4話
「GYAAAAAAAAAAOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!」
山を登っている途中に何やら大きな存在に威嚇された。
今まで見たモノたちとは一線を画すその存在は我が胸を昂ぶらせてくれる。
だが、どう見てもそれは我に対して悪意しか持っていないように見える。
まあ気にしないでさっさと登ろう。
早いとこ一番上まで登って景色を見たい。
と、登り始めたそれはいきなり我に突撃してきた。
突撃されたからといって我に何かあるわけでもないが。
むしろ、突撃してきたそれを気遣ってしまう。
断崖絶壁を歩いているので自由に動けないが、相手を気遣う心を我は忘れない。
上を見ると悠々と空を飛んでいるそれ、『竜』と名付けたそれはこちらを睨んでくる。
我は何もしないというのに。
竜は大きく口を開けると、その口から紅色の何かを吹き出した。
その紅色は光のように非物質だった。
一度我の体をそれは包んだが、特に何も起きていない。
だが、何がしたかったのか少し分かった。
あの紅色に包まれると『暖』を感じた。
暖かかった。
竜は我を暖めてくれたのだろう。
我に紅色の何か–いやあれは『炎』だ–その炎を吹き掛けた竜の他に数体の竜が遠くからこちらを睨んでくる。
体長から見れば、目の前の竜が一番大きい。
正直なところ山に登るより、この竜たちとじゃれ合いたい。
道中で我に出会うモノたちは全て我から逃げるように遠ざかっていってしまった。
だが、この竜は我に立ち向かってくる。
それだけでも好感が持てるが、空を飛ぶために翼を羽ばたかす躍動感。
鋭い眼差し。
そして我を暖めようとする心優しさ。
どれをとっても『素晴らしい』としか言いようがない。
他のモノも他の良さがあるが、この竜は特筆すべきモノだ。
雄大さは今登っている山にも劣らない。
ぜひあのモノたちの背に乗ってみたいものだ。
この感動と賞賛はやはり伝わらないようで、様々な色の何かを我に吹き続けてくる。
まあ我の歩みを止めるモノは一つもなかったのだが。
我が生まれてからまだ時間はあまり経ってはいないが自分にルールを決めた。
まずは他の者を極力傷つけないこと。
あの時の木のように他の存在をなくしたくないからだ。
我とその他があるから世界を楽しめる。
我が自分でその楽しみを奪うわけにはいかない。
世界とは存在しているだけで素晴らしい。
我に先ほどから何かをしてきた竜はどうやら疲れたらしく遠くの岩場にまで飛んでいった。
我が欲求に従ってあのモノの背に飛び乗ってしまったら、それだけであの木と同じ目に合わしてしまうかもしれん。
残念だが仕方ないか。
一足を出そうとしたところ、状況を見ていた別の竜の一匹が我の足元に光を放ってきた。
何故足元に、という疑問はすぐに解消した。
足元から世界が光に包まれると同時に我は落下していたからだ。
なるほど、足元を無くされれば我も落ちるのか。
光とともに大きな音が鳴ると、足元の岩が崩れ落ちていった。
そして、また我も岩と共に落ちていく。
あのモノに落とされるのはこれで五回目だが、この落下するときの感覚が楽しくてしょうがない。
しかし、楽しいときも長くは続かない。
浮遊感を楽しみ終わった我の上に、大量の岩が落ちてきて……また闇が出来た。
またか。
これらを食べてもいいが、我が食べても岩になる事はできなかった。
それなら食べるよりも腕を使ってどかした方が手っ取り早い。
さて、もう一度あの者に落してもらおうか。
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はっ!!
登りきってやったわ。
頂上から我の歩んだ道のりを見たが酷いものだ。
竜たちが我の足元を崩すことで登らせないようにしたため、地形が大きく崩れている。
我は岩に潰されても問題はないし、埋もれても食べて抜け出せたので竜たちに対して少々意固地になってしまったかもしれん。
だがそのお陰で、竜たちが放った様々な色も我は食べれることがわかった。
色によって味が異なっていたがどれも中々美味。
しかし、残念ながらその色に我がなれるのか試してはみたものの結果は我を失望させるものだった。
我は非物質にはなれないのだろう。
食べた岩にもなれなかったので、本当にそうなのかよく分からないが。
竜たちが放ったものは『息吹』と名付けた、というよりそういうものらしい。
らしい、というのは食べたものから勝手に判断できたからだ。
そして何より我の心を躍らせたのは……
我の目の前に紅色、『紅炎』が走った。
吹いたのは他でもない、この我だ。
息吹にはなれなかったが、使えるようにはなった。
使う機会はないだろうが、空に向かって連射するのは楽しい。
一発一発が空に吸い込まれていくのを呑気に見る。
傍らには怯えた様子の竜たちも見える。
別に彼らを脅かしたい訳ではない。
……これ以上怯えさせるのは得策ではないな。
っと、遊ぶのもいいが我はここから遠くを眺めに来たのだった。
遊ぶのは後でも出来る。
今はこの光景を楽しもう。
ここからなら予想通り遠くまで見渡せる。
木だけしかない場所。
草だけしかない場所。
岩だけしかない場所。
建物が建っている場所もある。
更に遠くには青が一面広がっている。
空を飛ぶのも鳥と竜だけではない。
地上にも大量に動くモノがいる。
世界はこんなにも『生』に溢れている。
つい笑みがこぼれる。
世界は広い。
予想していたよりも遥かに広い。
先が見えない。
おっと、我の笑みに竜たちが怯えてしまっている。
できればその竜たちとも仲良くなりたいのだが……無理かもしれぬな。
まあ遠くから見ているだけでも十分だ。
それに当分ここで世界を見ているつもりだ。
その内仲良くなれる可能性もあるかもしれんしな。