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リサイクル・ゴッデス! ~俺のPCのゴミ箱に女神が住み着いた~

作者: ひい
掲載日:2026/05/23

一応、これが完成版です。

他にも短編小説書いているのでよろしくね。

「……はぁ」

月明かりだけが差し込む深夜のオフィスに、深いため息が漏れた。

さっきから止まらないその音の主は、俺1人だけ。

飲み終えたエナジードリンクの缶を近くのゴミ箱に放り投げる。その反動で、首から下げた「茂木もてぎ 竜輝りゅうき」と印字された社員証が揺れた。

まあいい。14日間分の努力、つまり14連勤という血と汗と涙の結晶である企画書は、もうすぐ完成する。

明日の朝イチに使う、老舗アパレル企業向けのWebリニューアル企画書。これを仕上げれば、帰って泥のように眠れるはずだ。


「……はっ?」


Ctrl+A(全選択)を押したつもりでいた。

思考が完全にトランス状態に陥っていたのだろう。

画面の中央で無情に躍っていた削除進行中のインジケーターが、綺麗さっぱり消え去った頃。


……削除、完了。


冷静な判断が、一瞬にして真っ白に染まっていく。

同時に、無意識に力を込めすぎていたのだろう、左手で握りつぶした新しいビタミン缶から温い液体がこぼれ出た。だが、そんな事はどうでもいい。

俺はもう一度だけフォルダーを開いては閉じ、空になったゴミ箱のウィンドウを開いては閉じを繰り返す。だが、10年間のキャリアを注ぎ込んだ数万文字のデータは、どこにもない。

教えてくれ。

Ctrl+Qのショートカットキーに『警告なしの完全削除』を設定した、性格のねじ曲がった奴の顔を。


「俺がやってきたことは、無駄だったのか……?」


ここで働いてきた10年間を思い出そうとしても、隣に居てくれる人なんて誰もいない。

それが、呟いた問いへの答えだった。

怒りよりも先に、ぷつりと糸が切れる音がした。ひどい虚脱感が、全身の熱を奪っていく。

三十八歳の男が、深夜の会社でパソコンを前に泣くのは情けない。

限界だ。

もういい……。全部――どうでもいい。

俺はデスクの引き出しから、いつか大事な契約を勝ち取った時に使おうと大切にしまっていた万年筆を取り出した。

逃げる。辞める。そのネガティブな判断のスピードだけが、今の俺の全力だった。

殴り書きで『退職願』とペンを走らせようとした、その時だった。


液晶画面が、どろりと歪んだ。

ホラー映画の貞子のように、液晶の枠をすり抜けて、ヌルりと何かが這い出てくる。

「うおっ!?」

思わず椅子ごと後ろにひっくり返りそうになった。

現れたのは、オフィスカジュアル風のスーツを身にまとった、ショートヘアで童顔の女。ただし身体の輪郭は淡く発光し、毛先には星屑のような光の粒子が揺れている。

上半身だけを画面から乗り出した幽霊は、俺をじっと見つめ、型通りのセリフを口にした。

「あなたが消してしまったのは、この【金の企画書】ですか? それとも【銀の企画書】ですか? それとも……って、何やってんですか?」

後半、完全に素に戻った声でツッコミを入れられる。

「何って、退職願を書いてんだよ」

「そんなんだからダメなのよ!!」

幽霊はデスクにバンッ! っと生々しい音を立てて手を叩きつけた。

「それよりも! あなたが消しちゃったのはどっちよ! 金の企画書と、銀の企画――」

「ゴミ箱行きがお似合いの、泥臭い企画書だよ」

豪華な花火のような【金】でも、手堅いだけの【銀】でもない。現場の人間が明日から泥水をすすってでも回せる、地味で、不格好な、俺にしか書けない『鉄の企画書』。それが、俺の14日間の結晶だったんだ。


それを聞いた幽霊は、一瞬だけ目を見開いた。それから憑き物が落ちたようにニッコリと笑い、パチンと指を鳴らす。

画面の中で文字列が凄まじい速度で再構成されていく。

幽霊のくせに随分と気の利くやつだ。古い道具に魂が宿る『付喪神つくもがみ』ってやつだろうか。まさか令和の時代に、Windowsのゴミ箱から湧くとはな。


「なんだ今の……。まあいいや、退職願の続き書こう。えー、退職予定日は今月の……」

「ってそうじゃなーい!!」


ずどん、と鈍い音が響いた。

画面から完全に飛び出してきた女が、俺の額に強烈な頭突きをかましてきたのだ。

「いってぇ〜……っ!? あぁっ、あんた本当に誰だよ!?」

女は痛がる素振りも見せないまま、椅子から弾き出された俺のネクタイをぐっと掴んで引っ張ってきた。

「わたしが渡した金銀の企画書を使わないまま、退職する気!?」

いきなり勝手に現れて、勝手な言い草で。

「……うるせぇよ」

怒鳴りつけて突き放してやろうと思った。だが、できなかった。

資料が復活した画面を見つめたままの彼女が、微かに震えていることに気づいてしまったからだ。

幽霊が何を怖がっているんだと思ったが、そうではなかった。

「許せない……このデータのために、どれだけの血と涙と鼻水が流されたのか!」

「鼻水は流してねぇよ」

俺の14日間の努力と、消された成果。それを、この見ず知らずの幽霊だけが、俺以上に本気で怒り、悔しがってくれている。

俺は静かにため息をつき、ネクタイを握る彼女の手を優しく外した。

「……悪かった。せっかくあんたが戻してくれたんだ。明日、いや今日か。この企画書、きっちり通してくるよ」

女は驚いたように瞬きをし、それからフンスと鼻を鳴らした。

「よろしい! わたしは没データの無念から生まれた女神で、名前はリサ。『あんた』じゃないのよ! あなたのその泥臭い『鉄の意思』、特等席で見届けさせてもらうわ……いえ、ここはオフィス。ビジネスライクに行きましょう……見届けさせてもらいますよ!」

「『あなた』じゃない。俺は茂木竜輝だ。よろしくな、リサ」

胸の社員証を指差して見せると、彼女はひらがなのルビをじっと見つめ、ニンマリと笑った。

「はい! りゅうきさんっ!!」



空が白み始めた朝のオフィス。

ひときわ大きな靴音が響き、俺の背後に恰幅の良い男が立った。企画本部の部長、城戸きどである。

「おおっと、まだ残ってたのかい。ご苦労なこったねぇ~」

城戸は俺のディスプレイを覗き込み、薄く笑った。昨日、俺のキーボード設定を弄らせた張本人に違いない。

「見たよ君の企画書。悪くはないんだけど泥臭すぎるかなぁ。今の時代、もっと【最先端のDX感】とかがないとね。今日のオンラインプレゼンは僕が巻き取ろうか?」

獲物を狙うハイエナの目だ。

だが、もう昨日までの無気力な俺じゃない。

「結構です」

俺が短く答えると同時に、PCから通知音が鳴り響いた。午前九時。オンラインプレゼンの開始時刻だ。

ビデオ通話のウィンドウが開き、気難しいと評判のクライアント企業の社長が、すでに渋い顔をして座っていた。

『おはようございます。さっそく提案を見せてもらおうか』

「あ、社長! 本日は私、城戸のほうから、我が社の革新的なDXの――」

「城戸部長」

俺の声は静かだったが、部屋の空気をびりっと震わせるほどの重みがあった。

「最先端は、『言葉』で飾るものではありません。『結果』で示すものです。社長、画面共有をさせていただきます」

俺は即座に画面共有をオンにした。画面の隅から、リサがカンペのようなものを見せてくる。

『りゅうきさん! 出番です! あの人に、わたしの【金のデータ】をぶち込んでやりましょう!』

「まず、フェイズ①(鉄)の企画です。これは現場のスタッフが回せることを最優先にした導線改善案です。私は普段Godotなどのエンジンも触り、ゲームディレクションを生業としておりますが、ゲームにおいて最も重要なのは『説明書を読まなくても直感で操作できるUI』です。今回はそのノウハウを応用し、購入ボタンの配置を極限まで最適化しました」

後ろで城戸が舌打ちをする音が聞こえた。だが、俺は止まらない。

「次に、フェイズ②(銀)の企画。単なるデザイン改修ではなく、購買データを洗い出し、ゲームの『クエスト報酬』の心理学を応用した導線を組み込みます。そして最後に、フェイズ③(金)の企画です」

画面が一段と明るくなり、見たこともない洗練された管理画面が映し出された。

「欠品リスクを瞬時に予測し、自動で割引率の調整と告知を連動させる『動的プライシング・自動販促システム』です」

(……ふっ)

画面の隅で、リサがドヤ顔でピースサインを出している。

オンライン越しの社長室は、水を打ったように静まり返った。数秒の後、社長がゆっくりと眼鏡を外す。

『……見事だ。城戸くん……君は100点を超えているこのプレゼンをさらに超えるものを、これ以上地に足の着いたIT活用法を、出せるというのかね?』

「あ、いや、その……わ、私が言いたかったのはですね、もっとフワッとした、バズるオーラといいますか……」

『フワッとした見栄っぱりの言葉に、数千万の予算は出せんよ』

社長の冷酷な一刀両断に、城戸の肩がビクッと跳ね上がった。

『新しい技術は結果で示すべきだ。この案件の責任者は、ぜひ茂木くんにお願いしたい』

その言葉が出た瞬間だった。

背後で城戸が苛立ったように自身のスマホを取り出し、素早く画面をタップし始めた。

おそらく管理者権限を悪用して、俺のPCのネットワークを強制遮断しようとしているのだろう。会議中だというのに足を引っ張ることしか頭にない。正直言って――悪手だ。


『させませんよ!』


画面の中で、リサが小さな盾を構えるエフェクトが出た。

途端に、城戸のスマホ画面がフリーズし、彼は「なっ!?」と間抜けな声を上げた。

俺はサッとマイクをミュートにしてから、背後の男を見やる。

「そのまま通るほど、間抜けなセキュリティじゃないんでね」

城戸は完全に唇を噛み締め、うつむいて小さく呟くことしかできていない。

「城戸さん、あなたがやってきた嫌がらせは、全て無駄だった」

断罪のギロチンのように、いつも部下から手柄を奪ってきた男のクビが飛ぶ。

リサと俺に、完全敗北した瞬間だった。

『りゅうきさん、すごいです! めちゃくちゃ格好良かったです!!』

(……なんで、俺以上に喜んでいるんだか……でも、ありがとうな)



その日から、俺の社内での立場は少し変わった。

城戸はあの暴挙と度重なる不正がバレて降格処分になり、さらには俺とリサが出してくる「完璧なデータ」には絶対に勝てないと悟ったのだろう。今では俺に妙にへりくだった態度をとるようになっている。

一方、俺のデスクでは、奇妙なことが日常になっていた。

「……おい。お前、それどこから出した」

『データ空間にお供えされた供物です!』

いつの間にか画面の中で、リサがキラキラ光る小さなパフェを食べていた。

「いやどういう事だよ」

リサはスプーンをくるくる回して、小悪魔のように笑う。

『りゅうきさん、次の案件の没データまだですか? 次は社内ポータルの刷新案です。さあ、バリバリ働いてください!』

俺は深くため息をついたが、口元は不思議と緩んでいる。

ひとりのくたびれた社畜だった男は、ゴミ箱から生まれた生意気な女神とともに、今日も少しだけ賢く、痛快に、理不尽な会社を渡っていく。

うっかり消えたもの、諦めてしまったものの中にも、確かな価値が眠っているのだ。

「……よし。次は、もっと分かりやすくしてやるか」

画面の中で、女神が嬉しそうに手を叩いた。

現代のオフィスで起こる痛快な寓話は――

「なぁ……ゴミ箱がファンシーなアイコンになってるんだけど、リサのせい?」

「もちろんです!! もうここが私のお家みたいなものなので!!」

「えぇ……? 会社のパソコンなんだけど……」

――電子の海に生まれた『付喪神』の物語として、始まったばかりだ。

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