3話 銀の旅人
昨晩、ユナリア城にて暗殺者達が捕らえられた。
幸いなことに王女には怪我は無く、暗殺者達は兵士達が発見した時点で命は無かった。
王女本人は「怪盗フェンリルが助けてくれました」そう答え、それ以上は何も言わなかったそうだ。城下町の酒場では朝から王女暗殺失敗の話しで持ちきりになった。
ガヤガヤと賑わう酒場は活気に満ち、笑いで溢れていた。
朝から酒を飲む人間も居れば国から出された魔物討伐の依頼を受ける物も居た。自分の腕っ節を頼りにする多くの人間にとってこの場は始まりの場だ。
旅人も朝からこの酒場で朝食を取り、朝の一時を過ごした。
話題の中には怪盗フェンリルが現れたという話があり、旅人は目を瞑ってその話をただただ聞き流すようにしていた。
旅の精霊使い、普段の彼はそう言ったところだ。
精霊使い自体がこの巨大な大陸でも少数しか居らず、その中でも高位精霊を従える人間は大陸でも数えるほどしか居ないだろう。
魔道士は多くとも精霊使いは居らず、そんな国の軍も少なくは無い、精霊使いは魔道士の数十倍の力を持つと考えられておりその人材は非常に貴重な物だ。
旅人は精霊使いとしての素質に恵まれた人間で、氷の高位精霊の中でもそこそこの精霊を従えている。
旅人は酒場に貼ってあった一枚の手配書に目が止まった。
(怪盗フェンリル……金貨400枚か…………若干上がったな)
手配書の金額は国によって違うが、前の国では300弱、どんどんと上がって行っている。一応、その国でに犯した罪に比例して手配書の金額は変わっていく物だが、残念ながら旅人にはユナリアで活動した覚えが余りなかった。
(国の取引、かな……?)
そんな時のことだった。酒場に一人の男が慌てて入ってきた。
「大変だ!大変だ!か、怪盗フェンリルの賞金額が……金貨500枚に増額したぞ!!」
男が大声でそう声を挙げた瞬間、酒場内が揺らいだ。
「殺せば報酬は無いが、生け捕りにすれば金貨500枚だとよ!」
再度男が声を挙げ、そう言った瞬間、また酒場が揺らいだ。
その直後に数人の男達がバッと席を立ち、酒場を出て行った。
酒場の中はさっきまで王女暗殺失敗の話しで持ちきっていたはずなのに、話題が一変し、怪盗フェンリルの話に変わった。
(……嫌な予感)
旅人はゆっくりと席を立ち、酒場の外に出た。
外に出ると警備兵が徘徊していた。だが、旅人は違和感を覚えた。
徘徊する兵が少し多いのだ。
(こんな事しても見つかるはずが無いんだけどな~……)
怪盗が堂々と街を歩くなんて聞いたことがない、そんな変わった話あるなら魔物が街を徘徊しているなんて事がありそうだ。
怪盗本人の旅人がこうして街を歩いているのだから見つかるはずも無い。
職務質問をされれば話は変わってくるだろうけどな。
旅人は兵士を避けるように城下町を進み、ぬらりくらりと街外れの森まで足を運んだ。
小鳥が鳴く穏やかな森、大きな木々が連なり、太陽を隠す。木漏れ日が眩しく感じる。街の賑わいも酒場の活気も同じ日常のはずなのに嘘のように静かだった。
並木道を歩く旅人、その隣には銀狼の姿があった。
「なぁエリル、俺の賞金額がまた上がったんだけど、どうしてだと思う?」
「くぅーん」
「だよな~」
旅人は精霊の言葉を理解できるのかは定かでは無いが、話しは成り立っていた。
「当分は他の国で……あ~、今はこの国の方に居る方がいいかな」
旅人の脳裏によぎったのは今の国の関係だ。
ここユナリア公国は現在、戦争になるかも知れない状況にあり、国を渡り歩けば偵察者と勘違いされる可能性がある。これは怪盗にとって非常に拙いことだ。
と、そんな時、森の奥の方から歌声が聞こえた。
細く、清んだ美しい歌声だった。
だが、旅人には聞き覚えが何処かあった。
「……?」
旅人は歌声の持ち主が気になり、森を進んでいった。
旅人が耳にしたのはラード神話の「銀の旅人」と言う歌だった。
雪が良く降るユナリアでは縁の深い歌で、子供もよく知る歌だった。
―――白銀の旅人さん
―――彼方は突然現れた
―――傷だらけの旅人さん
―――彼方は私に笑顔をくれたました
―――彼方は私に心をくれたました
―――彼方は私に命をくれました
―――でも、私は彼方に何であげれない
―――私は何にも持っていない
―――彼方は私に言いました
―――君の心は大きくなる、強くなる
―――君の暖かな心は僕があげた心を膨らませる
―――彼方は私に彼方の命をくれました
―――だから私は彼方に捧げました
―――春を迎えた恋心を
旅人は目を見開いた。歌声の持ち主は「琥珀の花」だった。
湖の辺に立つ立つ彼女、旅人は見惚れた。