8話 近づく戦い
それから一週間ちょっと、怪盗が予測下通り、帝国がユナリア公国に侵攻してきた。
ユナリア公国はそれに対抗するように兵士を配置、守りの態勢に入っていた。
帝国はユナリア公国に宣戦布告、数で圧倒する帝国が勝つことには違いないだろう。
数ヶ月前に騎士の国イリオス王国が陥落、帝国は大陸最大の国となった。
対抗する国はむなしくも滅ぼされ、国内で活動する反乱軍は即座に鎮圧され、圧倒的な戦力で多くの国を侵略し続けている。
ユナリア公国の城下町の酒場にて……
「お客さん、悪いことは言わねー、早くここから離れた方がいいぜ?」
酒場の中はガラガラ、ついこの間まで賑わっていたはずのこの酒場が今はろくに人のいないむなしい場所となってしまっていた。
そこに唯一客としていたのはあの旅人だった。
「なぜ?」
ろくに感情がこもってもいない氷のような声が返ってきた。
「大声では言えねーが、ここも帝国に攻め込まれて落とされちまう。国民も容赦なく殺されちまうんだよ」
「知っている」
旅人もそのことはよく知っている。忘れるはずがない。忌々しい帝国が民に行ったことはよく知っている。そして酷く憎んでいる。
「じゃあなんで居るんだ?」
当然の疑問だろう。殺されると分かっていてここにいるはずが無い。
「なんででだろうな……強いて言えば何処に行っても同じだから」
怪盗の彼にとって居る場所は関係ない、目的があれば動くだけ、後は気分次第だ。
「はぁ?」
「いや……こっちの話しだ」
「まぁ、なんにせよ早くここを去ることだ。俺も近いうちにここを閉める」
旅人はそこ言葉を聞いて少し驚いた。戦う前から諦めて逃げ出すとは酷く呆れた話しだ。
「まだ負けてはいないだろう」
彼は当然のように言い返した。
「どうせ負けるさ」
彼はその言葉を聞いてゆっくりと立ち上がった。
呆れたという言葉しか思いつかなかった。
「……じゃあな」
銀貨を一枚カウンターに置き、酒場を後にした。
彼は思った。民を見捨てた王に何も語る資格は無い。だが、民に見捨てられた王は全てを知る。知るが故に何も語らない。
王の力で民には見捨てられない、王を支持しない民は王に虐げられた民。民が恐れるのは悪事にも使える王の力と他国の驚異だ。
ユナリアに勝ち目が無いとは言わない、だが帝国が怖いのだ。民を殺し、民を虐げることしか知らない帝国が民は恐れているのだ。
民の希望となる人が重要なのだ。
「今夜が最後のチャンスだな」