異世界来たけど、好きに生きていいよね?
「そろそろ結婚しないの?」
「相手が居ないので………」
幾度となく繰り返されてきたこの押し問答。
結婚したくない訳じゃない。寧ろしたい。えぇ、したいですとも。……できないわけじゃないんだよ?
しないだけだからね?
とまあ言ってみるものの。
「はあ…結婚かぁ。してみたいなあ、一回で良いから」
もうすぐアラサー。というより明日から突入。二十代最後の日なんだから、とはしゃぎすぎたのがいけなかったのか。今更後悔なんてしても無駄だからしないけれど、ふと考えてしまう。もしもあの日…………………と。
あれは、生温い風の吹く日だった。記念すべき30歳の誕生日。昔馴染みのセッティングしてくれたバースデーパーティーで思う存分食べて、喋って、飲んだ。日付の変わる前にお開きにして、送ると言われたが大丈夫だと言い張って一人で家路についた後。自宅近くまで来たとき、ふと違和感を感じた。
「んんん〜?」
マンションまであと数メートルの直線道路。所々欠けたアスファルトに描かれた子供の落書き。苔むした家々の塀。いつもと変わらない風景。―――――――ただ一つを除いては。
「何コレ」
それは、穴だった。不自然にぽっかりと口を開け、その中はただただ闇があるだけで。それだけでも普通ではないと分かるのだが、
「え、何で。何でただの穴が近づいてくんのよ……」
その穴はじわじわと夕紀の方に近づいて来ていた。どうにかして逃げようとするが、何故か足に力が入らず逆にその場に座り込んでしまう。いつも強気で泣き言など言わない夕紀だが、この状況にはさすがに顔をひきつらせた。
「冗談じゃないわ。誕生日に、穴に呑み込まれて死ぬなんて絶対に嫌」
力の入らない足を叱咤して穴から少しでも離れようとすると、
「っ……………!!」
さっきまでは赤ちゃんのハイハイ位のスピードだったのが嘘だったかのように、一瞬にして体が闇に呑まれる。そして訪れた 気持ちの悪い浮遊感。吐きそうなほどのそれを感じながら夕紀の意識は途切れた。
「うわぁお」
何じゃコリャ。目を開けるとそこは森の中でした、なんてどこのふぁんたじー?いや、確かにファンタジーは好きだよ!?大好きですが!
「ファンタジーは傍観するから楽しいのであって、実際に体験するのはお断りだぁぁぁぁぁ!」
なんて大空に向かって叫んでみたんだけどさ。どうすんのよこの状況。
見渡す限りの木、木、木。………うん、森だね。そしてその隙間から暖かく差し込む太陽の光。静寂に包まれた世界には、時折さらさらと木の葉が摺り合う音だけが響く。
「インドア派の私に森って、何の拷問ですか神様・・・」
何を隠そう、私は根っからのおうち大好き人間である。仕事がない日は家でゴロゴロしてるに限る!そんな私が、森で生きていけるはずもない。しかも、
「鳥も何にもいないっておかしすぎるでしょ。」
そう。目が覚めてから今まで、ここで私は一度も生き物を見ていないし、鳴き声すらも聞いていない。
「怖すぎる。ホントに何なのここ・・・」
何の音も聞こえない世界の中で信じられるのは自分だけ。
「とりあえず、ここを出よう」
得体の知れない恐怖の中で、私は闇の中に向かって、一歩、踏み出した。