったので丸呑みにしておいた。
そういえば飲み込んだ物は我の中でどうなっているのだろうか。
……まあいいか。
今度腕でも口の中に入れて確かめてみるとしよう。
今はそれよりもあの光についてだ。
目を離していたら光の塊の周りを小さな光が無数に漂い始めていた。
えーと、六つだけ形状が違う光であとは丸形か。
息吹とは別物なのだろうな。
それとも我も使おうと思えばあのような使い方ができるものなのか?
向こうには我の場所が分かっているので隠れて進んでも意味はない。
だが普通に近づいたら逃げられるかもしれんしな。
まあ残っている選択肢としたら……ここから跳んで近づくだけだな。
ここから光まで遠いが何とかなるだろう。
駄目だったらまた落ちるだけだ。
足に力を入れる。
加減しなければここら一帯が吹き飛んでしまうこともあるので注意が必要だ。
……一回やってしまった時は我も竜もただ呆然としていたが。
ここから歩いていけば一日は掛かりそうな距離だが跳べば数歩程度だろう。
『逃げる』という選択肢を選べない速さで近づけば観察ぐらいは出来るはずだ。
さて一、二の三!
ほんの一瞬で凄まじい風圧が全身を襲うが特に問題はない。
跳ねると足元に地面が無い、一種の『飛ぶ』行為に似ているようで好きだ。
だが浮遊感も無いし、ゆっくり下を見ることが出来ないのが難点だな。
やはり我も飛びたいものだ。
光を見た後はもう一度飛ぶ訓練でも再開するとしようか。
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あのときの我の頭はほぼ百%、空を飛ぶことが占めていた。
言い訳としか聞こえない、まあ言い訳なのだが現実は予想を超えた動きをしていた。
光まではあと数秒あるものと予測していたが、既にそれは目の前に現れていた。
いや、その言い方だとおかしいか。
我が跳ねた瞬間、光も我の方へと移動したのだ。
我と同じかそれ以上の速さをもって。
気づいたときには目の前が白一色に染まっていた。
それと同時に今まで味わったことが無いほどの衝撃にも襲われた。
何をされたのか分からないが、あれは竜が放つ息吹とは別次元のものだったのは間違いない。
それを受けた我が吹き飛ばされた上、意識すら失うほどであったからだ。
ただ不思議だったのは、あの光の正体はまぎれも無く竜であったことだ。
吹き飛ばされた際、しかとこの目にその姿が焼きついていた。
あの者は一体何だったのだろうか?
吹き飛ばされた我が目覚めると、我の周りに無数の竜たちが取り囲んでいた。
勘でしかないが、あの光の竜と我を取り囲む竜たちには何らかのつながりがあるように思っている。
まあただの勘なのだがな。
あの光の竜、白一色だったし白竜とでも名付けるか。
白竜の攻撃のせいなのか体が自由に動かない。
それをいい事にひたすら竜たちが息吹を吹きかけきた。
労力の割には全く効果はなかったが。
それに気づいた竜の一匹が吼えると息吹の嵐が止んだ。
吼えた竜、一部の鱗部分が残念なことになっている竜一匹だけが輪の中から出てきた。
目を見てみたが見事に怒ってるな、まあ当然か。
自分達の攻撃が効かないのが分かったのか、別の方法で我をここから消し去ることにしたらしい。
自分達の攻撃が効かない以上、取れる手段はそう多くないからな。
しかも我が動けない状況なんぞこの先あるとは思えん。
その竜が取った行動。
それは動けぬ我を山から落す事であった。
……にしてもまさか空から落とされるとは。
空を飛ぶ気分を味わえたから良かったが、せっかくあそこにも慣れ始めてたというのに。
まあいい、体もようやく動けるようになってきたことだ。
散策を再開するとしよう。
近くで物々しい気配がする。
まずはそちらにでも向かおうか。
何が見れるのか楽しみだ。