1話 精霊使いの怪盗
怪盗フェンリル、ここ約3年で多くの国々の富豪達を悩ませる神出鬼没の大怪盗である。彼の消息を掴むことが出来ず、多くの人間達が頭を悩ませる。
そして、現在、怪盗フェンリルはユナリア公国まで来ていた。
ある昼の酒場、荒くれ者達が集う場、酒の臭いで鼻を摘みたくなるが、このような場に居る以上、傭兵か、旅人か、はたまたお尋ね者か、暇を持て余す人間には違いない。
カウンターに一人で座る青年が居た。
青年は旅人だ。多くの国を周り、魔物を狩って生計を立てる流離いの旅人だ。
旅人は粗末なマントで身を纏い、ストールで首回りを隠していた。
銀の髪に清んだエメラルドの瞳をした旅人だった。
旅人は噂を聞いた。他国で聞いた噂だ。「ユナリア公国の王女が殺される」そんな噂を聞いたのだ。
信じがたい話しだが、噂にしてははっきりとしていた。
ユナリア公国の王女はアニア・ネールス・ユナリア第一王女ただ一人、噂にしておくには少し明確すぎたのだ。
旅人はこの国に来たのはその噂の真相を目撃しようと思ったからだ。
(今夜は満月か……)
円い月が夜空に浮かび、輝く美しき夜。
白銀の衣に身を包み、白いマントと共にサラサラとした銀の髪を夜風でなびかせ、銀狼と共に立つ旅人が居た。
「怪盗フェンリル参上」
城壁に立つ旅人はそう呟いた。
すぐ側には眠らされた衛兵が居り、それを見張るように銀狼が睨んでいた。
「って、随分と薄い警備だな。暗殺って話しも案外本当になるかも知れない」
肩をすくめる旅人だったが、呆れているとも言える。
「行くぞ、エリル」
「ワオーン!!」
エリルと呼ばれた銀狼と共に旅人は城壁を飛び降り、吹雪が吹き抜ける如く駆け抜ける。氷魔の高位精霊フェンリル、旅人と共に走る銀狼は精霊だ。
見張りをしていた衛兵は彼らの存在を気づくことは無く、風が吹き抜けただけと思っただけである。
旅人は怪盗フェンリル。神出鬼没の大怪盗だ。